食事
やがてアルヴィンは再び水車小屋の中へ戻っていった。私はさっきまでの会話を引きずったまま、なんとなく落ち着かない気持ちで残りのサンドイッチを眺めていた。 レスターは何事もなかったように食事を続けている。
「……もう」
小さく呟いて、私も食べようとした、そのときだった。水車小屋の扉が開いた。
今度はアルヴィンが工具箱を抱えて出てくる。作業を終えたらしい。先ほどまで捲っていたシャツの袖はそのままで、少しだけ髪が乱れていた。
「終わったの?」
「ええ。ひとまず動くようにはなりました。あとはしばらく様子を見てもらえば大丈夫でしょう」
そう言いながら、アルヴィンは持っていた工具箱を私たちの荷物から少し離れた場所へ置いた。それから木陰へ戻ってきて、私の前に残っている食事に目を向ける。
「……お嬢様?」
「なに?」
「まだ召し上がっていないのですか?」
「あ……」
言われて、私は自分の皿を見た。ほとんど減っていない。
「食べてるわよ」
「そうは見えませんが」
アルヴィンは困ったように笑うと、籠の中を覗き込んだ。
「ほら。このサンドイッチは、お嬢様のお好きなクリームチーズですよ」
そう言って、別のサンドイッチを私の前へ置く。
「こっちのほうが食べやすいでしょう。せっかく料理長が用意してくださったのですから、召し上がってください」
「……うん」
さっきまで自分でも気づかないうちに食事が止まっていたのに、アルヴィンに勧められると不思議なくらい素直に手が伸びた。クリームチーズのサンドイッチを一口かじる。
「美味しい」
「それはよかったです」
アルヴィンは満足そうに頷いた。それから私がもう一口食べるのを確認すると、今度は自分の食事を取り出した。
「では、私はあちらでいただきますので」
「……うん」
それが当たり前なのは、私もよくわかっている。貴族である私と、その従者であるアルヴィンが、同じシートに並んで食事をするなんて、本来なら避けるべきことだ。今日はたまたま屋敷の人間もいないけれど、だからといって私から「ここで食べればいいじゃない」と言うものでもない。
けれど、その横で話を聞いていたレスターが、ふとアルヴィンを見る。
「アルヴィン」
「はい?」
「ここで食べてはどうですか?」
思わずレスターを見る。
「え?」
アルヴィンも少し目を瞬いた。
「こちらで、ですか?」
「ええ。せっかく一緒に来たんですから」
レスターはシートの空いている場所を軽く手で示した。
「それに、フィオナのことも教えてください」
私は、しばらく何も言えなかった。こういうことを言われたのは、初めてだった。
これまで私は、父が選んだり、周囲から勧められたりして、何人もの婚約者候補と会ってきた。けれど、彼らはアルヴィンをほとんど見ない。いてもいないように扱うか、従者が近くにいることを煙たがるか、そのどちらかだ。アルヴィンの存在を気に留める人はいても、こうして同じ場所に座るよう勧めてくれる人なんていなかった。
私にとっては、アルヴィンがそばにいることは昔から当たり前だった。だからこそ、それを当たり前のものとして扱ってくれる人がいることが、こんなにも新鮮なのだと初めて気づいた。
「それに、フィオナのことも教えてください」
そう言って、レスターは何でもないことのように笑っている。
「昔のフィオナの話とか。僕は一度しか会っていないから、まだ知らないことが多いんだ」
「ちょっと、余計なことを教えないでよ」
「それはアルヴィン次第じゃない?」
「アルヴィン!」
振り向くと、アルヴィンは少し困ったような顔をしていた。
「……お嬢様のことを、どこまでお話ししてよいものか悩みますね」
「変なことは言わないでね」
「承知しております」
そう答えながら、アルヴィンはレスターを見る。ほんの少し考えたあと、手にしていた食事を持ったまま、私たちのシートの端へ腰を下ろした。
「では、お言葉に甘えて」
その姿を見て、私はなんとなく嬉しくなった。さっきまで一人で食べるつもりだったアルヴィンが、今は私たちの隣にいる。レスターは満足そうに笑い、私はクリームチーズのサンドイッチをもう一口かじった。
さっきまで妙に進まなかった食事が、今度は少しずつ減っていった。




