中庭にて
「では、せっかくだ。二人で少し散歩でもしてきなさい」
父がそう言ったのは、レスターとの顔合わせも一通り終わった頃だった。
「え?」
思わず父を見る。
「親睦を深めるのに、屋敷の中で向かい合って座っているだけでは仕方がないだろう」
「でも……」
「庭なら危険もない。レスターも王都には慣れていないだろうし、街に出ても疲れるだろう」
私が返事をするより先に、母まで「そうね」と頷いてしまう。
「ちょうどお天気もいいもの。行ってらっしゃい」
こうして私は、ほとんど追い出されるようにして、レスターと二人で庭へ出ることになった。
屋敷の庭は、初夏の日差しを受けて明るく輝いていた。冬の間はすっかり寂しかった木々も、今では濃い緑の葉をたっぷりと茂らせている。花壇には色とりどりの花が咲き、噴水の水が陽光を弾いてきらきらと揺れていた。風が吹くたび、どこからか甘い花の香りが流れてくる。
――綺麗。
そう思えたのは最初だけだった。今日は、思っていたより暑い。日差しがじりじりと肌に当たる。薄手の散策用ドレスを選んできたけれど、それでも暑いものは暑い。隣を歩くレスターは、さすが辺境伯領育ちとでもいうべきなのか、そんなことなど気にしていないようだった。
そのときだった。
「……少しお待ちください」
レスターが足を止めた。
「どうなさいました?」
「いえ、たいしたことでは」
少し離れたところに控えていたメイドへ声をかける。
「日傘をお願いできますか」
「かしこまりました」
メイドはすぐに屋敷へ戻り、ほどなくして淡い色の日傘を持って戻ってきた。それを受け取ったレスターは、私のほうへ差し出す。
「どうぞ」
「……ありがとうございます」
私は素直に日傘の下へ入った。すると、さっきまで容赦なく照りつけていた日差しが遮られ、ずいぶんと楽になった。
「……涼しい」
「それはよかったです」
レスターは何でもないことのように言った。
私はちらりと彼を見る。背が高いので、日傘を持つ手もずいぶん高い。私に合わせて傘を少し傾けながら歩いている。
こんなことができる人だったのね。正直に言えば、もっとこう、辺境の山を駆け回って育った野生児のような人を想像していた。実際、体格も立派だし、赤い髪も日に焼けた肌も、いかにも豪快そうだ。それなのに、ちゃんと暑そうにしている私に気がついて、わざわざメイドを呼んで日傘まで用意してくれるなんて。……意外。かなり意外だ。
私がそんなことを考えていると、隣から視線を感じた。
顔を向ける。レスターがこちらを見ていた。
「……どうかなさいました?」
「いえ」
口元が、にやりと上がる。
「なんでも顔に出ますね、フィオナ嬢」
「えっ」
思わず頬を押さえた。
「出ていましたか?」
「ええ」
「何がです?」
「それは秘密です」
「気になります」
「ふふ」
レスターは楽しそうに笑った。私はむっとして彼を見上げる。
「レスター様は、昔からそうだったのですか?」
「何がです?」
「人の顔を見て、勝手に楽しそうになさるところです」
「どうでしょう。昔のことはあまり覚えていませんから」
「……そうですよね」
私だって、六歳の頃のことなんて、覚えているのは断片的なことばかりだ。それでも、こうして隣を歩いていると、不思議と妙な懐かしさがあった。
日傘の下で、少しだけ涼しくなった風を感じながら、私はもう一度レスターを見上げる。燃えるような赤い髪。日に焼けた肌。鮮やかな緑の瞳。昔、裏山を走っていた男の子と、今ここにいる青年が同じ人間なのだと思うと、なんだか少しおかしかった。
そしてたぶん。六歳の「子うさぎ」のことは、これから先どんなに私が令嬢らしくしたところで忘れてはくれないのだろう。
「……レスター様」
「はい?」
「私、もう子うさぎではありませんからね」
「そうですか?」
「そうです」
「では、今は何でしょう」
私は少し考えた。
「……立派な淑女、でしょうか」
「なるほど」
レスターは神妙な顔で頷いた。それから、私を見下ろして。
「淑女というものがこんなに素直に感情を出すとは知りませんでした」
「もう!」
私は日傘の柄を握りしめたまま、思わず声を上げた。
レスターの笑い声が、初夏の庭に響いた。




