12 誰と戦ってんの
ミクと由美、そしてレイジは牧から指定された待ち合わせの喫茶店にいる。
「へえ、新宿にこんなに広い喫茶店ってあるんやね」
「驚いた、これビルのフロア全部じゃない」
レイジはまだ混んでいない店内を眺めると、噴水から少し離れた席に向かって二人を案内する。
ここは新宿でコンサートやライブが終わったあと、または漫画の大規模な即売会があったあとなど同好の志が寄り添う場所として、その筋の連中の間では有名な場所である。
昔、新宿厚生年金会館というものがあったときはごったがえしていたという話を、知識として持っていたレイジにとっては歴史を肌で感じることのできる貴重な場所。
レイジたちアイドルファンにとっては幻の聖地、新宿厚生年金会館。
今ではあるカメラ量販店の本社社屋が建っている。
中学時代、アイドルのライブで知り合った牧に聖地を案内されたことのあるレイジ。その新宿厚生年金会館のあった時代をリアルに生きてきた牧と、ここで何度帰りの夜行バスが出発する間際まで話し込んでいたか数えきれない。
そこそこ売れているアイドルは、金曜か土曜そしてテストが終わったころにライブが開けるように箱を押さえている。必然的に売り出し中のアイドルたちは、平日か日曜日などである。
レイジも小遣いを必死に貯めて何とか住んでいた地方都市から新幹線を使ってライブに足を運び、帰りは夜行バスに乗り経費を浮かせてきていた。それでも東京のライブに遠征できるのは年に3回がせいぜいであるが、東京につけば必ず牧が待っていてくれて、帰りは夜行バスの出発場所までいつも必ず見送くってくれた。
牧と会えることもレイジにとっては、楽しみなことの一つであった。
『大変だろうが勉強だけはしっかりやるんだぜ』
『はい!頑張ります』
別れの挨拶はいつも同じだが、そのおかげで東京の進学校にこれたと思っているレイジは、久々に来た喫茶店にこうして気軽にこれるようになった事がうれしいと同時に懐かしい思いにとらわれる。
待ち合わせ少し前に喫茶店の入り口に現れた牧にレイジが手を振る。いつも通りの黒いスーツにノーネクタイが、高身長のスレンダーな体によく似合う。テカテカに光るオールバックの髪にレイバンのサングラスをのせて?一瞬笑顔を見せる牧。
「久しぶりだなレイジ」
「ご無沙汰してます牧さん」
本当はつい先日、牧からのお願いでヒナギク49のライブに助っ人として参加してきたばかりである。無論チケット代は牧が出してくれたのでレイジの懐は痛んでいないが、逆の場合もあるのでお互い様である。まあ、売り出し中のアイドルのライブチケットは安いので大したことはない、ただし握手会などに参加する場合は別である。
打ち合わせ通りに話を進める牧とレイジ。こういったおぜん立てなど細かいことが得意なレイジ。レイジの進行でお互いの挨拶を済ますと全員席に座る。
「レイジから色々話は聞いてるが、話せる範囲ってことでいいかいお嬢さん方」
「はい、よろしくお願いします」
「じゃあ、その前に具体的なことも知らなきゃ何を話すかまとまらないんで見せてもらえるかな」
由美はレイジとの打ち合わせ通りに持ってきたノートを牧の前に差し出す。牧は今どきの女子高生が使うには少々実用的過ぎるノートを見て、にやりと笑う。その凄みのある笑いに体が硬直する由美とミク。
ノートを丁寧に開き、ミクが書いた詩を読み始める牧。
牧はドルヲタではあるが、好きなものがアイドルなだけであり音楽全般に対してはフラットな気持ちで接する男である。
良いものは良いと認めてきた。
どんなに自分の嗜好からかけ離れた音楽であろうと、また理解できなかろうと、教養として知ることは大切だとレイジに語ることも多い。事実、年月が経つと理解できなかったものが分かるようになったし、多くのアイドルの曲にそういうものが取り入れられることも多々あった。
その牧が真剣に読み込む詩。牧にはハードロックを嗜好している人の詩だとあらかじめ伝えてあるので、問題はないと思うレイジだがその真剣な顔は怖かった。
ノートを机に置く牧。
「由美さん、曲を聞いてみたいんだが」
由美はカバンからスマホを取り出す。
「3曲ほど入れてあります。ボーカルはミクちゃんでギターは私とミクちゃんです。ドラムとベースはいないのでシンセで代用してます」
牧はブルートゥースイヤホンを掛ける。
ある程度音量を確認すると曲をスタートさせる。
ハードロックやヘヴィメタルを聞く者にとって音量というものを確認することは、自分の耳を守るためには大切な儀式だ。
『これは・・・こいつは凄いぜ。女版Guns N' RosesいやSKID LOWといっても差し支えねえ。うお!今度のはAC/DC,いやいやNICKELBACKっぽいな。今度は・・・なんてこったMSGのマイケルシェンカー張りのギターじゃねえか!』
衝撃を受ける牧。ドルヲタであるが知識として様々な音楽を一通り持っている。ましてやハードロック・ヘヴィメタルをこよなく愛する神竜組の組員の中で生きてきた。様々なギターテクニックや張り裂けるボーカル、腕が何本もあるんじゃないかと思われるドラミングをするドラマーを、これでもかと熱く語り合う組員たちの熱意に圧倒されたこともしばしばである。
『こいつを聴いたら組の連中大騒ぎだわ』
じっと牧を見つめる由美とミク。
本当のことを言おうと牧は決心する。
もし事態が女子高生には対処しづらいことになったら、自分が影から守るしかないかも知れない。
売り出し方を間違わなければこいつらは世界を相手に出来る。いや日本ではそこそこになるだろうが世界に受け入れられるのは違いない。
ハードロック・ヘヴィメタルの火はいまだにヨーロッパ、南米、アメリカを中心に深く根づき多くのロックフェスティバルが数万人規模で開催されているのである。
はてさてと将来の大物相手に何を話すか迷う牧。
「まず、初めに言っておきたいことがある」
「はい」
「君らは必ずビッグになる、ただし日本では難しいかもしれん。君らが目指すのは世界だ!」
呪文のように自分に言い聞かせてきた言葉を他人から言われ思わずグッとこぶしを握りこむ二人。
ミクの目に涙がにじみ出る。初めて人の口から直に自分の才能を認める言葉が聞くことができたことに。由美の目が見開き笑顔があふれ出る。世界征服に一歩近づいた事に。
「ありがとうございます!」
牧に頭を下げる二人につられてレイジも頭を下げる。
「だがな、売り出す相手を間違えちゃあいけねえぜ。はっきり言っとくが、こういう曲を聴く連中の年齢層は50台から上だろう。もちろん世界相手だとそうばかりでもないが、若くても曲や演奏に非常に厳しい目を向ける連中が多い。少しでもその世界観からずれたことをすればとたんにバッシングされると覚悟しとく必要がある」
頷く二人と緊張で顔が強張るレイジ。
『これはとんでもない事に足を突っ込んでしまったかも。やばいかも、ほんと不味いどーしよー』
ハードロック・ヘヴィメタルはその中においても非常に細分化されたジャンルを抱える。カテゴライズされたバンドのファン同士で口喧嘩はもちろん海外では殴り合い、下手をするとミュージシャンが歪んだファンから銃撃を受け死んだこともある。小便の入ったペットボトルがステージに向かって無数に飛び交うこともザラである。ゆえにロックフェスティバルはもちろん、ライブ会場でさえ警備員がファンとミュージシャンの間に配備されている。
「君らはメジャーになっても先細りの未来が待っている。それでもやる気はあるんだな」
10台のファンをつかめば上手くすれば4,50年は音楽の世界で食っていけるだろうが4,50台のファンをつかんでもせいぜい20年やっていければバンドとして御の字である。
ロックファンはその音楽性にこだわり年齢に沿った演奏技法や声の出なくなったボーカルに哀愁を感じ、自分の人生をそこに重ね合わせる。特にヘヴィーメタルやハードロックを好きなものは、自分の人生を掛けているものが多い。その世界観に酔い、その世界観に沿った生き方をしてきたものやしようとしている者がかなりいたりするのだ。また真面に生きてきたものでも、心の奥底にどこかアウトローなものを澱ませている。
ゆえに世間一般に広がることもないし、ファンがどこにいっても溢れかえることもない。
「私たちはこれが好きなんです。これしかないんです」
「まだまだ若いんだ、そうだなアイドルソングやロキノン系、フォークソングとかにも挑戦してみるのも視野を広げる意味でもいいと思うんだが」
由美の目がキッと牧を睨む。
「彼らは敵です!」
思わず組の連中の顔を思い浮かべて頭を抱える牧であった。




