20 アルバイトの理由
貸しスタジオでボーカルの顔合わせを含めた音合わせも終わり片付けが済む。
「さすが牧さんの紹介してくれた方です。ばっちり決まりました」
由美がバンドを代表してさやかに頭を下げて封筒を渡す。
「少ないですけどギャラということで」
「悪いわね」
封筒を開ければ1万円が一枚入っている。
昼はOL、週末夜はスナックでアルバイトをしているさやかにとっては歌を2時間も歌わないのにこれだけの収入は魅力的である。
歌うことが好きなさやかは時々ボーカルオーディションに応募しているが、声質がハスキーなうえに声量もあるので時代にそぐわないらしく合格することはなかったがここでこうして自分の声を認めてくれるのは嬉しかった。本当はディーバとして、安藤奈美子とかキコアとか歌川キララみたいにドレスを纏い一人ステージで華麗な歌を歌いたかったが、何度もオーディションに落ちて諦めかけていたのだ。
「さやかさん、これからステージ衣装買いに行くんですけど時間ありますか」
日曜日の午後5時、さやかにとっては少ない休日である。
「いいけど、もうステージ衣装きめちゃうの」
「さやかさんの歌いっぷりが凄くて。本当は収録もうちょっと後でと考えたんですけど、さ来週にしようと思いまして」
「収録って」
「ああ、言ってなかったでしたね。YouTubeにアップする動画を撮ろうと思ってたんです」
「YouTubeに上げちゃうんだ、なんかすごいね」
「ミクが持ってるチャンネルがまだ生きてるので。結構登録者多いんですよこの娘」
「凄いじゃない、どれくらいいるの」
「3万人くらいです」
ミクが照れたように頭をかく。
「凄いじゃない、結構な収入になるんじゃないの」
「広告いれてませんから」
「何でなの、もったいないじゃない」
「時間も短いし、それにすぐ音楽聞いてもらいたかったから」
登録者数の多さに驚くさやか。まさか今日歌ったハードロックに、そんなに需要があるとは思わなかったのである。3万人も自分の歌を聴いてくれることに思いをはせるさやか。
「わかったわ、じゃあみんなで行こうよ!」
「何でここなの・・・」
西新宿十二社通りにある、伝統ある職人御用達の黄色いビルの前に立つ5人。
「言ってませんでしたっけ」
「うん」
ハードロックと言えばジーンズに革ジャンが定番。ちょっと大人になっても、ジャケットを着崩した感じと思っていたさやか。
「ごめんなさい、私これ着てステージに上がるの無理。ご縁がなかったと思って諦めて頂戴」
少し怒った声で由美にバンド脱退を告げ、帰ろうとするさやか。
「ちょっとまって!さやかさん、」
さやかの前に立ちふさがる由美。
「冗談じゃないわ、こんなとこ来て買う衣装ってありえないじゃないの!」
「そういうと思いました」
「馬鹿にしてんの!」
「してません。私たちは本気なんです」
「馬鹿じゃないの、いくらなんでもステージ衣装が職人服って頭おかしいのあんた!」
「こういうのはインパクトが大事なんです。どこにもないオリジナリティーが必要なんです。しかも私たちの曲にはこういう世界観こそがあっているんです」
さやかは由美の真剣な眼差しに『嘘はない』とは思ったがやはりステージ衣装に納得できなかった。
「確かにあんたたちの曲にはぴったりだと思うけど、私には無理だから。ごめんなさいね」
「3万出しましょう、1ステージ3万。収録では5万出します」
歩き出そうとする、さやかの足が止まる。
今どきプロのミュージシャンでも下手をすると1ステージ1万である。しかも練習時間も含めての金額だ。もちろん売れっ子であればそんな金額で済むわけはないが、電子音楽機材の発達によりミュージシャンの需要は減っている。さらに言えばミクのYouTubeチャンネルの登録者数は、チャンスを掴むには充分である。
さやかはくるりと回ると、由美に頭を下げた。




