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鈴は真夜中に鳴る

挿絵(By みてみん) 

――ちりん。

 鈴の音がした。

 小さい。

 それでいて、冬の静寂には不釣り合いなほど耳に残る音だった。

 深夜。

 紫は雅也の家の二階、客間の布団で眠っていた。

 夢と現実の境目が曖昧だった。

 身体は眠っている。

 意識だけがゆっくりと浮かび上がる。

 ――ちりん。

 また鳴る。

 今度は少し近い。

 最近は怪異を見ることにも慣れてしまった。

 鎧武者、般若、針女。

 ろくでもない連中ばかり見てきた。

 それでも怖いものは怖い。

 慣れることと、恐怖を感じなくなることは別だった。

 廊下から、二つの足音が聞こえる。

 男の声。

「ここで間違いないか?」

 女が答える。

「ええ。確かにここのはずよ。」

 ――ちりん。

 音は部屋の中へ入ってきた。

 障子は開いていない。

 足音だけが近づいてくる。

 そして。

 音は枕元で止まった。

 身体が動かない。

 金縛りだ。

 嫌な汗が首筋を伝う。

(先生……)

 恐怖だけが先に立ち、身体はまだ言うことを聞かない。

 それでも、指先がわずかに動いた。

 次の瞬間には、もう全身が動いていた。

 紫は歯を食いしばり、力任せに身体を起こす。

 布団を跳ね飛ばし、そのまま飛び起きる。

 目の前には赤い服の大男。

 金髭。

 外国人。

 思考が追いつくより早く、脚が出ていた。

 前蹴り。

 つま先が男のみぞおちへ深く突き刺さる。

「ブフォッ!」

 男は盛大に吐しゃ物をまき散らしながら畳へ転がった。

「スティーブ!」

 茶色い服を着た金髪の女が慌てて駆け寄る。

「大丈夫?」

「オー……元気なボーイですねぇ……。」

「誰がボーイだ。」

 紫は構えを崩さない。

「次は顔にいくけど。」

「ジョーク、ジョーク。」

 男は腹を押さえながら立ち上がる。

「見れば分かるでしょう。」

 胸を張る。

「サンタクロースです。」

 沈黙。

「僕はスティーブ。」

「私はトナカイのジャニカ。」

 二人がぺこりと頭を下げた。

 紫は数秒考えたあと、

「……今、一月だけど。」

 二人も黙る。

 スティーブがゆっくりジャニカを見る。

「今日、何月って?」

「一月……。」

「オー、シット。どういう事だいジャニカ」

 頭を抱えるスティーブ。

「オー、多分、旧正月の関係とかでずれたのかも。」

「たぶん違うと思うけど。」

「まぁいいデス。」

 スティーブは切り替えるように咳払いをひとつした。

「大切なのは気持ちデース、相手を思いやる気持ちがあれば無問題デス。」

「それ、自分で言っちゃうんだ。」

「細かい事は気にしちゃダメデス。こういうのはノリデスヨ。」

「メリークリスマース!」

スティーブとジャニカがクラッカーを鳴らす。

「なにこれ。」

 紫は呆れた。

「プレゼントです。」

 スティーブは大きな袋を差し出した。

「本物のサンタからプレゼント。あなた、とてもラッキーデス。」

「……何が入ってるの?」

「見れば分かります。」

 紫は袋を覗き込む。

 真っ暗だった。

 底がない。

 暗闇が続いている。

 いや。

 暗闇がこちらを見返している。

 身体が袋へ引き寄せられる。

(まずい。)

 抗おうとした足が、逆に一歩、前へ出た。

 そのときだった。

 銃声が家中へ響いた。

 轟音。

 袋の吸引が止まる。

 紫は転がるように飛び退いた。

 スティーブが胸を押さえて膝をつく。

「日本人はせっかちデスネ、いきなり撃つんデスねぇ……。」

 煙草の煙が漂う。

 書斎の戸口には雅也が立っていた。

 片手に拳銃。

 口には煙草。

「アホ言え。」

 紫煙を吐く。

「アメリカやったら不法侵入で撃たれても文句言えへんぞ。」

 スティーブは真顔でうなずいた。

「……確かに。これは一本取られました。」

「学びを得ましたね、スティーブ。」

 ジャニカは肩をすくめる。

「来年はもうちょっと考える必要がありそうデスネ」

「ええ、心掛けや。」

 雅也が呆れる。

「デショウ?」

「お前らに『次』があったらな。」

雅也は再び二人へ銃を構える。

 スティーブとジャニカは顔を見合わせ、小さく肩をすくめた。

「では来年はちゃんと12月に来ます。」

「もう来んでええ。」

 雅也が引き金を引く。轟音が再び響く。

 ――ちりん。

 鈴が鳴る。

 二人の姿は冬の夜気へ溶けるように薄れ、やがて跡形もなく消えた。

 静寂が戻る。

 紫は深く息を吐いた。

「……先生。」

「なんや。」

「あれ、本当にサンタだったの?」

 雅也は煙草に火をつけ、苦笑した。

「知らん。それっぽかったが妙にパチモン感があったな。」

 そのとき。

 誰もいない廊下の奥から。

 ――ちりん。

 鈴の音だけが、もう一度静かに響き、音は徐々に遠のいて行った。

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