25 愛し続けるのも大変です。
『しけぇにぃ~漕ぎだすぅ~兄貴と俺がぁ~揺れるぅ小舟に飛沫がかかる。濡れた兄貴のその背中ぁ~男度胸の男度胸のぉ~海の人生ぃ~』
店中に拍手が沸き起こる。神竜組若頭、本郷は何度も頭を下げてマイクをママに渡す。
「噂には聞いておったが上手いもんじゃのー本郷さん。決めるときは決める、流石神竜組若頭じゃ」
「俺は泣けたぜ神竜組のー」
「いい声してるぜ、プロになれるぜ!」
「よっしゃ!CDだしたら千枚でも二千枚でも買ってやらあ!」
昇竜会会長千堂による○○組××組の手打ち式も終わり、幹部級組織がそれぞれの派閥に分かれて打ち上げをここ新宿歌舞伎町で行っている。
神竜組は幹部級組織の一つである。今回は珍しく他の幹部級組織である海猫組と合同で打ち上げとなった。まだまだ昇竜会の内部は揺れている。お互い内情を探り合う緊張の隠せない酒席。和やかな中にも時折物騒な会話を交わす。
ある程度腹を割った話が済めば、こういう飲み会は誰かがマイクを握るのが定番である。
最初は海猫組の若頭が『遠州旅支度』を歌い、次に神竜組の本郷にマイクが渡った次第である。興も乗った酒席の中で次々に演歌が歌われ必死に対応する神竜組組員。少しでも興がそがれるようなことがあってはならない。しかも相手は演歌好きで知られる海猫組。
海猫組と言えば『演歌の街宣車』が有名である。
海猫組の組員が車で街を走れば車内から爆音で演歌が流れる。ジャ〇ラックの職員が車の前に両手を広げて飛び出してもおかしくないほどのボリュームである。ちなみに本人たちは押しの演歌歌手を宣伝してやっているつもりである。一度何も知らない元気な若者が信号で止まっている海猫組の車に文句をつけに言ったが、組員にボコボコにされ言われた言葉。
『俺たちの演歌を『だせー』などと言いやがったな!許せねー許すわけにはいかねー!』
方向性は違っても、好きな音楽に対する気持ちは神竜組の組員と一緒である。
海猫組組長は神竜組組員が新旧問わず演歌を華麗に歌いこなす姿に感動していた。
「演歌嫌いと聞いていたがなかなか聴かせてくれる。うれしいじゃねーか」
隣に座る神竜組組長八洲平八郎は組員の努力に身内として感服していた。
「海猫さんと飲むんなら演歌を歌わにゃあと、組員みんなが言いおったもんで」
「そこまで考えとって下さたんか、神竜のー!」
泣き始める海猫組組長、佐々木寅之助。
演歌が下火になってテレビで演歌歌手を見ることもまれになった。それでも何とか演歌をもう一度表舞台に立たせたいと、見どころのある歌手の陰のタニマチとなり援助をしたり有線放送やラジオの深夜番組にリクエストしたり活動している。
それでも演歌は街から消えていく。
演歌を押すレコード屋はいつの間にか東京下町、亀戸の1店舗となってしまった。演歌好きにはたまらないカセットテープに収録された曲を店頭に並べる時代に逆らう店。新人演歌歌手が宣伝のために店に来るとなれば、一も二もなく堅気を装い応援に駆け付ける。そんな時代、時折YouTubeで往年の偉大な演歌歌手の歌声で気持ちを紛らす海猫組組長、佐々木が唯一心を寄せる昔気質の店である。
「お互い寂しいもんですのう」
ハードロック・ヘヴィメタル好きを公言している神竜組組長八洲平八郎。演歌以上に衰退しているジャンルにこだわり続ける男。そんな男がそんな組員が演歌を歌うことに感動している海猫組組長と組員。つい傷を舐めあいそうになる気持ちにもなる。
だが神竜組組長、八洲平八郎はきっぱりと言い切る。
「何言っとるんじゃ海猫のー。希望は捨てたらいかん、わしらも長い長い冬の時代じゃったが、とうとう希望が見えてきたんじゃ。海猫さんもいつか希望が見えるときがある」
「あるかのー」
「ある!わしは30年待った。待って待って待ち続けた。諦めたらそこで終わりじゃと売れないバンド応援し続けた。1バンドもテレビに出ることなく消えてしまったが、今度は違う!。世界が相手じゃ!。日本を飛び越え世界を相手に出来るバンドが見つかったんじゃ。わしの夢はあいつらにかかっとるんじゃ!」
平八郎の目に熱が帯びる。
世間から目を背けられ、嫁にも馬鹿にされ、嫁いでいった娘にも呆れられ、孫にも嫌われたがそれでも希望を失わずに好きな音楽にこだわった漢の目である。
「神竜の、いや兄弟。わしもあんたに負けんよう頑張りますわ!」
「その意気じゃ!兄弟!」
流れる涙も拭わずに両手で固い握手を交わす二人。
売れないアイドルを応援し続けてきた牧の目にも涙がうっすら浮かんでいた。




