良い思いつき
アルヴィンが帰らないと決めた翌日。私は朝食を終えると、いつもなら自室へ戻るところを、そのまま厨房へ向かった。
「お嬢様?」
料理長が目を丸くする。公爵家の令嬢が厨房へ顔を出すことなど、そう頻繁にあることではない。私自身は幼い頃から厨房へ遊びに来ることもあったが、今では社交や勉強に追われ、以前ほど気軽には足を運ばなくなっていたから尚更だ。
「ちょっと相談があるの」
「相談、でございますか?」
「ええ」
私は周囲を見回した。料理人たちが忙しそうに動き回っている。ならば、と料理長へ手招きをする。
「内緒の話よ」
料理長が少し警戒したような顔をした。
「今年の冬の祝祭なんだけど、両親が帰ってこられないでしょう?」
「はい……そのように伺っております」
「だから、祝祭のお祝いはお父様とお母様が戻ってからすることにしましょう」
「……はあ」
「その代わり、祝祭の日はアルヴィンの誕生日のお祝いをするの」
「…………」
料理長が固まった。
「アルヴィン様の?」
「そう」
「しかし、お嬢様……」
「何?」
「旦那様に怒られます」
「どうして?」
「どうして、と申されましても……」
料理長は困り果てた顔をした。
「冬の祝祭は、ご家族で過ごされる大切な行事でございます。それを、旦那様と奥様がお戻りにならないからといって、アルヴィン様のお誕生日会に変更したなどと知られましたら……」
「だから、お父様には言わないの」
「…………」
「あなたたちが口を滑らせなければ、バレないじゃない」
あまりにも堂々と言い切ったせいか、料理長は額を押さえた。
「お嬢様……」
「ね?」
「……ね、と言われましても」
「アルヴィン、今年は家に帰らずに私と祝祭を過ごしてくれるのよ」
私はそこで少しだけ声を落とした。
「だったら、せっかくだもの。ちゃんとお祝いしてあげたいじゃない」
料理長は黙った。私がアルヴィンの誕生日を毎年欠かさず祝っていることは、屋敷に長く勤める者なら誰でも皆知っている。幼い頃には両親に頼んで贈り物を用意し、十五歳になってからは自分で選んでいることも知っている。去年などは、随分と悩んだ末に万年筆を選んだが、確かその時は料理長にも「男性が喜ぶプレゼントは」と相談をした記憶がある。だからこそ、料理長も強く反対しにくいのだろう。
「……お料理については、多少なら」
「本当?」
「ですが、大掛かりなものは困ります。旦那様がお戻りになった際に、何か不自然なものが残っていれば……」
「大丈夫よ。ちょっと豪華な夕飯にしたことにしましょう。おかしいとは思われないわ」
「お嬢様がそうおっしゃると、余計に不安なのですが……」
「料理長」
「はい」
「お願い」
私はにっこりと笑った。料理長はしばらく黙っていたが、とうとう深々と息を吐いた。
「……かしこまりました」
「やった!」
「ただし、本当に旦那様には内密にお願いいたします」
「もちろんよ」
「そしてアルヴィン様にも」
「それも当然でしょう?」
私は満足そうに頷いた。
次に向かったのは執事長のところだった。こちらは料理長よりもさらに手強い。何しろ屋敷の規律を守ることを何より重んじる人物である。案の定、私の説明を聞いた執事長は眉間に深い皺を刻んだ。
「お嬢様。お話は伺いましたが……」
「だめ?」
「だめ、とは申し上げておりません」
「じゃあいいのね?」
「しかし、旦那様に怒られます」
「料理長にも同じことを言われたわ」
「それは当然かと存じます」
「でも、お父様は帰ってこられないのよ?」
「はい」
「だったら、今年だけよ」
「……今年だけ、でございますか」
「ええ。お父様とお母様が帰ってきてから、ちゃんと家族で祝祭のお祝いをするの。だから祝祭そのものをなくすわけじゃないわ」
私は指を一本立てた。
「ただ、アルヴィンの誕生日を先にお祝いするの」
「先に、と申されましても……」
「だって誕生日はその日なんだもの」
「…………」
「それに、あなたが口を滑らせなければバレないじゃない」
「お嬢様……」
「ね?」
執事長は長い沈黙のあと、観念したように肩を落とした。
「……承知いたしました」
「ありがとう!」
「ただし、私は何も知らなかったことにいたします」
「それでいいわ」
「そして、お嬢様もくれぐれも口外なさらぬよう」
「分かってる」
最後に向かったのはメイド長だった。こちらは事情を聞いた途端、両手を合わせて目を輝かせた。
「まあ……素敵ではありませんか」
「でしょう?」
「アルヴィン様には内緒なのですね?」
「もちろん」
「それなら、飾りつけも少しだけなら工夫できますね」
「お願い!」
話が早い。私はウキウキと目を輝かせた。ただし、メイド長からも最後にはきっちり念を押された。
「ですが、お嬢様。旦那様に知られましたら、私どもも叱られますので……」
「だから、あなたたちが黙っていればいいのよ」
「お嬢様は本当にお強くなられましたね……」
「何よ、それ」
私は少しむっとしたものの、すぐに笑った。
こうして、極秘の計画が始まった。料理長には当日の料理を。執事長には使用人たちへの口止めを。メイド長には、食堂の飾りつけを。そして私は、自分が用意したアルヴィンへの誕生日プレゼントを誰にも見つからないよう、自室の奥へそっと隠した。
すべて、アルヴィンには秘密だ。廊下ですれ違っても、私はいつも通りに振る舞った。
「アルヴィン」
「はい、お嬢様」
「好き」
「はいはい」
「……ねえ、今年の祝祭、楽しみね」
「そうですね」
アルヴィンは何の疑いもなく答えた。
「旦那様と奥様がお戻りになれないのは残念ですが、せっかくですから楽しく過ごしましょう」
「ええ」
私はにっこり笑った。
その笑顔の裏で、秘密の計画が着々と進んでいることなど、アルヴィンは知る由もない。
――あと一日。明日はアルヴィンの誕生日。
そして私は、その日を誰よりも楽しみにしていた。




