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39 お金じゃ買えない場所もあります、多分

 初夏とも言えないが5月の爽やかな海風がレイジの頬を撫でる。四月の東京江東区新木場のスタジオイーストコーストで二千人のライブを成功させたあと武道館に乗り込み八千人相手に盛り上がった。

 いったん日本を離れる前にフェス参加している。

 遠くに海が見える。

 少し強い日差しがオーディエンスの姿を遠くまで映し前方を見れば職人服を着た男たちが数百人由美たちのバンド演奏を待ちかねている。東京、名古屋、大阪で月一回の少ないライブであっても知った顔が何人もいる。


 演奏が終わり、今日も盛り上がったとニコニコしながらピットに向かって頭を下げる。


「頑張れよー!」


「日本から応援してっからなー!」


 今年最大の大勝負を知っているのだ。

 六月に開かれるハードロック・ヘヴィメタルの世界最大級とは言わないまでもそのフェスで認められれば世界の扉が開かれると言われるゴッドセーブ・ザ・ロックフェスティバルに呼ばれた事を。

 初っ端お昼出演とはいえメインステージ。

 オーディエンスに気に入られなければペットボトルが雨あられの様に降り注ぐ。もうそれが一つの洗礼の様なフェスである。たとえアメリカで大人気のアーティストであろうと温い事をしたら徹底的に叩かれる。トラウマになってステージに上がれなくなった者もいる。


 セカンドステージからメインステージへ変更と言う予想外の展開に海藤は悩んだが大勝負を引き受けてしまった。


 それでもあのフェスで歌う由美たちが見たい。

 オーディエンスが少なくても立たせたい。

 ヤジなども飛ばされるだろうが日本でも無かったわけでは無い。


 だが戦うのは由美たち五人である。

 ステージ横からバンドメンバーを見ながら自分勝手な事をしたと悔やんだ。いくらYouTubeで人気があろうともどこの誰かも判らない。英語のコメントが一杯あっても英語は世界共通言語だ、日本からアジアから南北アメリカの国々からオーストラリアから書き込まれたものかもしれない。


 このオファーを受けてしまったあと海藤は由美たちに会い頭を下げた。フェスの名前は知っていてもちょっとワイルドなものだと思っていたので素直に喜んだが海藤の顔は優れない。

 だから海藤はなかなか言い出せなかった。

 社内でも流石にヤバいんじゃないかと囁かれこうやってコソコソ由美たちに了解を得にいつもの喫茶店で落ち合った。

 その場にレイジから最後のお金を返される牧もたまたま居た。牧はそんなにロックに興味がなさそうだったので横槍は入れてこないと思っていたが、牧はハードロック・ヘヴィメタルしか認めない組員と生きてきた事を知らなかった海藤。

牧は直ぐにゴッドセーブ・ザ・ロックの様子をYouTubeで見て激昂した。


 これはヤバい。


「由美さん、ミクさん、それにさやかは女の子だぞ!遥君だって顔に傷が付いたら大変だ。どう責任取るんだアンタ!レイジだけでこんなヤバそうな連中から彼らを守れる訳ねーだろーが!」


「大丈夫だ、警備員もいるピットとステージの間も結構あるんだペットボトルや暴漢対策はしっかりしてるから」


「馬鹿野郎!日本人はそこにあんた達しか居ねーんだろーが!」


 蒼ざめる海藤。

 スタッフもオーディエンスもほとんどイギリス人、しかも鬱憤を晴らしに来ている連中も多いと聞く、差別と言う言葉が頭をよぎる。何をされるか判らない。海藤達だけで護れるのか、十人も居ないスタッフで護れる訳が無い。


「キャンセル出来るはずだ」


 牧の言葉にじっと俯く海藤。


「オメーのエゴで子供が犠牲になるだろーが!」


 海藤は動かない。


「オメーは死んでもこの子らを護れるってのか、おい!レイジは俺の大事な仲間なんだよ!そのレイジの仲間なら俺の大事な仲間なんだ。テメーのエゴで傷一つ付けさせてたまるか。テメーのケツはテメーで拭きやがれ」


 海藤は動かない。

 業を煮やした牧が海藤の襟を掴んで立ち上がらせる。


「牧さん!」


 さやかの牧を止める声に大きな喫茶店にいる客や店員が息を止める。牧のドスの効いた声で今までの内容を聞いてしまった事もあり誰も警察に連絡しようともしない。


「いいか今からイギリスにでもどこでも電話して断れ」


「それは出来ない」


「何だとこの野郎!」


 殴りかかる牧をレイジが止めた。


「夢なんだ」


 小さな声で海藤が呟く。


「あそこに日本人が立って観客の前で歌う・・・そんなところを見たいんだ。あの場所は金じゃあ買えないんだ。彼らを育てたなんて思ってない、でも俺は彼らが彼処に立っている姿が見たいんだ」


 震える海藤から手を離す牧。


「いい年したオヤジが夢なんか見やがって・・・くそ!」


 固まっている由美。

 本物の暴力を初めて見たのだ。

 牧にすれば暴力にもならないが由美やミク、遥にすればその迫力はトラウマになるだろう。


 牧は大きく息を吸うと由美たちを見る。


「君たちはどうする。こんなイカれたオヤジの夢に付き合う気はあるのか。俺は・・・」


 牧の頭に八洲平八郎の顔が浮かぶ。


「牧さん心配してくれてありがとうございます。でも私はやりたい。いえ、やります」


「せや!由美はやるとなったらやる女や!あたしも自分の力を試したい。あそこで今度は勝つんや!牧さん、あたしは勝負しに一人で東京へ来て負けた。でも今は由美もレイジも遥もさやかさんもいるんや負ける訳が無い!安心しーや」


 遥とさやかが頷く。


「レイジ」


「はい牧さん」


「お前だけが頼りだ。こんな情けねーオヤジだ護れるのはお前だけだ。俺も応援に行きてーところだが行けるかどうか分からない」


 牧はヤクザ者である。イギリスに入国できるか分からない。


「すまん!本当に申し訳ない!」


 海藤は机の上に両手をついて頭を下げた。

 

 牧はため息をつくとレイジの肩を軽く叩き喫茶店を後にした。


『いい年した男の泣き顔なんて見るもんじゃねーな』


 そう思いながら本郷に電話を入れた。





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