38 ステージイントロは工事現場の音です
(株)猫壱本社営業部は職人服を売っている卸売り業者、いや直接各地各店舗から異様な数のオーダーを抱えててんやわんやである。
「ええ、もうそのモデルは生産終了で。ええ、やってますやってますから待って下さい」
同じモデルは1万数千売り切れ、在庫がもう問屋にも全くない。更に5万近くのオーダーを抱えて縫製業者を探して電話をかけまくっている。
最初はこの状況の意味が分からなかったが鴻巣プロダクションのグッズ販売を担当している社員が泣きそうな顔で来た時やっと理解した。その担当者はかなり上から絞られたらしく必死であった。
『公式グッズ追加生産してないってどーゆーこと!言っといたよね!あれほど前から言っといたよね』
海藤のチームで働く長髪の男がライブで異様な売り上げを上げる由美たちのバンドのグッズの在庫不足を危惧し早めに社内オーダーをかけていたが無視されていた。長髪の男は自分なりに判断し海藤に進言し在庫を多めに抱えて置いた。対バンの時から売れ行きは上々で、ライブ会場では列ができ一人で対応出来なくなり泣きを入れたが、心の中では自分の目論見が当たった事に歓喜していたのも束の間、急速に無くなっていく在庫に不安を感じ何度も何度もグッズ管理販売部門に再生産のお願いをしていた。
ライブ会場でグッズを買っていくのは中年から上の男性ばかり、みんな大人買いするので一人で1万など当たり前で3万円位ポンと財布から出てくる。それが対バンの時から二百人から多くて五百人となりグッズを買えなかった者も多くなっていった。流石に大人のファンが多かったので、その場でトラブルにはならなかったがネットの中では苦情が氾濫していた。
分かっていたのに売り上げの機会を失う。
手にできたはずの利益を見過ごす。
有能な者は現場の意見を聞いてそれから全体の状況を判断し動くものだが、ヘヴィメタル・ハードロックに全く興味が無かった担当者は自分の判断で海藤達の意見を無視しとうとう在庫一切無しの状況を招いた。
下手をすると海賊版が現れ公式が出す頃には需要が満たされる可能性さえある。ただ由美たちのバンドのファンの忠誠心を現場で見ることがあればそれは喜憂だと分かるが、そもそも現場に一度も足を運んでない者にそれさえ分かる訳が無い。
ネットの中で増える由美たちのバンドの海賊版グッズは思ったより売れていない。誰がそれを知っているかといえば海賊版を売っている連中だけである。その代わりオークションサイトでは馬鹿みたいな値段で公式グッズが落札されている。
特に熱心なファンは猫壱ブランドの事は十分に研究しているし職人専門の店頭在庫の状況も把握しているので、この時期にネットで売っている物はバッタものだと判断しファンとして情報を拡散しているのだ。
由美たちのバンドのファンは現場で働く者が多い。
直截的では無いが自分を蔑ろにする社会への怒り無理解な人たちからの目に苛まれる哀しみ吐き出せない苦しみを酒で紛らわす愚かさなどミクが映画や小説、牧やレイジとの会話や地獄の様な実体験から得たものを詩にし、由美と共に作曲した男らしいサウンドに載せて吐き出すさやかのその声に勇気を貰い慰められている。
街中でわざと粋がって着ていた職人服は今では誇りあるものとなっている。
出来ればバンドの名前が入った職人服を着たかったが現場でみんなが同じ服を着ると混乱して安全が脅かされるとの事でやめてほしいと現場監督から指示されている。そう言った現場監督本人もちょっと嬉しそうで、仕事前のラジオ体操の後の注意点呼で笑いが起きた。
ちなみにバンドメンバー各員の紹介はこうである。
リーダー ベース 作曲 ユミ・ダンプ 音楽をやっていなければ今頃ダンプに乗り街道を土砂を満載し産業廃棄物処理場目指して爆走していたはずである。全国各地建設現場を巡るダンプ運転手に憧れている。
ギター ハルカ・フローレンス 音楽をやっていなければその類稀なる美貌に魅了された欧州貴族にその身をこわれ今頃伯爵夫人となっていたはず。事実マクシミリアン・コーデル元伯爵の右腕レナ嬢とも懇意な関係なのだ。
ギター 作詞作曲 ミク・ヘルファイヤ 音楽をやっていなければその手に持つ物はギターでは無く無慈悲なチェーンソーだったに違いない。巨大な大木も彼女の腕の中で唸るチェーンソーには敵わなかったはず。落とされた枝はきっと割り箸となり有効にリサイクルされていたであろう。割り箸を資源の無駄使いと糾弾するものはその首を洗って待つがいい。
ボーカル 発破さやか 音楽をやっていなければ採石場でダイナマイト片手に爆破作業に勤しんでいたはず。注意喚起を促す叫びの練習が今の彼女の喉を作ったに違いない。楽器隊から奏でられる爆音に負けないその危険な歌声にチェケら!
ドラム レイジ・監督 リーダーではなく監督、その意味が分かるだろうか。現場を支え職人を輝かせる縁の下の力持ちである。音楽をやっていなければ作り上げたビルの天辺で今ごろ夕陽を眺めていたはずである。彼のバスはまるで音楽の基礎工事である。
音楽雑誌の特集記事にはそう書かれていたが現場を知っているのはレイジだけである。
「一度仕事せえへんと不味いやろか」
作詞家として悩みどころである。
「聞きたいことが有れば俺が聞いとくよ〇〇建築には知ってる人いっぱいいるし」
今でも時折〇〇建築に挨拶しに行くレイジ。
牧に言われて途中で仕事を離れた負い目があって手土産を持って顔を出しているのだ。
『また一緒に仕事しようぜレイジ』
そう言ってくれた職人みんなの顔は笑っていた。




