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第19話 アポトーシス――全体を守るための終わり

第19話 アポトーシス――全体を守るための終わり


クロエが販売した美容薬「白雪の雫」による被害者は、最終的に百二十七人へ達した。皮膚へ褐色の斑点が残った者が八十九人、眉や髪が抜けた者が三十一人、指先の感覚が鈍くなり、細かな仕事ができなくなった者も七人いた。被害者の中には貴族女性だけでなく、主人から分けてもらった侍女や、試供品を使った商会の女性店員も含まれていた。


裁判の朝、王立裁判所の廊下には、傍聴を希望する者が長い列を作っていた。帽子で髪を隠した女性、頬の斑点へ厚く白粉を塗った女性、杖をついた年配の女性もいる。雨にぬれた外套と香油、薬草を煮た軟膏の匂いが狭い廊下にこもり、開廷を待つ間にも、何人かは持参した乾パンを少しずつかじっていた。


エルザは白い立ち襟のシャツに濃紺の礼装を重ね、証人控室で温かい麦茶を飲んでいた。返還される予定の冬至梅のブローチは、まだ裁判所の証拠保管庫にある。胸元には何もつけず、髪も銀色の留め具一本でまとめていた。


ノアは向かいの椅子に座り、昼食用に持たされた卵と胡瓜のサンドイッチを朝から食べていた。食堂を出る際、オットーから昼まで開けるなと念を押された包みである。すでに半分を食べ終えたところでエルザと目が合い、彼は残りを紙へ包み直した。


「昼食ではなかったのですか」


「裁判が長引いた時に備え、味を確認しました」


「半分も?」


「毒見には、十分な量が必要です」


「ただの茹で卵です」


「卵も傷めば危険です」


エルザが麦茶のカップを置くと、係官が入室し、開廷を告げた。ノアはサンドイッチの包みを上着の内側へ隠し、立ち上がった。卵の匂いが礼装へ移っていたが、本人は気づいていなかった。


被告席のクロエは、薄い灰色のワンピースを着ていた。差し押さえを免れた唯一の服で、襟元には何度洗っても落ちなかった化粧品の染みがある。長い髪は自分で結んだのか左右の高さが違い、耳の後ろから短い毛が何本も飛び出していた。


隣には共同被告であるバルドが座っていた。金糸の上着を好んでいた彼も、今日は地味な茶色の礼装を着ている。商会は営業停止となり、商品の回収費用と治療費の仮払いによって、店舗三軒をすでに手放していた。


裁判官が入廷すると、クロエは椅子から立ち上がった。すぐに額へ手を当て、ふらついたように机へ寄りかかる。係官が椅子を引こうとしたが、裁判官は診療官へ視線を向けた。


「被告の体調を確認してください」


診療官はクロエの脈を取り、瞳孔と顔色を確かめた。クロエは浅い呼吸を繰り返し、胸元を押さえている。診療官は携帯していた小瓶の匂いを嗅がせたあと、落ち着いた声で告げた。


「脈拍、呼吸、意識状態に異常はありません。着席して審理を受けられます」


「胸が苦しいのです」


「衣服の紐を少し緩めれば十分です」


「私は昔から病弱なのです。長時間の裁判には耐えられません」


「一時間ごとに休憩を設けます。それ以上の配慮が必要であることを示す診断書は提出されていません」


クロエは唇を噛み、ゆっくり椅子へ座った。傍聴席から低いざわめきが起こったが、裁判官が木槌を鳴らすと静かになった。机の上には水と薄い砂糖菓子が用意されており、クロエは菓子を一つ口へ入れた。


最初に、白雪の雫を製造したバルド商会の責任が審理された。バルドは安全性の検査を十分に行わないまま販売を始め、苦情が届いたあとも十一日間、販売を続けていた。帳簿には、商品回収を避けるため、褐色の斑点を「好転の兆し」と説明する広告を追加した記録まで残っていた。


「私はクロエの魔力を信じたのです」


バルドは額の汗を布巾で拭いた。


「彼女は病弱な女性を癒やす力だと説明しました。公爵家に連なる方が、まさか盗んだ魔力を使っているとは思いませんでした」


「安全性を確認する責任は、販売者にもあります」


「最初の使用試験では問題が出なかったのです」


「何日間の試験を行いましたか」


「三日間です」


「被害の多くは、四週間以上継続して使用した方に出ています。長期使用の商品を三日だけ試し、安全だと判断したのですか」


バルドは口を閉じた。机の端に置かれた水へ手を伸ばしたが、指が震え、カップの水を袖へこぼした。係官が布を差し出すと、彼は礼も言わずに受け取った。


次に、クロエが魔力を提供した経緯が確認された。冬至梅のブローチを水へ浸した回数、最初の配合より濃度を三倍に増やしたこと、顧客から異変の報告があっても製造を止めなかったことが、職人たちの証言によって明らかになった。クロエは質問されるたび、バルドに命じられた、職人が勝手に量を変えた、自分は詳しいことを知らなかったと答えた。


「あなたは売上の七割を受け取っていましたね」


「魔力を提供した報酬です」


「安全性について、共同責任を負う契約にも署名しています」


「難しい契約書を読ませるほうが悪いのです」


「読み上げを希望しましたか」


「そんなことを言えば、バルドに嫌われると思いました」


「製造を止めるよう求めたことはありますか」


「ありません。でも、私は大商人に逆らえる立場ではありませんでした」


「売上が増えた際、魔力の濃度をさらに上げるよう求めたのは、あなたですね」


クロエは答えず、灰色のワンピースの裾を握った。傍聴席には、かつて彼女に仕えていたニナも座っていた。故郷へ戻る前に監査院へ証言を申し出て、製造量を増やすようクロエが命じた会話を詳しく記録していたのである。


午前の審理が終わると、法廷の裏庭で休憩が取られた。被害者たちは木陰の長椅子へ座り、持参した食事を広げた。布に包んだ塩むすびに似た麦飯、干し肉、酢漬けの玉ねぎなど、食べ物の匂いに誘われて雀が石畳へ集まってきた。


ノアは朝に残したサンドイッチを取り出した。胡瓜から出た水分でパンは柔らかくなり、卵の黄身が包み紙へ張りついている。彼が黄身を指ですくって食べると、近くにいた被害者の女性が小さく笑った。


その女性は刺繍職人のアーニャといい、白雪の雫を使ってから指先の感覚が鈍くなっていた。今日は茶色い毛織物のドレスを着て、両手には薄い手袋をつけている。以前なら一日に何十枚もの花模様を刺せたが、今は針を持つと指から滑り落ちた。


「行儀の悪い食べ方をして、申し訳ありません」


「いいえ。夫も卵がつくと、同じことをします」


アーニャは膝の籠から、林檎を一つ取り出した。皮を剥こうとしたが、小刀を持つ指へ力が入らない。エルザが代わりに皮を剥き、食べやすい大きさへ切った。


「ありがとうございます。娘には、もうお母さんの林檎は兎の形ではないと言われました」


「治療には時間がかかるそうですね」


「感覚が戻るかは分からないと言われました。貴族の奥様方みたいにきれいになれたら、夫も喜ぶかと思っただけなんですけどね」


アーニャは林檎を一切れ食べ、残りを布へ包んだ。甘い果汁が手袋へこぼれたが、本人は気づかなかった。隣に座る娘が布巾を取り、母親の指を一本ずつ拭いた。


午後の審理では、クロエが長年にわたって病弱な女性を装っていた疑いが取り上げられた。公爵家の支出記録には、彼女の診察代、薬代、療養のための別邸改修費が毎月計上されている。しかし提出された診療記録には、重い持病を示す診断が一つもなかった。


最初に証言台へ立ったのは、公爵家へ二十年通っていた老医師だった。彼はくたびれた黒い上着を着て、胸ポケットへ老眼鏡と干からびた薄荷の葉を入れていた。長時間話すと喉が渇くため、昔から薄荷の葉を噛む癖があるという。


「クロエさんを診察したことはありますか」


「何度もございます。腹部の不快感、頭痛、疲れやすさ、眠れないといった訴えでした」


「重い持病は?」


「見つかりませんでした。食事を抜いた日には腹痛があり、夜会の翌日には疲れが出る。一般的な体調不良の範囲です」


「倒れたこともあったそうですね」


「診察した限り、意識を失ってはいません。目を閉じ、呼びかけへ答えなかっただけです。足元に落ちた菓子を踏まないよう、倒れる前に横へ避けたこともありました」


傍聴席の一部から笑い声が漏れた。裁判官が静粛にするよう命じると、クロエは顔を赤くして立ち上がった。灰色のスカートが椅子へ引っかかり、机の砂糖菓子が一つ床へ転がった。


「私は本当に苦しかったのです! 病気が見つからないからといって、元気だったことにはならないでしょう!」


「体調不良がなかったとは申しておりません」


老医師は眼鏡を直した。


「ただし、療養のため毎週宝石を買う必要はないと申し上げました。夜会で五時間踊った翌朝に、階段を下りられないと訴えられた時も、まず睡眠を取るようお勧めしました」


「女性の苦しみを、男性の医師に分かるはずがありません!」


「ですから女性医師の診察も手配しました。あなたは、その方の質問が細かすぎると言って、診察を途中でおやめになりました」


次に、公爵家の元侍女ニナが証言台へ立った。紺色の質素なワンピースを着て、髪は低い位置で一つに結んでいる。彼女は裁判官へ一礼し、クロエが倒れる前後の様子を説明した。


「エルザ様と公爵様の結婚記念日の夜、クロエ被告が腹痛を訴えたことを覚えていますか」


「はい。夕食に蜂蜜菓子を六個召し上がったあとでした」


「その後は?」


「公爵様が別邸へ来ると、腹痛は少し治ったとおっしゃいました。翌朝は馬車で王都へ行き、新しいドレスを三着注文なさいました」


「嘘よ!」


クロエが叫ぶと、ニナは一度だけ彼女を見た。以前なら声を荒らげられただけで肩を震わせていたが、今日は両手を体の前で重ねたまま動かなかった。


「注文票が残っています。採寸をした仕立屋も、証言できます」


「あなたは私を嫌っていたから、話を作っているのよ!」


「嫌われるのが怖くて、私は長い間、何も言いませんでした。その結果、エルザ様のブローチを隠したことまで黙ってしまいました。ですから今日は、見たことをそのまま話します」


診療記録と使用人たちの証言から、クロエに慢性的な体調不良があった可能性までは否定されなかった。しかし公爵邸で特別な介護を必要とする重病ではなく、他者との約束を破らせるため、症状を誇張していた事実が認定された。公爵邸から追放された病弱な被害者だという、バルドへ語った経歴も虚偽と判断された。


最後に審理されたのは、冬至梅のブローチを持ち出した行為だった。王立魔力鑑定官は、ブローチが単なる装飾品ではなく、エルザの魔力と長年結びついた核であると説明した。水晶には過剰使用による亀裂が入り、回復には数年を要するという。


「借りただけです」


クロエは証言台で繰り返した。


「エルザが返せと言わなかったので、使ってもよいと思いました」


「ブローチを宝石箱の二重底へ隠したのはなぜですか」


「安全な場所へしまっただけです」


「公爵夫人が邸を出る際、所持品を確認した侍女から、ブローチを見なかったかと尋ねられていますね」


「覚えていません」


「ニナの証言では、あなたは知らないと答えています」


「本当に忘れていたのです」


「では、バルド商会へ持ち込んだ時、自分の魔力だと説明したのはなぜですか」


クロエは唇を震わせ、エルザのいる証人席を見た。目元へハンカチを当てたが、これまでのように駆け寄る者はいなかった。裁判官も係官も、彼女が答えるのを黙って待っていた。


「私には、何もなかったのです」


クロエの声が小さくなった。


「両親もいない。自分の家もない。エルザには公爵夫人の地位も、お金も、魔力もあったでしょう。ブローチ一つくらい、私が使ってもいいじゃない」


「魔力核は、所有者の生命活動と結びついています」


鑑定官は証拠袋に入ったブローチを持ち上げた。


「無断で魔力を抽出すれば、所有者の体調や魔力循環を損なう危険があります。これは宝石の窃盗だけではありません。他者の身体に結びついた魔力を傷つけた行為です」


審理を終えた裁判所は、バルドに商会財産の大半を使った賠償と、十年間の美容薬販売禁止を命じた。クロエには、残っていた財産の没収に加え、ブローチの窃盗、魔力核への傷害、虚偽の商品説明に対する責任が認められた。実刑の代わりに、王立救護院の監督下で被害者への賠償労働を行うことが命じられた。


「賠償労働とは、何をするのですか」


クロエが青ざめた顔で尋ねた。


「洗濯、食事の配膳、清掃、薬草畑の手入れなどです。働いた対価の一部を生活費とし、残りを被害者への賠償に充てます」


「私に洗濯をしろと?」


「働ける健康状態であることは、先ほど診療官が確認しました」


「手が荒れてしまいます!」


傍聴席で、アーニャが手袋を外した。感覚の鈍くなった指には、小さな火傷の跡がいくつも残っている。クロエはその手を見ると口を閉じ、灰色のワンピースの袖へ自分の指を隠した。


閉廷後、エルザは証拠返還の手続きのため、小さな待合室へ通された。冬至梅のブローチは厚い布に包まれ、鍵のかかる木箱へ収められている。ノアは向かいの机で返還書類を確認しながら、残っていたサンドイッチの最後の一切れを食べていた。


扉が勢いよく開き、係官の制止を振り切ったクロエが入ってきた。髪は崩れ、頬には涙と白粉が混じった筋がついている。彼女はエルザの前まで来ると、木箱へ手を伸ばしかけた。


ノアが箱を引き寄せ、係官が二人の間へ入った。クロエはその場へ膝をつき、灰色のスカートを床へ広げた。石床には誰かが落とした焼き菓子の粉が残り、彼女の裾へ細かく付着した。


「エルザ、お願い。裁判官へ、罰を軽くするよう言って」


「判決は、すでに下されました」


「あなたが許すと言えば、傷害罪は取り下げられるでしょう。ブローチだって戻ってきたじゃない」


「亀裂が入り、魔力の大半が失われています」


「でも、直せるのでしょう?」


「以前と同じ状態には戻りません」


「女性同士でしょう。少しくらい分かってくださってもいいじゃない」


クロエはエルザのスカートをつかもうとした。係官が止めたため、その手は宙に残った。エルザは椅子から立たず、鞄から厚い名簿を取り出した。


表紙には、白雪の雫被害者名簿と書かれていた。頁を開くと、被害者の名前、症状、治療期間、失った仕事の収入が並んでいる。アーニャの欄には、刺繍の仕事を再開できないと記録されていた。


「この方々も、あなたと同じ女性です」


「私は、こんなことになるとは知らなかったのよ」


「最初の苦情が届いたあとも、販売を続けましたね」


「バルドが決めたの」


「濃度を上げるよう命じたのは、あなたです」


「だって、売れなくなったら、また何もない生活へ戻ると思って……」


「その不安のために、ほかの人の身体を使ったのですか」


クロエは名簿から顔を背けた。エルザは彼女へ押しつけず、二人の間の机へ置いた。頁の端には、被害者本人が訂正した文字や、書くのが難しい者の代わりに家族が記した印も残っていた。


「生き物の体には、傷ついた細胞や不要になった細胞を、自ら定められた手順で死なせる仕組みがあります。動物では、それをアポトーシスと呼びます。植物にも、葉を落とす時や病原体の広がりを防ぐ時、必要な細胞を計画的に死なせる仕組みがあります」


「私に死ねと言うの?」


「違います。あなたには生きて、自分の責任を果たしていただきます」


エルザは名簿の上へ手を置いた。


「終わらせなければならないのは、泣けば誰かが責任を代わってくれる関係です。傷ついた細胞をいつまでも残せば、周囲に害が広がることがあります。あなたの責任を曖昧にすれば、次の被害が生まれます」


「洗濯も掃除もしたことがないのよ。失敗したら、また叱られるじゃない」


「分からないことは教えてもらい、失敗したら謝ってやり直してください。これまで、あなたが他人にさせてきたことです」


「一緒に救護院へ来てくれない?」


「行きません」


「手紙を書いてもいい?」


「返事は約束しません」


「どうして、そこまで冷たくできるの」


「あなたを憎んで罰する役目は、私にはありません。同じように、あなたを守り続ける役目も、私にはありません」


係官がクロエへ立つよう促した。彼女は何度もエルザを振り返ったが、新しい言葉は出てこなかった。病弱だから、身寄りがないから、女性同士だからと訴えても、目の前の扉は開かなかった。


翌朝、クロエは王立救護院へ移された。支給されたのは、洗いやすい茶色の作業着二着と、白い前掛け、滑りにくい靴だった。朝食には麦粥と茹でた卵、それに薄い山羊乳が出たが、食べ残した分は昼まで取っておく決まりだと説明された。


最初の仕事は、治療室で使った敷布の洗濯だった。石鹸水へ手を入れると冷たく、濡れた布は持ち上げるだけでも重かった。クロエが水を床へこぼすと、指導係の女性が布巾の置き場所を示した。


「失敗したら、どうなるのですか」


「水を拭いて、もう一度やります」


「怒鳴らないの?」


「わざとでないなら、怒鳴っても床は乾きません」


クロエは布巾を取り、膝をついて水を拭いた。前掛けの裾がぬれ、指先には石鹸の匂いが残った。誰も代わりに片づけず、誰も彼女を特別に責めなかった。


窓の外では、病害を受けた木の枝が庭師によって切り落とされていた。切った枝は燃やされ、鋏は一本ごとに消毒される。病気の広がりを止めた木の幹には、まだ新しい芽が残っていた。


クロエの以前の暮らしも、「可哀想な私」という言葉だけで責任を免れる日々も、そこで終わった。しかし、彼女自身の命まで終わったわけではない。濡れた敷布を自分の手で絞り直すところから、別の生き方を覚える時間が始まっていた。


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