19 世間から浮いてるってことは目立っていることと同じ
『ほんと、あのアルバイトしてなきゃ今頃体中痛くて一歩も歩けなくなってたよ』
音楽教室の帰りにスーパーに向かうレイジ。
今日は珍しく叔母の七海が7時半に返ってくると連絡があり急いで夕飯の支度をしなければならない。
月、水、金は夕方から現場の跡片付け土曜日は朝から晩まで職人の下働きのアルバイトをし日曜日は貸しスタジオに籠る。スタジオ代に楽器のレンタル代は全て割り勘なのでドラムセットを借りているレイジは負担が少ない方であるがそれでも自分専用のドラムを買わなければいけないのでバイトせざるを得ない。しかも親にお願いして東京の学校に入れてもらったため、ミクにはああ言ったがそれなりの成績を取らないと申し訳ないこともあり学業も疎かにするわけにもいかないのでなかなか忙しいが別に将来の事は考えていない、目の前の事をこなすだけである。
「だんだん料理も上手になってきたわね。これならいつでもお婿さんに行けそうね」
「料理の本も七海さんに買ってもらいましたしYouTubeを見て勉強もしましたから」
叔母さんというにはまだ若い32歳。
レイジはそこそこ人づきあいが上手なのでここに来てから七海叔母さんとは言わない。
「レイジ君に叔母さん料理を教えてもらわなきゃならなくなりそうっていうか、なっちゃったかも」
七海はレイジに結婚の話をし始めた。
「相手は同じ職場の同僚。朝から深夜まで仕事で顔つき合わせてればねー。付き合いも長かったからそろそろかなって。君を見てるとねー」
霞が関で働く公務員の七海は忙しい。
公務員宿舎にいるときにお金を貯めて職場に近いここを買ったのは一年前と考えると急展開である。
「じゃあ僕ここ出ていかなきゃいけませんね」
「何言ってるの私が出ていくのよ、ここは君が高校生までは好きに使って。でも大学生になったらお家賃少し頂くけどね、君が東京の大学に進学するならだけど」
「ありがとうございます、助かります七海さん」
「君みたいな子供が欲しくなっちゃたんだ。そういう意味では君に感謝してるのよ、踏ん切りつけさせてくれてさ」
結婚式は3か月後だという、それ以降はレイジは2LDKの七海所有のマンションに一人暮らしとなる。家賃はタダだが管理費、光熱費は出すのが当たり前であろうと思うレイジ。七海がレイジの両親にその費用を出してもらえるようにと連絡を入れようとするがレイジはそれはしないでくれとお願いする。
「東京に行くことを許してくれて学費や食費まで出してもらってるんです、そこは自分でなんときゃしなきゃって思ってますので」
「あらあら、大人になっちゃたわねー。でもアルバイトするわけでしょ成績落ちちゃったらそれはそれで困るんじゃないの」
「今でもバイトしてますから、ドラムセット買った後はお金に余裕出来ますし」
「じゃあ中古のドラムでいいんとちゃう」
新品のドラムしか頭になかったレイジの問題が解決した。
「まだ始めたばっかりなんだものそれもそうね」
喫茶店で由美とミクにコーヒーとケーキを奢ってもらうレイジ。こういう情けない立場から抜け出せると思うと心が晴れる。
「そうなると私らのバイトも減らすん」
「ああ、それはもう少し続けるわ」
「なんでやの」
「復讐のためよ」
えっと驚くレイジとミク。
「まだこだわっとんのかいな」
「当り前じゃない!自分たちが理解できないからってこの私を蔑ろにした挙句に退部までさせたのよ。天誅よ、彼らに天誅を与えるのよ!」
由美は復讐のために色々策を練っていたらしい。
最初は軽音楽部に対抗して爆音部の創設を図ったが、顧問に誰もなってくれなかったらしい。部が作れなければ、音楽室を使うこともできない。同好会もと考えたが、やっている音楽が爆音なので回りに迷惑がかかるのでやめた。そうなるとバンド活動が学校で出来ないことが許せないことと軽音楽部の部長の態度と自分を蔑ろにしてきた部員に対する復讐に、だんだん焦点が定まる。そこで来年の生徒会選挙に打って出て生徒会会長の座を手に入れ、軽音楽部の予算を『あることない事でっち上げ』削っていこうという計画を立てた。名ばかりの生徒会であり、ほとんど教師の推薦で嫌々やっている生徒会役員ばかりである。そこで自ら手を挙げれば楽勝であり、さらに副会長などを身内で固めれば幾らでも権力を動かせると判断し、そのことに協力してくれるように最初に遥かに話を持って行ったが、逆に遥に説得され諦めたということだ。
『ミクよりヤバい人だったんだー。ありがとう遥、もうちょっとで巻き込まれるとこだったよー』
基本的に性格が温厚なレイジは、ほっと胸を撫でおろした。
「さすが由美や。目的のためには手段を選ばん漢気ある女や」
『いや、なに褒めてんの。そもそも漢気の使い方違うよね』
「まあね、私はやるって言ったら必ず成し遂げる女なの」
『もうバンド活動よりそっちが優先なの由美先輩は。違うよね、俺だってアイドル応援しに行きたいのにこっち優先してんですよ。しかもどんどん方向性が歪んできてるし』
色々突っ込みたいが由美とミクの性格には逆らえないレイジ。
そこへ遅れてきた遥がやってきた。
「遅い!」
「だって化粧とか服選びがなかなか決まらなくってさ。外出するのに適当な服ってありえないし」
確かにここは生活圏ではないが、じゃあ仕事帰りの職人姿の俺はなんなんだとレイジは思う。
由美の指定した喫茶店の周辺はおしゃれである。そういう意味では遥の言い分も分かる。だが時間に間に合わせるためにバッグに入れた学生服に着替える時間も惜しんで、電車に飛び乗ったレイジにしてみれば納得できない。
「目立つわね、レイジ」
由美が、レイジと周りを見渡して腕を組む。
「すいません、着替える時間がなかったもので」
「きにしーなレイジ、なかなかカッコいいで」
趣味が世間一般とずれているミクに言われても慰めにもならない。
「うん、男らしくって素敵」
両手を合わせて、しなを作る遥。
お前も男だろうと言いたかったが、もう突っ込むのも疲れたのでレイジは黙っている。
「ここで着替えてもらおうと思ってたけど手間が省けたわ。決まった、ステージ衣装はこれで決まりよ」
「ステージ衣装って」
レイジが由美の視線を追う。
「さすが由美やわー!それ最高やん、目立つでーこれは目立つでー」
ミクがレイジを見つめる。
「嫌、それは嫌だから。僕は絶対に着ないから姉さん」
白いTシャツの上にポケットがいっぱい付いたベスト、裾広がりのようでいて足首できゅっと絞ったズボン。正しく日本の現場職人のスタイルのレイジを3人が見つめる。
「この世界は目立ってなぼやもんな!やったるでー!」
泣き崩れる遥。
「あんたはいいわ遥、好きなかっこしなさい似合いそうにないし。それにこういうのは似合う男と似合いそうもない女が着ることがインパクトがあるものなの。そういう意味ではあんたは失格よ!」
喜んでいいのか悲しんでいいのか分からなくなった遥は、隣に座るレイジの膝の上で泣いている。
「でも、今度紹介されるボーカルの女性は納得してくれるんですかね」
「世の中、金の力でどーにでもなんのよ」
「そやそや!札束で頬っぺたひっぱたけばなんとでもなるんやで、レイジ」
目的の為なら手段を選ばない女と、地獄を見てきた女がレイジの目の前にいた。




