14 夜の世界の住人
ここは中野区哲学堂公園の近くにある、神竜組組長の自宅である。
組長の八洲平八郎がイヤホンを外し目を見開く。
「日本にもとうとうこんな曲を書くもんが出てきたのか」
縁側から日本庭園を眺めれば若衆が草取りをしている。初夏の風が湿った空気を運んで平八郎の細くなった髪を撫でる。牧は置かれてあるお茶をくいっと飲むと、口を開く。
「あっしも驚きました。ただ」
「ただ、なんじゃい言ってみろ牧」
「ボーカルが少々弱いんじゃねえかと」
ニコッと笑う平八郎も残ったお茶を飲み干す。
「アイドル好きのおめえさんが言うじゃねえか」
「おやじたちにしょっちゅうメタルやハードロックを聞かされてれば、そこそこものが分かるようにもなりますぜ」
「それもそうか、すまんな牧」
そこへ若頭の本郷が走りこむ。牧はすっと立ち上がり頭を下げると本郷の後ろに下がる。
「おやじ、今度の会合の日程が変わったようです。これから二週間後の土曜日、新宿○○会館とのことです」
「また随分と前倒しになったもんじゃの」
「○○組と××組の抗争が会長の仲介で手打ちになったとのこと、とっとと手打ち式をしちまおうってことなんじゃないですか」
「昇竜会もこれでやっと落ち着く。目出度い事じゃ」
「へい!」
本郷をじっと見据える平八郎。
「大丈夫じゃろうな、若狭美佐江の『遠州旅支度』、桂幹夫の『赤城空っ風』、それとなんじゃったか山川麗奈の・・・」
「長崎雨情です、おやじ」
「そうじゃった、組のもんはちゃんと練習しとるんじゃろうな」
「それはもう抜かりなく」
「すまんな、苦労掛ける」
「何言ってるんです、おやじの為なら演歌の十や二十幾らでも覚えて見せまさあ」
平八郎のねぎらいの言葉に俯く本郷。
目にうっすらと涙が浮かぶ。
牧を除く神竜組組員全員、生粋のハードロック・ヘヴィメタルファンである。その彼らにしてみれば演歌を覚えることは苦行以外何物でもない。だが、昇竜会の幹部級組織である神竜組に甘えたことは許されない。会合が開かれれば、そのあとに幹部級の組が派閥を従え夜の街に繰り出す。
立場が上であれば上であるほど接客する側に回る。
演歌の好きなヤクザ者が多い中で派閥の領袖が知ったことかと言えるわけがない。他の組の幹部に言われれば、神竜組の幹部でさえリクエストに応えマイクを握る。演歌の一つも歌えないとそれだけで場がしらける上に、酔った勢いで喧嘩になる事さえあるのだ。しかも歌が好きなものは最新の曲を要求してくることが多い。神竜組組員全員必死にそれに応えられるように、演歌を学ぶ苦労人である。
「牧」
「へい、オジキ」
「おやじの話が終わったら頼むぜ、楽しみにしてんだからよ」
「わかってます、オジキ」
本郷の去った後に平八郎の前に進み出る牧。
「さっきの話なんですが」
「ふむ、そうじゃった。これだけのバックバンドとなると今のボーカルじゃと厳しいの」
「はい、本人たちもそれは分かっているようなのでボーカリストを探すつもりだそうです」
「ボーカルの声量、レンジの広さ、声質を考えるとそうそう見つからんと思うが・・・」
平八郎の頭に、時々行くスナックのホステスの顔が浮かぶ。
「牧、本郷に今日は若い衆に賭場を任せて飲みに行くと伝えろ」
「分かりました」
「もちろん、お前もついてくるんじゃ」
「へい!」
新宿歌舞伎町、夜。
平八郎の左右をがっちりガードする本郷と牧。
「店には連絡し取るんじゃろうな」
「はい、素人さんには迷惑かけねえように貸し切りにしてあります」
牧は目的のスナックのドアを開けて、平八郎と本郷を中へ先に入れる。
「いらっしゃいませ。お久しぶりです会長」
「相変わらず別嬪さんじゃのちよは」
60代後半の平八郎からすれば、40台のスナックのママは子供のようなものである。
「さやかちゃん、会長さんいらっしゃたわよ。早くこっちに来てご挨拶なさいなさいな」
「ママ、そう気を回さんでもいい。こっちが無理して休みのさやかに来てもらったんじゃ」
20歳になるかならないかのホステスが、慌てて平八郎の前で頭を下げる。
「すまんな、休みのところ」
「気にしないでください、でも会長さんの期待に応えられるかわかりませんよ」
スラっとした体にぴったり纏わりつくドレス、長い髪が揺れる。正に新宿歌舞伎町のスナックホステスである。
「ほんじゃま、ここは軽くバーボンをストレート1フィンガーでたのむわ」
ショットグラスを一斉に持ち上げて飲み干す。
牧がスマホとイヤホンをさやかに渡す。
「わりいな、好みの音楽じゃねえって聞いてるけど、一つここは会長の為によろしく頼む」
「わかってますってー、じゃああたしあっちで聞いてるけどいいですか」
怖いもの知らずの若者らしく、軽いノリで話すさやか。
「ああ、ちゃんと聞いてくれ。うまく歌えなさそうなら言ってくれ遠慮しなくていい」
「はーい」
にっこり笑いながら席を立つさやか。
「ごめんなさいね、礼儀知らずなもので」
「今の若いもんはあんなもんじゃろ」
孫を見る優しい目でさやかを見る平八郎。
「ママさん、それよかここのオーディオはスマホにつなげられるかな」
本郷がスナックを見渡して聞く。
「大丈夫です、そういう機材は牧さんに言われて用意してますから」
「相変わらず気の利く野郎だな、牧」
牧の肩を軽くたたく本郷。
「おやじやオジキの為です。これくらい当たりまえです」
「泣かせることいってんじゃねーぞ、この野郎」
涙もろい本郷はそういって二杯目のグラスを開けた。




