冬の楽しみ
冬の祝祭まで、あと三日。私は朝から落ち着かなかった。
廊下を歩けば窓の外を眺め、食事をしながらも今年の祝祭の料理について考え、授業中にはこっそりとアルヴィンの誕生日に思いを巡らせている。
すでに贈り物は用意してある。何日も前から選んで、店の者にも相談して、これならきっと喜んでくれるだろうと思えるものを見つけた。あとはいつ渡すか、それが問題だ。この家では執事のアルヴィンは、男爵家次男の肩書も持っている。祝祭の日の朝には屋敷を出て、実家で家族の時間を過ごすのが常だ。プレゼントはできれば当日に渡したいし、今までもそうしていたけれど、最近雪が多いので出発を早めるかもと耳にした。
ちょうど、そんなことを考えていた時だった。
「お嬢様」
昼前、アルヴィンが部屋へ入ってきた。いつもと変わらない落ち着いた様子だったが、その手には普段あまり見ることのない、小さな銀色の器具が載せられていた。
「……電報?」
私は椅子から立ち上がった。
魔力を利用して遠方へ短い文を送ることのできる魔法電報は、まだそれほど普及はしていないものの、貴族家ではそれほど珍しいものではない。手紙よりもずっと早く届くため、急ぎの連絡などに使われている。アルヴィンは器具に手を添え、魔力を注ぐと、淡く光る文字が浮かび上がった。
「旦那様と奥様からです」
「お父様とお母様?」
私はすぐにその隣へ駆け寄った。浮かび上がっていたのは、短い文章だった。
――本日の帰宅が困難となった。積雪および山道での倒木により、現在足止めされている。安全を優先し、領地に留まる。
「…………え?」
私は文字を見つめた。
「帰って、こられないの?」
「そのようです」
「祝祭まで、あと三日よ?」
「はい」
アルヴィンは恭しく頷いた。
両親は年末の挨拶のため、順に領地を訪れているところだった。毎年この時期になると、領地の管理や年末の挨拶を兼ねて訪問することがあり、その帰りに屋敷へ戻ってくるというのがお決まりの流れなのだ。
今年は、例年よりも早く雪が降った。その影響で、戻るのが例年よりも遅くなりそうだという話は聞いていた。
「怪我は?」
「お二人ともご無事とのことです」
「そう……」
それを聞いて、ようやく私は胸を撫で下ろした。帰ってこられない。その事実には驚いたけれど、何よりも両親が無事ならそれでいい。
「別途いただいている業務連絡によれば、雪が降り止まないため視界が確保できず、復旧作業が難航しているとのこと。予報によれば、雪はあと三日は降り止まないそうです。一番近い領地まで戻ってきているようなので、復旧さえすれば半日ほどでお戻りになるかと」
「じゃあ、祝祭は……」
言葉が途中で止まった。
冬の祝祭は、本来なら家族で過ごすものだ。この一年を無事に過ごせたことを祝い、家族で食卓を囲み、贈り物を交換する。そして年の瀬の短い期間をのんびりと過ごすのだ。アルヴィンの誕生日ということを差し引いても、私にとって、毎年楽しみにしているとても大切な日だった。
「……お父様たちが帰ってこられないなら、私、家族とは過ごせないのね」
思わずそう呟くと、アルヴィンは少し考えてから答えた。
「祝祭そのものを取りやめる必要はないでしょう。ただ、本来の形とは少し変わるかもしれませんね」
「……そうよね」
私は窓の外を見た。
朝から降り続いていた雪は、いつの間にか庭を白く覆っている。いつもなら祝祭の準備で屋敷中が賑やかになっている頃なのに、外の景色だけは妙に静かだった。その日の午後には、さらに雪が降った。馬車を出すことはもちろん、山道を通って両親を迎えに行くことも難しい。屋敷の者たちも、安全が確保されるまでは無理に動くべきではないと判断していた。
そして夕方。私は暖炉の前で、両親宛の贈り物を包んだ箱を眺めていた。家族がいない祝祭。考えたこともなかった。
「……寂しいわね」
「そうですね」
すぐそばでアルヴィンが答えた。
「アルヴィンは?」
「はい?」
「今年、実家に帰るんでしょう?」
「はい、予定では」
「……そっか」
私は箱を見つめたまま答えた。
分かっていたことなのに、胸の奥が少しだけ沈んだ。かといって、彼を引き止めたいわけではなかった。祝祭は家族と過ごす日。アルヴィンは普段は家族と離れ、この屋敷に住み込みで働いてくれているのだから、この機会を私のためになくして欲しいとはとても思えなかったのだ。
アルヴィンはそんな私の顔をしばらく見ていたが、やがて静かに口を開いた。
「ですが、今年は帰らないことにします」
「え?」
私は顔を上げる。アルヴィンは、今言ったことなどなんでもないと言いたげに涼しい顔をしてそこに立っている。
「どうして?」
「旦那様と奥様がお戻りになれないのでしょう。お嬢様お一人で祝祭を過ごすことになりますから」
「でも、使用人のみんながいるわ」
「それでもです」
アルヴィンはいつもの調子でそう言った。
「それに、この雪では帰るのも少々面倒ですから」
「……それ、本当の理由?」
「半分くらいは」
「半分なの?」
「残り半分は、お嬢様を一人にしておくのが心配だからです」
あまりにもさらりと言われて、私は一瞬、言葉を失った。
「……アルヴィン」
「はい」
「好き」
「はいはい」
「今の、絶対ちゃんと答えてないでしょう」
「何のことでしょう」
いつものやり取り。いつもの声。なのに今日は、私だけが少し声が震えてしまったことを、アルヴィンに気付かれていないことを願わずにはいられなかった。




