南の領地にて
馬車が領地の屋敷へ入ると、出迎えの使用人たちがすぐに駆け寄ってきた。
私は馬車から降りると、アルヴィンとともに玄関前へ向かい、出迎えてくれた者たちに挨拶をする。王都の屋敷とは違い、こちらは領地を管理するための拠点ということもあって、どこか素朴で落ち着いた空気があった。手入れの行き届いた庭の向こうには牧草地が広がり、その先にはなだらかな丘が続いている。遠くから馬のいななきが聞こえてきて、私はそれだけでもう気持ちが浮き立った。
「レスター様は、もうお着きになっていますか?」
私が尋ねると、出迎えてくれた使用人の一人がすぐに答えた。
「はい。先ほどお見えになりまして、現在は馬小屋へ向かわれております」
「馬小屋?」
「馬をご覧になるとのことでした」
「まあ」
私は思わず笑った。馬を好きと言っていたのは本当らしい。
「では、私も着替えてから向かいます」
「かしこまりました。お部屋へご案内いたします」
案内された部屋では、すでに私の乗馬用の服が用意されていた。今日は長時間馬に乗ることになるので、普段の散策用の服ではなく、動きやすい仕立てのものを選んでいる。メイドに手伝ってもらいながら着替え、髪も乗馬の邪魔にならないようまとめてもらった。
鏡の前で最後に身なりを整えると、いつものドレス姿とはずいぶん違って見える。
「お嬢様、よくお似合いです」
「ありがとう」
そう言われると、ますます気分がよくなった。
私は急いで部屋を出ると、アルヴィンと合流して馬小屋へ向かった。屋敷の裏手へ回ると、すぐに馬小屋が見えてくる。近づくにつれて、馬の蹄が床を打つ音や、飼葉を用意する音が聞こえてきた。その入口で、レスター様の姿を見つけた。馬番の男性と話をしているところだった。
「――この辺りは、最近どうです?」
「今年は草の伸びがいいですよ。馬たちもよく食べています」
「それは何よりですね」
レスター様は楽しそうに笑っている。初めて会ったときから思っていたけれど、この人はこういう場所にいると本当に生き生きしている。立派な貴族の令息というより、馬や土地の話をしているときのほうがずっと自然に見えた。
「あら、レスター様」
声をかけると、レスター様がこちらを振り返った。
「おや。フィオナ嬢。お着替えになったんですね」
「ええ。お待たせしました」
「いえ、私もつい馬を見ていたもので」
レスター様は笑ってから、私の後ろにいるアルヴィンへ視線を向けた。するとアルヴィンは、いつもの気安い調子ではなく、きちんと姿勢を正した。
「改めまして、ご挨拶を」
そう言って、丁寧に一礼する。
「屋敷でも何度かお会いしておりますが、こうしてきちんとご挨拶をするのは初めてですね。アルヴィン・グレイと申します。フィオナ様付きの執事を務めております。本日はお嬢様の護衛も兼ねて同行させていただきます」
「こちらこそ、改めまして。レスター・ヴァルターです」
レスター様も軽く頭を下げた。
「フィオナ嬢のことは、先日からお世話になっています。今日はよろしくお願いします、アルヴィン殿」
「こちらこそ、よろしくお願いいたします」
二人が挨拶を交わすのを、私は少し離れたところから眺めていた。アルヴィンはいつもの私とのやり取りからは想像できないくらい、きちんとした執事の顔をしている。
「では、馬を見ていただきましょうか」
レスター様が馬小屋の奥へ視線を向ける。そこには、今日私たちが乗る馬が三頭、並んでいた。
一頭は、雪のように白い馬。もう一頭は、艶のある栗毛。そしてその隣には、陽の光を受けてもほとんど色を変えない、黒い馬。三頭ともよく手入れされていて、毛並みがきれいだった。
「こちらが今日のお馬です」
馬番が説明してくれる。
「白毛がお嬢様、栗毛がレスター様、黒毛がアルヴィン様のお馬になります」
「まあ」
私は三頭を見比べて、それから自分に用意された白い馬の前まで歩いていった。近づくと、馬がゆっくりとこちらへ顔を向ける。鼻先へ手を差し出すと、ふん、と小さく息を吐いてから、私の手の匂いを嗅いだ。
「可愛い……」
思わず頬が緩む。
隣では、レスター様が栗毛の馬の首を撫でていた。アルヴィンは少し離れたところで黒い馬の様子を見ている。三頭を並べて眺めていると、ふと気づいた。
「ふふっ。髪の色と同じね」
「髪の色?」
レスター様が不思議そうに聞き返す。
「ほら。私は白い馬でしょう? レスター様は赤毛だから栗毛で、アルヴィンは焦茶の髪だから黒い馬」
「なるほど」
レスター様は面白そうに三頭を見比べた。
「確かに、ぴったりですね」
「でしょう?」
私が得意げに言うと、アルヴィンが黒い馬の首を撫でながら、こちらをちらりと見た。
「中身は似ていないといいですね、大変ですから」
「……!」
私は思わずアルヴィンを睨んだ。
「どういう意味よ?」
「そのままの意味ですが」
「私はじゃじゃ馬じゃないわ」
「そうでしたか?」
「そうよ!」
私がむっとして言い返すと、アルヴィンは黒い馬のたてがみを撫でながら、ほんの少し口元を緩めた。
「まあ、毛色だけだと思いますよ、似ているのは」
「アルヴィン!」
「失礼いたしました」
全然失礼だと思っていなさそうな声だった。
私がさらに睨みつけると、隣で聞いていたレスター様がとうとう堪えきれないように笑い出した。
「はははっ……!」
「レスター様まで!」
「いえ、申し訳ありません。あまりにも息が合っているので」
レスター様は笑いながら、私とアルヴィンを交互に見る。
「いやぁ、執事と仲が良いという噂は耳にしていましたが、本当ですね」
「……仲が良いというか」
私は少し考えてから、アルヴィンを見る。
「付き合いが長いのよ」
「ええ」
アルヴィンも平然と同意して、こう続けた。
「お嬢様は昔からこうですし」
「何が『こう』なのよ」
「私の口から説明するのは少々憚られますね」
「……もう!」
またレスター様が笑う。
私は白い馬の首を撫でながら、少しだけ頬を膨らませた。せっかく久しぶりの遠乗りなのに、乗る前からこんなことになるなんて。
けれど、隣から聞こえるレスター様の楽しそうな笑い声と、いつもと変わらないアルヴィンの声を聞いていると、なんだかそれさえも楽しく思えてきた。




