十六歳のプレゼント
賑やかだった祝宴もようやく終わり、私は湯浴みを済ませて自室へ戻ってきた。
今日は朝から慌ただしい一日だった。両親から贈られた髪飾りをつけ、仕立て上がったばかりのドレスを着て、大勢の客に挨拶をして、その合間を縫ってアルヴィンのところまで行って――そして、最後にはちゃんと、自分の部屋まで戻ってきた。
寝る前に、もう一つだけ楽しみが残っている。私は部屋へ入るなり、まっすぐデスクへ向かった。
「……あった!」
思わず声が弾む。デスクの上には、ひとつの包みが置かれていた。淡い色の包装紙に包まれ、細いリボンがきちんと結ばれている。大きさは両手で抱えるほどではないけれど、片手で持つには少し大きい。私はデスクの前に立ったまま、しばらくその包みを眺めた。
「ふふ……」
まず正面から。次に横から。それから少ししゃがんで、下から見上げてみる。
「……何かしら」
包装紙の上から、そっと触れてみた。柔らかくはない。かといって、金属のような硬さでもない。
「うーん……」
持ち上げてみると、思ったより重かった。
「意外と重いわね」
私は包みを両手で持ち直した。この大きさでこの重さなら、髪飾りや小さなアクセサリーではなさそうだ。去年もらった銀の栞だって、もっと軽かった。
「じゃあ、何かしら……」
もう一度、横から眺める。箱の形はそれほど厚くない。振ってみようかとも思ったけれど、さすがにやめておいた。中身が壊れたら大変だ。代わりに、指先でそっと押してみる。やっぱり硬い。
「箱……?」
となると、中には何か小物が入っているのだろうか。香水かもしれない。手袋かもしれない。小さな化粧道具という可能性もある。それとも、何か特別な記念品かもしれない。考えれば考えるほど、期待が膨らんでいく。
「……宝石箱とか?」
ちょうど王都では、布張りで細かな装飾の施された宝石箱が流行っていると聞いた。公爵令嬢の十六歳の誕生日なのだから、それくらいあってもおかしくない。けれど、アルヴィンがそういうものを選ぶだろうか。去年は銀の栞。その前は手袋。その前は髪を結ぶためのもの。どれも派手ではなくて、実用性が高いものばかりだった。
「今年は何を選んだのかしら……」
包みを抱えたまま、私はくるりと一周させる。
今すぐ開けてしまえばいい。ただそれだけなのに、なぜだか惜しかった。開けてしまったら、もう中身が何なのかを考える楽しみは終わってしまう。私はもう一度デスクの上へ包みを戻した。
リボンを見る。包装紙を見る。また持ち上げる。
「……重い」
今度は少しだけ上下に動かしてみた。中で何かが動く気配はない。
「うーん……」
ますます分からない。でも、分からないからこそ楽しかった。私はとうとう待ちきれなくなって、椅子へ腰を下ろした。
「よし」
意を決してリボンを解く。包装紙を丁寧に開いていく。そして中から現れたものを見て――。
「…………」
笑顔が止まった。
「…………え?」
そこにあったのは、一冊の本だった。
手に取る。ずっしりと重い。
表紙には流麗な文字で題名が記されていた。
『淑女としての立ち居振る舞いと社交の心得』
「…………」
私は無言でページを開いた。
『第一章 美しい挨拶について』
閉じる。
もう一度開く。
『第二章 食事の席における正しい所作』
閉じる。
三度目。
『第三章 殿方との会話における話題の選び方』
ぱたん。
「なにこれ!!」
静かな夜の私室に、私の怒声が響き渡った。
「なんで!?」
さっきまであれほど楽しそうに包みを眺めていた自分が、まるで馬鹿みたいではないか。
「誕生日よ!? 十六歳の誕生日なのよ!?」
本をデスクに置き、表紙を睨みつける。どう見ても、どこからどう見ても、淑女のマナー本だった。
「こんなの、もう知ってるわよ……!」
幼い頃から何度も教えられてきた内容ばかりだ。挨拶も、食事の作法も、社交の心得も、今日だってきちんとできていた。
なのに。
「……ひどい」
私は頬を膨らませた。せめて、もう少し誕生日らしいものがよかった。
時計へ目を向けると、もうかなり遅い時間になっている。さすがに今からアルヴィンを呼び出して文句を言うわけにもいかない。
「……明日」
本を睨みながら、私は低く呟いた。
「明日、絶対に言ってやるんだから」
そうして渋々ベッドへ入ったものの、しばらくは腹の虫がおさまらなかった。
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翌朝。
身支度を終えた私は朝食を済ませると、その足でアルヴィンのところへ向かった。扉を開けるなり大きな声で呼びかける。
「アルヴィン!」
机に向かっていた彼が顔を上げた。そして、こちらを見た瞬間、ほんの少し目を細める。
「おやおや」
穏やかな声だった。
「昨日は妖精か天使かと見まごうくらいの美しさだったのに、今日は随分な勇ましさですね」
「誰のせいだと思ってるの!?」
私はずんずんと机の前まで歩いていった。アルヴィンは少しも動じず、手元の書類を整えている。
「さて。何のことでしょう」
「とぼけないで!」
「おや。何かございましたか?」
「昨日のプレゼントよ!」
「ああ」
ようやく思い当たったらしい。アルヴィンが顔を上げる。
「お気に召しませんでしたか?」
「お気に召すわけないでしょう!」
即答すると、彼はほんの少しだけ目を細めた。
「そうですか」
「そうですか、じゃないわ!」
私は机に両手をついた。
「私、すごく楽しみにしてたのよ!」
「はい」
「包みを見たときなんて、何かしらってずっと考えて――」
そこまで言って、私は口をつぐんだ。まさか、あの包みを何度も持ち上げたり、下から眺めたりしていたことまで話す必要はない。
けれど、アルヴィンは何かを察したように、口元をわずかに緩めた。
「それはそれは」
「……笑わないで!」
「笑っておりませんよ」
「笑ってるわ!」
私が睨みつけると、アルヴィンはますます楽しそうに微笑んだ。
「昨日のお嬢様も大変お美しかったですが、こうして朝一番に私のところへ乗り込んでいらっしゃるお姿も、なかなか可愛らしいものですね」
「~~~~っ!」
怒っているのに。こんなときまで、どうしてこの人は平然としていられるのだろう。私は赤くなった頬を隠すように顔を背けた。
「……アルヴィンのばか」
しばらく黙っていたけれど、やがて私は小さく息を吐いた。
「……こんなのじゃ、足りないわ」
「はい?」
アルヴィンが聞き返す。私はちらりと彼を見た。
「誕生日のプレゼント。これだけじゃ足りない」
「なるほど」
「だから……」
そこで一度、言葉を止める。何か別のものをねだろうかと考えた。けれど、ふと頭に浮かんだのは、夏の終わりに開かれるお祭りだった。
「今度、お祭りがあるでしょう?」
「ああ……そういえば、もうそんな時期ですか」
アルヴィンの声に、私は少しだけ表情を緩めた。
そのお祭りには、幼い頃は毎年行っていた。屋台が並ぶ大通りを歩いて、色とりどりの菓子を買ってもらったり、露店を覗いたり、気になるものを見つけるたびにアルヴィンの袖を引っ張ったり。
けれど、社交界へのデビューが近づくにつれて、私の生活は急に忙しくなった。礼儀作法やダンス、歴史や語学。公爵令嬢として覚えなければならないことが増え、お祭りの日にも予定が入るようになった。
そうして気づけば、何年も行っていない。
「昔は毎年、一緒に行ってたでしょう?」
「そうでしたね」
「でも、ここ数年は行ってないもの」
私は少しだけ俯いた。もう十六歳だ。昔と同じように気軽に二人で出歩くことができるのかは分からない。それでも、久しぶりに行きたかった。
「今度のお祭り、連れて行って」
顔を上げる。アルヴィンがこちらを見ていた。ほんの一瞬、驚いたように目が見開かれた気がした。
私は返事を待った。
「……駄目?」
アルヴィンは少し困ったように微笑んだ。
「お嬢様の願いとあれば、断れませんね」
「本当?」
「はい」
「絶対?」
「予定を空けておきます」
「やった!」
私は思わず顔を綻ばせた。さっきまでの怒りなど、もうどこかへ消えていた。
アルヴィンはそんな私を見て、わずかに目を細めた。
「ただし、お祭りの日までに淑女としての心得を忘れないようにしてくださいね」
「……それ、今言う?」
途端に私の顔が曇る。
「プレゼントのこと、まだ怒ってるんだから」
「それは失礼いたしました」
そう言いながら、アルヴィンは少しも悪びれずに笑っている。
私はむっと頬を膨らませた。けれど、頭の中にはもう、久しぶりのお祭りの光景が浮かんでいた。
色とりどりの屋台。夜の街を照らす明かり。甘い菓子の匂い。
そして、その隣には――昔と同じようにアルヴィンがいる。
そう思うと、今度のお祭りが待ち遠しくて仕方がなかった。




