014 弱かった者は考える
深紅の狼ゼナロリスは、元来真面目な奴だ。弱かった己に向き合い、精進し、乗り越えてきた。執着する部分が少々歪んでいるが、リーダーとしての心遣いもできる。
儂を乗せて駆ける今も、それを感じることができる。
儂の要求通りに急ぎ、それでいて、しがみつく儂が振り落とされぬよう動きを抑えている。アルビオーネとは精神面での出来が違うようだ。コイツらの仲がよくないのも、むべなるかな、といったところだな。
「ところで幼女殿、少々頼みがあるのだが」
「どうした。疲れたのか?」
「いや、疲れなどない。だが、できればもう少し前の方へ座ってもらえないか?」
「わかった」
やはり人を乗せては走りにくいのか。馬のように鞍をつけているわけでもないしな。その感覚はわからんが、従うことで早く街に着くのであればそれでいい。
背中の中間あたりから前足に近い方へお尻をずらし、問いかける。
「どうだ?」
「いや、もっと前だ。そう、首の近くで頼む」
ん? そんな前か? 逆に走りにくいのではないか?
「そうだ。それでいい。そこから、片方だけでいい。膝を伸ばし前方に足先を向けてくれ」
膝? そんなことをしたら安定感がなくなるではないか。そう思いつつも従う。
「そう。そうだっ。いいぞっ!」
「っふゃっ!?」
足先にコイツの弾む息がかかる。湿った感覚が足裏を這う。
「お、おい、ゼナ——」
「フッ、フオオオオオオオオーーーーッ!!」
「ぐ、くっ……」
なんという勢いだっ。速度が数段上がったではないか!? コイツ、儂の足をダシに使って——。
「あっ」
体が浮いた。かと思うと、儂の小さな両手はその勢いに抗しきれず。次の瞬間には、地面を転がっていた。駆ける狼の後ろ姿が、あっという間に小さくなっていく。
「き、貴様もかぁぁぁぁーーーーーーっ!」
「よ、幼女殿、どうしたっ! 突然足がなくなり、肝を冷やされたぞっ」
戻ってくるなり、かける言葉がそれかっ。アイソスの身体をまた傷つけてしまったではないかっ。
「すまん、幼女殿。幼女殿が急いでいるようだったので、オレなりに考えたんだが、幼女殿の体力を考慮せず——。やはりオレはまだ理解が足りん。グリムワルド様の領域には達していないということか……」
「もういいっ。早く行くのだっ」
「ああ、もちろんだ。だが、少し待て」
少しの間思案した様子で首を傾げると、ゼナロリスは山林の奥へ独り駆けた。そして、すぐに一本の蔓草を咥えて戻ってきた。
「幼女殿、足を上げてくれ」
「貴様、まだそれかっ」
「急ぐのだろう? 早くしろ」
真剣な口調ゆえ従うことにしたが、何をする気だ。腰を下ろし足を上げると、その足首にゼナロリスは蔓草を巻きつける。前脚と牙で器用に結び締め、もう一方の足首も同様に蔓草を繋いだ。
「なんのつもりだ、ゼナ」
両足の間に張られた蔓草は、まるで囚人の鎖だ。
「敬愛する我が主、グリムワルド様はオレに教えてくれた。『目的のために手段を選ぶな』と」
「あ?」
なんだ? 何か嫌な予感がする。何を言い出す気だ?
「オレはな、かつて弱かった。望むものを手に入れられるだけの力を持たなかった。だから常に妥協していた。代わりのもので我慢していたんだ。そんなオレに、グリムワルド様は与えてくれた。教えてくれた。——幼女殿、立ち上がってくれ」
促されて、立ち上がる。思い詰めたような狼の瞳が儂を見下ろし、その頭が地面に近づいていく。
「目的を変えるな、とグリムワルド様は強く話してくれた。己が決めた目標ならば、決して曲げるな、と。変えるのは手段の方だ。それを実現するために、考え、試し、より良い方策をとる。そしてそれを続ける。それが肝心なことなのだ。そうグリムワルド様はオレに教えてくれた」
ああ、まあ。話したかもしれんな。コイツの成長のために。そして実際にコイツは群れを率いるまでになった。儂の教えのおかげ、とまでは言わん。精進したのはゼナロリス自身なのだから。
過去を思いながら感慨に耽っていると、不意に獣毛の感触に両足をざわつかせられた。
「——んひぃっ!? ゼ、ゼナ、何をしているっ!?」
両足の間に、狼の頭部が潜り込んでいた。そのまま儂の体を跳ね上げるように頭を上げる。その勢いでゼナロリスの頭の上を滑り、儂の体は狼の背中の上でうつ伏せになっていた。
「これで大丈夫だろう」
「あ、ちょ、ま、まてっ」
コイツの意図が理解できてしまった。
後ろ向きにしがみつきながら振り返ると、ゼナロリスは儂の足の間に張られた蔓草を咥えていた。まるで馬具の轡だ。
「でふぁ、いふぞっ!」
「待て待てまてまてぇぇ〜〜〜〜っ」
足首に蔦が食い込むっ。足が抜けるっ。それにこの速度っ。
もうすでに、儂の手はお前の体から離れているのだぞっ。
それでもゼナロリスの目論見通り、振り落とされることはないのだが、今の儂は風に靡く旗だ。
魔術の光弾の如きスピードが大気を切り裂き、儂の体は風圧に弄ばれる。青い髪が後方に引かれ、ローブが脇まで捲れ上がって、顔を包む。
マズいっ。これっ。
血がっ、頭に、偏るっ。
風っ、息がっ。
おいゼナ、ゼナっ、じぇなぁぁ……
まず……い……
意識、が……
あ…………
……
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【次 回 予 告】
なんとか街にたどり着いたグリムちゃん。
でも体も心もボロボロ。
そこへ現れたのはグリムちゃんを助ける者と泣かせる者。
グリムちゃんの感情が爆発する!
次回、
まちびとたち
全五話です。




