012 助けた者は辱める
目の前で魔獣同士が戦っていた。
そうではない。これは狩りだ。その先にあるのは一方的な捕食行為だ。
儂の背後から現れた狼は、突風を巻き起こす熊の腕を食いちぎり、絶叫をあげる喉元に食らいつき、その巨体を引きずり倒した。
ウオオオオオオオオーーーーーーッ!
あっけない幕切れ。
仕留めた獲物の傍らで、深紅の狼は歓喜の遠吠えを響かせた。その呼び声に十数匹の同族たちが集まってくる。彼らが獲物にありつくのを尻目に、最初に現れた狼は儂に近づいてきた。
「ゼナ……」
その名を呟いていた。ゼナロリス、我が配下であるクリムゾンウルフ達のリーダーだ。
その族名の由来である血のように赤い毛皮を靡かせながら、狼は鼻を鳴らした。儂を睨みつけるように見下ろし、強く息を吸う。
「馬鹿者ォォォォッ!!」
あれ? 儂、怒られている?
「この山に入ったならば、『参道』を外れるなと教わっていないのかっ! 『参道』を一歩でも外れたら、魔獣に襲われるのは当然だろうがっ!」
知ってる。儂が造った『参道』だからな。
元々は、儂への供物を捧げにくる奴らのために造ったのが『参道』というものだ。街の人間どもが安全に儂の元まで辿り着けるように、魔獣の寄りつかない魔術を施した山路を整備してやったのだ。
『参道』という名は人間どもが呼ぶようになったのだが、まあ名前などどうでもいい。ともあれ、その路を外れれば、人間などここの魔獣達の格好の餌となるだけだ。
——というようなことを、ゼナロリスはくどくどと説教してくる。
「いいか、幼女よ。お前がグリムワルド様への捧げ物でなければ、オレとてお前に襲いかかっていたところだ。しかし、まあいいだろう。このオレがグリムワルド様のところまで連れて行ってやる」
「いや待て。そんな所に用はない」
コイツの言う『グリムワルド様のところ』とは、儂の洞窟のことだろう。行き先はそこではない。儂は追わねばならぬのだから。
ちょうどいい。コイツの足を借りよう。コイツならばアルビオーネよりも早い。そして安全だ。
「何を言うっ! お前は幼女だろう? 人族換算で三から六齢の雌。それは即ち、グリムワルド様が定義された幼女という存在。それは即ち、グリムワルド様が専有物。それは即ち、グリムワルド様の宝なのだっ!!」
具体的に言うなっ。何か気恥ずかしいだろうがっ!
それに儂は独占したいわけではない。手元に置くも、遠くにて愛でるも、等しく必要なのだ。それに最近は『幼女断ち』をしていたしな。
いや、そんな話はいい。まずはコイツに現状を説明せねば。時間がないのだ。
「聞け、ゼナ。儂は今——」
「なんとっ!? 己のことを『儂』などと言う幼女が本当に存在するとはっ!? やはりグリムワルド様の『幼女大全』に偽りなしっ! ああ、申し訳ございません、グリムワルド様っ。このゼナロリス、微細なれど疑念を挟み——」
「儂の話を聞けえぇぇぇっ!!」
「な、何を昂っている、『幼女大全』に記された幼女タイプNo.4−1よ。いや、これはっ!? 『幼女大全 第三章 その性質について』に謳われた」
「だまりぇぇぇーーーっ! しょのはなしはしゅるなあああーーーっ!」
勢いで立ち上がって、儂は自身の目線よりも高い位置にあるゼナロリスの口元を掴んだ。
「いーか、きけっ! よぉくきけよ、ぜなっ! 儂は急いでいるのだっ。詳しく話す時間も惜しいのだっ。頼む、儂を街まで連れて行ってくれっ!」
儂の剣幕に気圧されながらも、ゼナロリスは頭を振った。両手があっさりと振り解かれてしまう。
「ふぅ。何を言っているのかわからないな、幼女よ。お前はグリムワルド様のものだ。逃げ帰ることなどオレが許さん」
「しょのぐりむわりゅどさまがまちにいるのだぁぁっ!」
「いい加減なことを言うな、幼女よ。グリムワルド様がそんな面倒なことをするはずがない。そして、仮にグリムワルド様が外出をしているのであれば、尚更お前はグリムワルド様の住処で待つべきだ。————きっと驚かれる。喜ばれるぞっ。グリムワルド様のお気持ちを察してみろ。帰ったら幼女が増えているのだぞっ。あのお方の歓喜は如何程のものかっ」
幼女をキノコか何かのように言うなっ。そしてその気持ちは、察するまでもなくわかるわっ。
しかしコイツ……。アルビオーネに劣らず厄介な奴だ。真面目で一途な奴だと思っていたのだが、それが良い方向に向いているわけではないな。
仕方あるまい。手っ取り早くコイツを従わせるには、この方法しかないだろう。気はすすまんが。
「今一度言う。儂を街まで連れて行くのだ。さすれば、お前の望む褒美をくれてやる。それも先渡しで、だ」
「褒美……? お前が与えるのはグリムワルド様にだ。それに、お前がオレに何を与えられるというのだ、幼女よ?」
挑発的な狼の瞳が見下ろしてくる。できもしない、と思っているな。儂の行動如何にかかわらず、すぐにでも我が洞窟へ連れ去る気だな。
だが、お前は従うだろう。我が配下ゼナロリスよ。
間違いなく、だ。




