ささやかなお祝い
運ばれてきた小さなホールケーキを見て、私は思わず身を乗り出した。
白いクリームで丁寧に覆われたケーキの上には、小さな果物と砂糖菓子が飾られている。華やかな祝宴の最後に出てくるような大きなものではなく、二人で食べるにはちょうどいい、控えめな大きさだった。それでも、今日という日のために用意されたものだと思うと、それだけで胸が弾む。中央では細い魔法灯が一本だけ、ろうそくのように柔らかな光を灯していた。その光が白いクリームに淡く反射して、ケーキ全体が雪の中に咲いた小さな花のように見える。
「可愛い……」
思わず呟くと、向かいに座っていたアルヴィンが小さく笑った。
「そんなに嬉しそうにしていただけると、料理長も喜ぶでしょうね」
「だって、可愛いんだもの」
私はケーキを眺めたまま答えて、それからアルヴィンを見る。
「それに、アルヴィンのお誕生日をお祝いするためのケーキでしょう?」
「ええ。そのはずなのですが」
アルヴィンはわざとらしく一拍置いた。
「どうやら、お嬢様のほうがお喜びのようですね」
「……いいじゃない」
私は少しだけ頬を膨らませた。
「あなたの誕生日をお祝いできるんだもの。嬉しいわ」
「そうですか」
アルヴィンは笑った。
「それなら、主役としては何よりです」
その言い方が少しだけ可笑しくて、私も笑ってしまった。
そうして二人でケーキを分け合った。甘いクリームと果物を口に運びながら、私は何度も向かいの席へ目を向けた。そこにアルヴィンがいることが、何度見ても嬉しかった。両親が帰ってこられなくなったのは残念なことだけれど、そのおかげで、私は初めてアルヴィンの誕生日を最初から最後まで一緒に過ごしている。そう思うと、ケーキを食べ終えてしまうのが少し惜しかった。
けれど、食べればなくなってしまうのは当たり前のことだった。やがて、二人の皿からケーキがなくなった。私は名残惜しくフォークを置き、最後に残ったクリームまで眺めていた。
そのときだった。
「さて」
向かいから声がして、アルヴィンが席を立った。
「少しだけお待ちください」
「……え?」
私は思わず顔を上げた。
「どこへ行くの?」
「すぐ戻りますから」
アルヴィンはそれだけ言うと、配膳室の扉からさっさと食堂を出ていってしまう。私はしばらく、その後ろ姿を呆然と見送った。
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時間にすればほんの二、三分だろうか。その間にメイドがすっかり机の上を片付けてしまい、手持ち無沙汰の私が膝の上のナプキンの恥を降り始めたころ、ガチャリと扉が開いた。アルヴィンが小さな鍋とカップ、水差しをトレイに乗せて戻ってくる。
「……何を作るの?」
思わず尋ねると、アルヴィンは少しだけ笑った。
「お嬢様がよくご存じのものですよ」
そう言って、アルヴィンは私の前にトレイを置いた。覗き込んでみると、鍋の中には、すでにココアと砂糖が入っている。水差しの中は温めた牛乳だ。
「あ……」
私はすぐに気づいた。
「ホットチョコレート?」
「はい」
私はホットチョコレートが昔から好きだった。正確に言えば、アルヴィンが作ってくれるものが好きなのだ。普通に鍋を火にかけて作るだけなら、料理人だって上手に作れるだろう。けれど、アルヴィンが作ると少し違う。彼は火の魔法を、まるで指先で糸を操るように細かく調整する。
アルヴィンはトレイから鍋を持ち上げると、水差しからほんの少しのミルクを垂らし、それから鍋底にそっと触れた。するとそこからパチパチと音がして、小さな赤い炎が灯った。鍋の底に生まれた小さな炎が、強くなったり弱くなったりする。その変化は目を凝らさなければ気づかないほどわずかなものなのに、鍋の中の温度は確実に変わっていく。焦げつかないぎりぎりのところまで温めながら、アルヴィンは木べらをゆっくりと動かし、ココアを練り上げていく。
昔、私がどうしてそんなことができるのか尋ねたことがある。そのときアルヴィンは、「慣れですよ」と簡単に答えていた。けれど私は知っている。魔法は、ただ強く使えばいいものではない。特に火の魔法は、ほんの少し加減を間違えただけでも温度が大きく変わる。アルヴィンはその細かな調整が得意だった。戦闘や仕事で使うときだけでなく、こんなふうに料理に使うときでさえ、その器用さは変わらない。
やがて鍋の中身が、とろりとなめらかな状態になった。アルヴィンは水差しに残っていたミルクを鍋に注ぎ込む。ふわりと温かく甘い香りが部屋を満たした。うっとりする私を見てちょっと笑いながら、アルヴィンはゆっくり時ベラを動かし続ける。やがて全体が温まると火を消し、ゆっくりとカップへ注いだ。
立ち上る甘い香りに、私は思わず顔をほころばせた。
「どうぞ」
差し出されたカップを、私は両手で受け取った。手のひらに伝わる温かさが心地いい。
「お嬢様はこちらがお好きでしたよね。お祝いをいただいたので、お礼です」
「ふふ。ありがとう」
私はカップを覗き込みながら笑った。
アルヴィンが、私が好きなものを覚えていてくれたのだ。誕生日を祝ってもらったお礼にと、こうして自分で作ってくれた。それだけのことなのに、胸の奥がじんわりと温かくなる。
「せっかくだから、暖炉のところで飲みましょう」
私がそう言うと、アルヴィンは一度だけ暖炉へ目を向け、それから頷いた。食事の終わったテーブルを離れ、私たちは暖炉の前に置かれたソファへ移った。私は暖炉の正面に腰を下ろし、アルヴィンはその隣にある短い辺へ腰掛けた。ほんの少し身体を横へ向ければ、互いの顔が見える。
暖炉では薪が小さく爆ぜ、橙色の炎が静かに揺れている。窓の外では、雪が降り続いていた。白い雪片が夜の闇を横切り、窓硝子に映った暖炉の明かりの向こうへ、ひとつ、またひとつと落ちていく。
屋敷はしんと静まり返っていた。
遠くの廊下を誰かが歩く気配もない。使用人たちもそれぞれの持ち場へ戻ったのだろう。聞こえてくるのは、薪の爆ぜる小さな音と、時折風が窓を撫でていく音くらいだった。まるで、この広い屋敷の中には私たちしかいないようだった。私はソファの背にもたれ、ふう、と小さく息を吐いた。隣の辺に座ったアルヴィンも、同じように肩の力を抜いたのが見えた。
「……なんだか、落ち着きますね」
「ええ」
私はカップを両手で包んだまま、窓の外を眺めた。さっきまで賑やかだった食卓が嘘のようだった。こうして暖炉の前で、雪の降る夜を眺めながら、アルヴィンと二人で温かい飲み物を飲んでいる。それだけのことなのに、不思議なくらい心が静かになる。
私は隣へ視線を向けた。アルヴィンは暖炉の炎を眺めていた。揺れる明かりが横顔を照らし、いつもの執事服とは少し違う姿が、なんだか新鮮に見える。
今日が彼の誕生日だということも。今ここに彼と二人でいるということも。全部が、いつもの夜とは少し違っていた。
私はもう一度、温かなカップに口をつけた。甘い香りが鼻先をくすぐる。窓の外では、雪が静かに降り続いている。その静けさの中で、私は小さく息を吐いた。
隣にいるアルヴィンも、ほとんど同じタイミングで、ふっと息を吐いた。私の心臓の音が彼に聞こえてしまうのではないかと思うくらい、静かな夜だった。




