23 忘れられた音楽
大手芸能事務所『鴻巣プロダクション』のビルの一室で男たちが机を囲んでホワイトボードを眺めている。
「どうします海藤さん、このままだとこのプロジェクトは終わります」
似合わないスーツに身を固めた大柄な男が、向かいのひょろっとした男に声をかける。
「今年の夏までには結果を出さないと、都との契約も切れますし」
小柄な男が眼鏡を拭いながら、ボソッとつぶやく。
海藤は机に置いてあるいくつもの用紙を、一枚一枚捲りながら顔を顰める。
「結局、俺らにはアイドルの仕事なんか無理だったんすよ!」
長髪の男が、机に紙の束を叩きつけ怒鳴る。
誰もそれを咎めない。
「これで俺らがリストラされる言い分が立ったってことさ。それでもこの会社はまだ人情があるよ。何とか他のプロジェクトに回されるだけ有難いじゃないか。何人かは営業か、経理行くことになると思うけどな」
海藤よりも少し若い男が、不貞腐れながらみんなを見渡す。
ここに集まる男たちはかつて、ヘヴィーメタル・ハードロックバンドをいくつも育てた実績を持つマネージャーやプロデューサーである。世界中がヘヴィーメタル・ハードロックに燃えていた1980年代後半、我こそは日本から世界に羽ばたくバンドを育てててやるんだと熱い志を抱いて業界に入った。東方西走してバンドを探し、また売り込んできた者たちの熱い心に触れ、ライブ会場のピットやロックフェスで暴れまわるオーディエンスに涙を流した。
だがそれも2000年代初頭にはすっかり様変わりしヒップホップやラップにとってかわられ、ヘヴィメタルやハードロックはラウド系と一括りにされ、挙句にパンクなのかヘヴィメタルなのか訳が分からない正にラウド系と言われても仕方がない状態になった挙句、とどめにグロウルが主体の叫んでいるだけの曲がメタルだと言われ人々から遠ざけられていった。
海藤たちの仕事は次第に縮小していった。
今はアイドル全盛の時代だ。
50台半ばの海藤を中心としたチームは、会社から与えられた中学生を中心とする幾つかのアイドルグループの売り出しが仕事だ。各自の目の前にある写真が挟まれた用紙には『青少年健全育成プロジェクト。食の安心安全、子供の教育はまず食事から』とか『青少年健全育成プロジェクト。元気な体で明日をつかむスポーツ教育で体力向上と礼儀を学ぼう』とか書かれ、それにそったアイドルグループを作り各イベントに安いギャラで送り込んだ。
これまでの評価が都の教育委員会からリポートされている。
こういった役所の仕事の中から次世代のアイドルを育成し、都の予算に頼らなくても集客できる金の生る木を作り上げる一石二鳥を狙ったプロジェクトを上層部から渡され、仕事を一緒にするメンバーを見た時、お互いに深いため息をついたものである。
「みんなすまない、俺が・・・」
ここに集まった男たちは、海藤が学生時代に知り合ったロックが好きな仲間であり、海藤の推薦でこの会社に入社した者ばかりだ。
「海藤さんの責任じゃないっすよ!」
「ああ、そうだ時代がかわっちまった。それだけさ」
「あの人たちがいなければ、街に音楽が溢れていたんですけどねー」
「それを言うな」
お互いに、何んでこうなったのか本当は知っているが口に出せない。
だが敢えて海藤は口にする。
「ロックが飽きられたんだろう。1960年代から同じバンド構成で似た様なバンドばかりになり、時たま新しいムーブメントが生まれてもモンキービジネスで食いつぶされる。もう誰もロックのことなんて忘れてしまったんだ」
海藤はふらりと会議室を後にする。
クーラーで冷え切った体をさすりながら、強い日差しの中に向かって歩く。
「夢は長くは続かないもんさ」
ぼそりと呟き、上司にどう報告するか考えをまとめていた時、別のプロジェクトを抱える同僚が声をかけてきた。
「元気ないねー海藤」
「まあな、このままだと俺は慣れない事務か営業に回されてポイだ」
「上手くいかなかったか」
「ああ、もともと俺たちにアイドルの仕事なんて無理なんだ。それを分かっててやらされた」
「それでも会社に居るんだ」
ちょっと意地悪な目で揶揄う男にムッとする海藤。
「女房子供が居るんだ、飛び出すわけにはいかないんだよ!」
「すまなかった、言い過ぎた。でも今のあんたはぜんぜんらしくない。熱い男だったじゃないか」
「もう年さ、定年まであと7年何とかするさ」
海藤は男に力のない笑顔を見せると、トボトボとコンビニに向かう。
「海藤!」
「何だ」
「好きなようにやっちまえよ。まだ7年あるんだ」
その無責任な発言に少し腹がったが、男の笑顔を見て何が出来るか考え始めるくらいにはなった海藤。
「ああ、そうする。心配かけたな」
「また飲みに行こうぜ」
「ああ!」
歩き出す海藤の足取りが少し変わる。
その時、携帯が鳴った。
『八洲・・・ああ八洲のじーさんか。久しぶりだなー、生きてたのかよ』
海藤と仲間たちの運命を変える電話であった。




