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乗馬の誘い

 散歩の途中、日差しを避けてガゼボに立ち寄ったときの事だった。この植え込みの向こうには馬小屋があるんですよ、と話すと、レスターはちょっと考えてからこう言った。


「フィオナ嬢は、馬には乗られるんですか?」


「ええ。好きですよ。子供の頃からよく乗っていました」


 そう答えてから、私はふと気づいた。そういえば、最近はほとんど乗っていない。社交界に出るようになってから、家庭教師との勉強や王都での予定が増えた。歴史や政治、領地経営に外国との交易。覚えることはいくらでもあって、気づけば一日の大半を机の前で過ごしている。以前なら、少し時間があれば馬を出していたのに。


「辺境伯領では、よく乗るんですか?」


「ええ。領地が広いですから。馬で移動することも多いですよ」


 そう言ってから、レスター様は柔らかい笑顔で私を見た。


「よろしければ、今度遠乗りでもしませんか?」


「遠乗り?」


「王都の近くにも、馬で走れる場所があります。街を歩くより、フィオナ嬢にはそちらのほうが楽しんでいただけそうです」


「……行きたいです」


 考えるより先に答えていた。そんな私を見てレスター様が笑う。


「即答ですね」


「だって、乗馬ですもの」


 そう言って胸を張る私を見て、レスター様は楽しそうに笑った。



********************



 レスター様が帰ったあと、その話を父にすると、領地で護衛をつけるなら良いという話になった。ちょうどその場にいたアルヴィンが、郊外の領地にある水車の修理をする予定が入っているからと同行を申し出た。


「水車の修理が必要と報告があって、来週あたり私が見に行くことになっております。水車のある南の領地は丘もなだらかですし、馬も気性の良いのが揃っていますから、久しぶりの遠乗りにはちょうど良いのではないでしょうか」


 アルヴィンがそう言うと、父は少し考えてから頷いた。


「それなら都合がいい。護衛も頼む。レスターと日取りを確認しておいてくれ」


「かしこまりました」



********************



 その日は朝から空には薄い雲が浮かんでいた。雲間から差す初夏の日差しは柔らかく、時折吹く風も涼しい。馬で外を走るには、ちょうどよさそうな天気だった。


 私は朝から少し浮き足立っていた。久しぶりの乗馬だと思うと、それだけで嬉しい。街歩きに誘われるより、ずっと私らしい休日の過ごし方だと思う。用意を整えて屋敷を出ると、私とアルヴィンは先に馬車へ乗り込んだ。レスター様とは郊外の領地で合流する予定になっている。


 馬車がゆっくりと動き出す。


 王都の街並みを抜けるにつれて、窓の外の景色が少しずつ変わっていった。石造りの建物が減り、代わりに畑や牧草地が広がっていく。初夏の緑をたっぷりとまとった木々が街道沿いに並び、開けた窓からは涼しい風が入り込んできた。


 向かいにはアルヴィンが座っている。


 今日は領地で仕事をする予定もあるため、いつもの執事服ではない。白いシャツに濃い色のベスト、細身の乗馬用のズボンにブーツ。軽い上着を羽織った姿は、執事というより男爵家の次男としてのほうがしっくりくる。私はなんとなく彼を眺めてから、足元に置かれたバスケットへ視線を落とした。


「それ、結構大きいわね」


「料理長が張り切ったようですよ」


 アルヴィンが苦笑する。


「三人分なのよね?」


「はい。レスター様がどの程度召し上がる方かわかりませんので、少し多めに用意したそうです」


 蓋を少し開けてみると、サンドイッチに小さな焼き菓子、果物、それから飲み物まで綺麗に詰められている。今日のお昼は、途中で馬を止めて食べることになっていた。せっかくの遠乗りなのだから、景色のいい場所で昼食にしようという話だ。


「美味しそうね」


「まだ朝食を召し上がったばかりでしょう」


「わかっているわ。見るだけよ」


 名残惜しく蓋を閉じる。


「お嬢様」


「何?」


「先ほどから、ずいぶん嬉しそうですね」


「だって、久しぶりなんだもの」


 私は窓の外へ目を向けた。


「最近は座学ばかりでしょう? 毎日、先生のところへ行って、机に座って……」


「大切な勉強ですからね」


「わかっているわ」


 私は少し頬を膨らませる。


「でも、ずっと座っているより、馬に乗っているほうが好きなの」


「それも存じております」


 アルヴィンは穏やかに笑った。


「以前は、時間があれば馬場へ行っていらっしゃいましたから」


「そうでしょう?」


 昔のことを思い出すと、ますます楽しみになってくる。馬の蹄が地面を打つ音。風で髪が揺れる感覚。広い場所を、自分の好きな速さで駆けていく気持ちよさ。今日はそれを久しぶりに味わえる。


 しかも、レスター様は乗馬に慣れているという。きっと一緒に走れば楽しいだろう。私は窓の外へ顔を向けたまま、自然と笑っていた。


「……楽しみですね」


 アルヴィンの声がした。


「ええ」


 私は振り返る。


「とても楽しみ」


 馬車は街道を進み続け、やがて王都から離れた郊外の景色へ入っていった。遠くに、今日の待ち合わせ場所になっている領地の建物が見えてくる。


 久しぶりの遠乗り。


 今日はきっと、楽しい一日になる。


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