26 想像を超えたものを説明できる人はそうそういません
レイジがミクを連れてマンションに向かう。
「レイジは由美のお父さんやお母さんに会ったことあるん」
「ああ、一度だけな」
「どやった」
「どやったって、うーん凄かった」
「なんやねん、それだけかいな」
常識を超えたものを説明できるほどレイジは豊かな表現力を持っていない。
いつも使うエレベーターとは違う場所のエレベーターホールの入り口にある訪問者用のインターホンのスイッチを押す。
「はい、五十嵐でございます」
「こんにちは、神ヶ谷礼仁といいます。西園寺美玖さんと一緒に本日由美先輩と遥君のご両親に呼ばれてきたものですが」
「少々お待ちください」
ミクが目を丸くしてレイジを仰ぎ見る。
「どうぞお入りください」
スピーカーから声が流れるとドアが開き、その先にエレベーターが見える。レイジとミクがエレベーターに入り、何も書かれていないたった一つのボタンを押す。エレベーターを降りると、そこは玄関だった。どこかの国の貴族の屋敷かと勘違いするほどの玄関だった。あらためて玄関のインターホンのボタンを押すと『ただいま参ります』という声とともに、両開きのドアが開かれヴィクトリアンスタイルのメイド服に身を包んだ妙齢の女性が頭を下げて迎い入れてくれた。
『ここどこ・・・』
さすがのミクも固まる。
「旦那様がお待ちしております。ささ、こちらへどうぞ」
スリッパに履き替え奥に向かう。時折、別のメイドさんと行きかう。突き当りまで来て重厚なドアを開けると、突き抜ける天井に巨大なシャンデリアがぶら下げられ欧州貴族もかくやというほどの応接用の家具、壁一面がガラスになっていて小さく東京タワーが見える。
「本日ご面会の神ヶ谷礼仁様と西園寺美玖様でございます」
メイドが巨大な机の奥で座っている男性と、そのわきで立っている女性に二人を紹介する。
「よく来てくれた。レイジ君はずいぶん前にあったが西園寺美玖さんには初めてお会いするね。由美と遥の父の五十嵐左之助といいます、初めまして」
「母の五十嵐雪です。いつも二人がお世話になってます、今後ともよろしくね」
「お久しぶりです、五十嵐さん」
基本的に肝が据わっているレイジはいつも通りに挨拶する。
「は、初めまして西園寺美玖です。こちらこそ由美先輩と遥君にはいつもお世話になっています!」
にこやかな笑顔で左之助が立ち上がり、夫人とともに二人に近づき手を差し出してくる。
「相変わらず大きいなレイジ君」
「本当に高校1年生には見えませんね、顔も日焼けで真っ黒。健康そうで遥にも見習ってもらわないと」
レイジは二人と握手する。
「美玖さん、色々由美から聞いている。ご迷惑をかけてしまってるんじゃないかと心配してるんだ、困ったことがあればいつでも来てくれたまえ」
長い綺麗に手入れされている指に包まれるミクの手が震えている。
「聞いていた通り可愛らしいお嬢さんですわね。さあ、こちらへもうすぐ子供たちがまいりますのでお茶でもどうぞ」
夫人に促され歴史を感じさせるとてつもなく豪華な応接用のソファーに座る二人。
冷や汗を掻きながら由美の両親と話すミク。レイジは相変わらずどっしり構えているように見える。
メイドが紅茶を二人に入れる。
「旦那様、由美様と遥様をお連れしました」
ミクが声がした方に顔を向けると、白髪長身片眼鏡をかけたダンディーな男性が執事服を身に纏って頭を下げていた。
「つかれたわー、夕飯の味がわからんかったわ。こんなんなってるなら最初から教えてくれてもええんとちゃう」
由美と遥の両親に面会も済んで、一息つくためにレイジが住む部屋でくつろぐミク。
「どういったらいいか分からなかったんだ」
「まあ、そうやろなー」
地上十二階のうち七階までは高級賃貸で、八階から十階までが分譲。さらにその上の二階分が由美と遥の実家であった。
「一番安い部屋なんだってさ、ここ。なんか日照権の関係で設計上余りものっていうの。そんな部屋なんだって叔母さんが言っててさ買えたのは本当にラッキーだったらしい」
「それでも一人で住むには広いでー。あたしもここにすもーかなー」
「何言ってるんだ、一人ならミクが住む1DKの方がいいって」
「そやけど、お城みたいなあの家おもろいやんか」
レイジは女装姿の遥を背負って何度か家に行ったことがある。初めて相手の両親と会った時はとても感謝された。それはもう言葉には言い尽くせないほどの接待だった。帰りがけにメイドさんに聞いたところ、主人は旧華族でありこの辺り一面の地主だったそうだ。今では相続税の負担が大きくだいぶ土地も手放したそうだが、いくつものマンションのオーナーでありレイジでも知っている食品関係の会社の重役でもあるとのことだった。
レイジの携帯が鳴る。
「ミクもまだそっちに居るんでしょ、今から行くから」
由美の声がして『僕も行くー』という遥の声が聞こえる。
「由美くるん。あのお嬢様姿でくるんやったらからかったろー!」
『お前もお嬢様だろうがー!』と言いたかったが口に出さないレイジ。壁に掛けてある、建築現場に着ていく作業着が疲れた目に染みたレイジであった。




