↓ ↑ページトップへ
表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
PR
57/60

邪神招来 中編

 挿絵(By みてみん)

 チャイムが鳴ったのは、夜も更けきった時刻だった。

 晩御飯の途中で、雅也と紫は同時に顔を上げ、互いを見た。

 「……こんな時間に来客なんて」

 紫がいたずらっぽく笑う。

 「嫌な予感しかしないね、先生」

 「やかましいわ」

 雅也は箸を置きながら唸った。

 「もう慣れた。客にしろトラブルにしろ、ろくなもんやない」

 「慣れるのもどうなんだろうね」

 「俺もそれは同感や」

 立ち上がってドアホンを覗く。画面に映っていたのは、女子高生だった。制服には見覚えがある――桃花と同じ学校のものだ。

 ひどく取り乱している。息が上がり、顔は蒼白だった。

 雅也は早足で玄関へ向かい、引き戸を開けた。

 「――っ」

 女子高生が、転がり込むように飛び込んでくる。雅也はすぐに引き戸を閉めた。

 「なんや、あんた」

 振り返り、彼女を見る。

 「こんな時間に、えらい慌ててるようやけど――」

 「すみません……!」

 声は震えていた。

 「私、水見さんと同じクラスの、白石胡桃と言います。助けてください……追われてて……」

 言葉の途中で、涙がこぼれる。

 「ああ、どうして、こんな……」

 「一体、何に――」

 雅也が言いかけた、その刹那。

 背後で、引き戸が消し飛んだ。

 木片が舞う暇すらなかった。まるで最初から何もなかったかのように、玄関の戸が消え、そこに――

 佇んでいた。

 不動明王を思わせる、禍々しい剣を携えた石仏。

 全身は苔むした石でできているはずなのに、纏う気配だけが、生々しく周囲の景色が揺らめく。

(まずい)

 雅也がそう感じた瞬間、石仏の足元から火柱が噴き上がった。

 「――っ!」

 胡桃の悲鳴が響く。雅也はほとんど反射で彼女の腕を掴み、居間へと引きずり込んだ。

 廊下で紫と鉢合わせる。

 「先生、今の――」

 「居間戻れ、はよ」

 短く言い捨て、雅也は胡桃を連れて居間へ飛び込むと同時に、今の入り口へ向けて結界を張った。

 パン、と空気が張る音。

 だが。

 近づいてくる足音は、止まらない。

 「……いつもより焦ってる感じがするけど、これ、やばいやつ?」

 紫が低く聞く。

 「やばいっちゅうか」

 雅也は懐から拳銃を抜いた。左手の指が、無意識に何かを探るように懐の奥へ動きかけて――止まる。

 「詰んでる可能性があるのう」

 言い終わるより早く、居間の入口に何事もなかったかのように石仏が現れる。結界ごと、素通りしてきたのだ。

 紫が、震える胡桃を庇うように前へ出た。

 雅也は銃を構え、迷いなく引き金を引く。

 一発、二発。

 銃声だけが、やけに大きく響いた。

 石仏はそれを受けてなお、歩みを止めない。傷どころか、削れた欠片の一つも落ちなかった。まるで銃を撃ったことにすら気づいていないかのように、剣を振り上げる。

 「っと――」

 紙一重で躱す。着地と同時にさらに数発撃ち込むが、結果は同じだった。

(……こら、あかんやつや)

 雅也の背に、冷たい汗が伝う。

 ――詰んでいる。

 その言葉が、頭の中で嫌な重さを持って居座った。

 同じ頃。

 雅也の家からほど近い路地に停めた黒塗りのベンツの中で、加藤蓮は携帯を耳に当てていた。

 「――ああ、俺だ。今、奥川雅也の家の前にいる」

 紫煙をゆっくり吐き出す。

 今頃ちょうど、家の中で暴れている頃だろう。加藤は口の端を歪めた。

 奥川の主な武器は虚空聖鉄の弾丸だ。虚空蔵菩薩の力を宿している銀の弾丸、対怪異には全特効の代物だ。しかし……

 煙を吐く。

 神仏由来の怪異には効かない。そして今回用意した怪異は邪神系だ、相性は最悪のはずだ。

 中禅寺静が助太刀に来る可能性ももちろん考慮に入れている。奥川があいつに教わった術も似たようなものだ。中禅寺は巫女の家系、神道系だ。これもまた分が悪い。

 加藤は煙草を灰皿に押しつけながら、笑う。

 中禅寺静に泣きついたところで、どうにもならない。……それに

 奥川雅也は甘い。いや――甘くなった、が正しいか。今のあいつは、助けを求める子供を見捨てられない

 終わりだな。奥川雅也。

 ――居間では。

 紫が素早く回り込み、石仏へ渾身の連撃を叩き込む。だが石仏は微動だにせず、振り抜いた紫の拳から鮮血が飛んだ。

 「っ……くそ、痛……」

 紫が握った拳を庇うように引く。拳に血が滲んでいる。

 「やめろ」

 雅也が鋭く制する。

 「お前の拳が壊れるだけや。こいつ連れて二階行け」

 「先生は!?」

 「ここで時間稼ぐ。今、別の手考えるわ」

 言うが早いか、雅也は弾倉を交換し、再び石仏へ撃ち込んだ。

 今度は違う。銃声の後、石仏の巨体が、わずかにたたらを踏んだ。

 (通常の弾丸に切り替えた……物理でなら、多少は押し返せる)

 だが、それだけだ。

 押し返しているだけで、倒せているわけではない。

 時間稼ぎにしかなっていないことは、雅也自身が一番よく分かっていた。

「今度は対物ライフルを注文せんといかのう」

 自身を励ますように軽口を叩く。

 壁際まで後退したところで、弾切れになる。

 雅也も踵を返し、階段を駆け上がった。

 「先生、敵は!?」

 二階へ転がり込んできた雅也に、紫が左手だけで詰め寄る。右手はだらりと下げたままだった。

 「まだピンピンしとるわ」

 「どうするの、あれ」

 「詳しい事情、聞いて手を打ちたいとこやけど――」

 時間が、圧倒的に足りない。

 雅也は面倒臭そうに舌打ちすると、胡桃の方へ向き直った。

 「……えっ」

 胡桃が、唖然とした顔で雅也を見上げる。

 まさか。

 その一言が浮かぶ前に、雅也はもう距離を詰めていた。

 「悪く思うなよ」

 「先生、やめてよ……! 何する気――」

 紫の声が、悲鳴に近い高さに跳ね上がる。

 ――それきり。

 雅也の家から、邪神の気配が、忽然と消えた。

 ベンツの中で満足げに頷いた。

 「――そろそろ終わ」

 言いかけて、言葉が止まる。

 耳を澄ませると、家の中からは確かに人の気配がする。

 雅也と紫の、甲高い声も聞こえてくる。

 (……あれ?)

 加藤は煙草をもみ消し、家の方を見た。

 邪神の気配は、消えている。だが、雅也たちの気配は残っている。

 それも、悲鳴に近い声で、何やら騒いでいる。

 「……は?」

 加藤の顔から、笑みが引いていく。

 「ちょっと待て。どういうことだ」

 「あの邪神が、なんで……」

 煙草を持つ指先が、かすかに震える。

 「どうやって祓ったんだ。あれ、邪神だぞ……」

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。