衣装合わせ
レスターとの再会は、思っていたよりも早く訪れた。母の手配で、王都でも名の知れた仕立て屋が公爵邸を訪れ、王宮での婚約披露会に向けた衣装合わせをすることになったのだ。
応接間には、色とりどりの生地見本が並べられ、壁際にはいくつものデザイン画が立てかけられている。仕立て屋の助手たちは布地や装飾品を次々と運び込み、その場で私たちの姿を見ながら描くための大きな紙まで用意していた。
「まあ……」
私とレスターを並べて見た仕立て屋は、感嘆したように息を漏らした。
「これはまた、たいへん素晴らしいお二人でございますね」
「そうですか?」
私は少し首を傾げる。
「ええ。お二人ともお若く、並ばれたときの雰囲気もよく合っていらっしゃいます。これは腕の見せどころでございます」
仕立て屋は楽しそうに笑うと、さっそく何枚かの生地を広げた。
「まずはフィオナ様のお色から決めてまいりましょう」
淡い青、銀白、薄紫、深い青、そしていくつかの緑。私の髪や瞳に合うようにと選ばれた色が、次々と目の前に並べられていく。
「こちらの淡い青はいかがでしょう。髪色にもよく馴染みます」
「綺麗だけれど……少し子供っぽく見えないかしら」
「では、こちらの銀白は?」
「それだと髪と同じような色になってしまうわね」
「こちらの深い青はいかがでしょう」
肩に布を当ててもらう。
「……うーん」
鏡を見る。悪くはない。でも、心惹かれる感じがない。
「お嬢様の瞳の色を取り入れるのもよろしいかと」
そう言われ、今度は紫がかった青の布が出てきた。
「これは?」
「綺麗ね」
思わず声が弾む。
「お嬢様の瞳の色に近いものです。少し落ち着いた色味にすれば、王宮での場にも相応しいかと」
肩に当てて鏡を見る。確かに似合っている気がする。
「でも……」
私は首を傾げた。
「せっかくなら、いつもとは少し違う色を着てみたいわ」
「でしたら、こちらはいかがでしょう」
仕立て屋が取り出したのは、深い緑の生地だった。落ち着いた色合いなのに、光が当たると柔らかな艶が浮かぶ。
「……緑?」
「はい。レスター様の瞳に近いお色です」
言われて、私は隣に立つレスターを見た。
「レスターの?」
「ああ」
レスターも鏡越しに自分の目と布を見比べる。
「確かに、似てるな」
「でしょう?」
仕立て屋が嬉しそうに頷いた。
「フィオナ様の髪色にもよく映えると思います。こちらのような深い色でしたら、華やかさを保ちながらも幼く見えることはございません。パートナーの瞳や髪の色を取り入れることは珍しいことではありませんよ」
私はもう一度、鏡を見る。淡い髪色との対比が思ったより綺麗だった。
「じゃあ、これにするわ」
「かしこまりました」
仕立て屋はすぐに助手へ指示を出した。
「深い緑を基調に。刺繍は銀糸を中心にいたしましょう。石は……」
そうして今度は、ドレスの形を決めていく。
「襟元はどうなさいますか?」
「少し首が詰まっているほうがいいわ」
「こちらの形ですと?」
「うん。でも、あまり重たい感じにはしたくないの」
「でしたら、胸元はすっきりさせて、袖に少しだけ透ける布を重ねるのはいかがでしょう」
「それがいいわ」
「袖は長めと短め、どちらがお好みですか?」
「長めがいいけれど、手元が隠れすぎるのは嫌」
「では、肘から下を細くして、手首のあたりだけ柔らかく広げましょう」
デザイン画に線が加えられていく。
「裾はこちらのように?」
「もう少し動いたときに広がるほうが好き」
「では、内側に薄い布を一枚重ねましょう。歩くたびにわずかに揺れるように」
「素敵」
私が頷くと、仕立て屋は満足そうに笑った。
「髪飾りも、お衣装に合わせてご用意いたします。銀細工に緑の石を少しだけ使いましょう」
「大きいものは嫌よ。髪が重くなるもの」
「承知いたしました」
私の希望を聞きながら、仕立て屋は細かな部分まで次々に決めていく。
ひと通り私の衣装が固まると、今度はレスターの番になった。
「では、レスター様はこちらを」
広げられたのは、夜のように深い濃紺の生地だった。
「フィオナ様の深い緑と並んだとき、互いの色を引き立てるかと」
「確かに綺麗だな」
レスターは布地を見下ろした。
「ただ、俺には服の違いがよくわからない」
「でしたら、こちらにお任せくださいませ」
「うん。そうする」
あまりにも迷いなく任せるので、私は思わず笑ってしまった。
「もう少し自分で考えたら?」
「フィオナのほうが詳しそうだし」
「私だって、そんなに詳しいわけじゃないわよ」
「でも、さっきからずっと楽しそうだろ」
「……楽しいもの」
そう言うと、レスターも笑った。
「では、形はこちらで整えます」
仕立て屋が濃紺の生地を肩に当てる。
「肩は少し広めに。背中の線を綺麗に出して、細身に仕上げましょう。襟元は高すぎないほうがよろしいですね」
「任せます」
「それから……」
仕立て屋が何かを思いついたように、別の布を取り出した。
「裏地はこちらなどはいかがでしょう」
広げられたのは、先ほど私に当てられた淡い紫を帯びた青の布だった。
「フィオナ様の瞳の色でございます」
レスターが布を見て、それから私を見る。
「いいんじゃない?」
「本当に?」
「うん。表は濃紺で落ち着いているし、脱いだときや動いたときにちらりと見えるくらいなら、綺麗だと思う」
仕立て屋も頷いた。
「まさにその通りでございます。お二人のお衣装が、互いの色を少しずつ取り入れる形になります」
「じゃあ、それにしよう」
「かしこまりました」
レスターの夜会服には、私の瞳の色をした裏地が使われることになった。
表は深い濃紺。内側には、私の瞳と同じ淡い色。そして私のドレスは、レスターの瞳と同じ深い緑。
そうして二人分の衣装のデザインがが仕上がる。並べてみると、不思議なくらい調和して見えた。
「まあ……」
仕立て屋が満足そうに息をつく。
「やはり、こちらで正解でございましたね王宮でお二人が並ばれましたら、さぞ映えることでしょう」
「そう?」
「ええ。まるで最初から一組のお衣装として仕立てたようでございます」
私は少しだけ照れくさくなって、隣のレスターを見た。レスターも並べられたデザイン画を見ていた。
「確かに、変じゃないな」
「変じゃないどころか、すごく綺麗よ」
「じゃあ、これで決まりだな」
「うん」
最後に仕立て屋がデザイン画に細かな修正を書き込んでいく。
「それでは、こちらで仕立てさせていただきます。フィオナ様は深い緑を基調に、銀糸の刺繍と控えめな髪飾り。レスター様は濃紺の夜会服に、フィオナ様の瞳の色の裏地を」
私は頷いた。
「お願いするわ」
「かしこまりました」
こうして、王宮での衣装が決まった。
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仕立て屋との打ち合わせを終え、レスターも帰っていった。
私は母に呼ばれて、その日のうちに決まった衣装のことを報告することになった。
「それでね、私のドレスは深い緑にしたの。レスターの目の色と同じなのよ」
「まあ」
母は嬉しそうに目を細めた。
「それからレスターの夜会服は濃紺にして、裏地を私の目の色にすることになったの」
「まあまあ」
ますます嬉しそうな顔になる。
「お互いの瞳の色を取り入れるなんて……まるで恋人同士のようね」
「……え?」
私は思わず瞬きをした。
「恋人?」
「ええ」
母は何でもないことのように頷いている。
「とても素敵じゃない。お互いを意識して色を選んだのでしょう?」
「え、違うわ!」
思わず声が大きくなった。
「そんなつもりじゃないもの!」
「あら、そうなの?」
「そうよ!」
私は慌てて首を振る。
「私のドレスは仕立て屋さんがレスターの目の色が似合うって言ったから、それで……レスターの服だって、私の目の色を使うと綺麗だって言われたから……」
そう、これは私たちのどちらかが希望したものではなく、どちらも仕立て屋が提案したものだった。私もレスターも、それを見て「綺麗だから」と決めただけだ。
「ほら。だから、恋人とかそういうのじゃないわ」
「ふふ」
母はまだ楽しそうに笑っている。
「でも、お互いの色を身につけるのは、とても可愛らしいと思うわよ」
「可愛らしいって……」
なんだか妙に恥ずかしくなって、私は視線を逸らした。
私はレスターのことを嫌いではない。むしろ一緒にいると楽しいし、子供の頃のことを覚えていてくれたのも嬉しかった。先日の遠乗りだって、とても楽しかった。でも、それと恋人というのは、全然違う。
母はくすくす笑った。
「そんなに慌てなくてもいいでしょう?」
「だって……」
私は言葉に詰まる。
「……本当に、そんなつもりじゃなかったのよ」
今度は小さな声で言う。
母はそんな私を見て、少しだけ目を細めた。
「ええ。わかっているわ」
「……本当に?」
「もちろん」
そう言いながらも、母の口元にはまだ笑みが残っていた。
私はなんとなく納得できない気持ちのまま、決まったばかりの衣装のことをもう一度思い浮かべた。




