表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
PR
43/48

死なずの悪鬼と、帰らない娘 その2

 挿絵(By みてみん)

「死なずの悪鬼、ねぇ……」

 琴乃は少しの間、その言葉を口の中で転がした。それから鼻で笑い、ガラムを一本抜き取った。

 ライターの火が、暗いVIPルームを一瞬だけ照らす。甘ったるい煙がゆっくりと天井へ昇っていく。

「男ってほんと、そういうの好きよね。~の龍とか、~の暴虎とか」

「まぁ、否定はしませんがね」

 向かいでオクトモアのロックを揺らしながら、努が肩を竦める。氷が静かに鳴った。

「ただ、この奥川雅也って男、噂だけはやたら派手ですよ」

「どうせ与太話でしょ」

「まぁ、その可能性は高いですけど」

 努は資料をぱらぱらとめくる。

「分かってるだけでも二回は殺されてる、とか」

「は?」

「腹を撃たれて川に沈められたとか、山に埋められたとか。それでも翌日には普通に煙草吸ってた、とか」

「……くだらない」

 琴乃は煙を吐き捨てた。

「その手の伝説?的な話、反吐が出るのよね」

「ヤクザ界隈なんてそんなもんですよ」

 努は軽く笑う。

「ただまぁ、この男、ちょっと面白いんですよ」

「面白い?」

「普通の武闘派崩れと違って、妙にインテリ臭い」

「インテリヤクザってやつ?」

「現役時代の主なシノギは不動産系であと、カラオケ店とかも経営してたらしいです」

「ヤクザにしてはいやにまともね」

「けど元々は相当イケイケだったとか。喧嘩も滅法強かったらしいですよ」

「だからそういう話に興味ないって言ってるでしょ」

「現在は主に文筆業ですね。怪談とか極道のコラムとか」

「食えてるの?」

「微妙ですね。売れてるとは言えないです」

「じゃあ他に何してるのよ」

 その瞬間、努の口元がにやりと歪んだ。

「……聞きます?」

「その顔やめて」

「普通じゃない副業、らしいですよ」

「は?」

「まぁ、また、琴乃さんの嫌いな、所謂拝み屋というか……霊能力者というか」

 数秒の沈黙。

 琴乃は煙草を口に運びかけて、止めた。

「……もう一回言って」

「霊能力者、です」

 今度は笑わなかった。笑えばよかったのに、と自分でも思った。なのに口から出たのは別の言葉だった。

「……紫が、そんな男の家に?」

 努は静かに頷く。

 琴乃は深くソファに身体を預けた。

「はぁ……」

 心底呆れたため息のつもりだった。だが煙草を持つ手が、わずかに止まっていた。

「あなたはそう言うと思いましたよ」

「大した探偵さんね」

「いや、でも妙な噂は多いんですよ。"あの男の家に入った強盗が泣いて逃げてた"とか、"怪異を拳銃で撃ち殺した"とか」

「もういいわ、その辺」

 琴乃はこめかみを押さえた。

「聞いてるだけで頭悪くなりそう」

「すいませんねぇ」

 努は笑いながらウイスキーを飲み干す。グラスを置いてから、少しだけ声のトーンを変えた。

「……ひとつ聞いていいですか」

「何」

「娘さんが心配なんですか。それとも、その男が気に入らないんですか」

 琴乃は答えなかった。

 煙草の火が赤く揺れる。

「……どっちもよ」

 それだけ言って、紫煙の向こうで細く目を伏せた。

「昔からちょっと変わっててあの子」

「男を見る目ないんです?」

「うーん。どうかしら、彼氏がいるなんて話も聞かないし」

「けど昔から妙なものにばっかり興味持つの。面倒ごととか、普通じゃないものとか」

 そこで琴乃は小さく笑った。自嘲というより、どこかくすぐったそうな笑い方だった。

「誰に似たんだか」

 努は何も言わなかった。ただグラスを傾けて、その横顔を見ていた。なんとなく聞くのは野暮だと思ったから、聞かなかった。

「……住所、あとでLINEしといて」

「何するつもりです?」

 琴乃は静かに立ち上がった。ラウンジの照明が、派手なドレス姿を妖しく照らす。

「会ってみる」

「……本当に行くんですか」

 いつもの軽口ではなかった。努にしては珍しく、確かめるような声だった。

「霊能力者だか何だか知らないけど」

 琴乃はバッグを肩にかけた。

「うちの娘が何ヶ月も入り浸ってる男よ。顔くらい見とかないと」

 それだけ言って、扉へ向かう。

 努はグラスを手の中で回しながら、その背中を見送った。

 煙草の残り香だけが、部屋に漂っていた。

 ラウンジ裏の喫煙所でガラムに火をつけた。

 甘ったるい煙が肺に落ちる。

 紫は昔から家に寄りつかない子だった。友達の家、ゲームセンター、河川敷。気づけばどこかにいる。それでも完全に帰ってこなくなった事はなかった。家を「帰る場所」として扱っていない今の状態とは、何かが違った。

 煙を吐きながらスマホを取り出す。

 数回コール。

 途端に耳をつんざく大声。

『いやぁ! 久しぶりだな琴乃さん! 旦那の葬儀以来か!? 息災かい!』

 思わずスマホを耳から離した。

「声がでかいのよ……」

 琴乃は眉を寄せる。

「あなたこそ変わらないわね、趙さん」

 豪快な笑い声。

 趙慶。紫が幼い頃に通っていた武術道場の師範で、年中身体を鍛えている。腕力だけなら琴乃の知る人間の中でも最強格だろう。ただし、今の電話だけで今日の気分が三割は削られた気がした。

 知り合いの中で気軽にボディガードを頼めるのが、この男くらいしかいなかった。

『で? どうしたんだ』

「娘がね」

 琴乃は煙を吐いた。

「男の家に入り浸ってるの。だから調べに行く。付いてきて」

 少しの沈黙。それから趙が感慨深そうに笑った。

『へぇ……あのお転婆がなぁ。時の流れを感じるな!』

「やめて」

『相手はどんな男だ?』

「元ヤクザ」

『おお、面白そうだな!それは用心棒がいるな』

「全然面白くないわよ」

 即答だった。

『必要なら半殺しで止めるぞ』

「だから、そういう所よ。相変わらず脳筋なところは変わらないわね」

 この男を連れて行きたくない理由が、一言に凝縮されていた。

『で、俺はどう動けばいい?』

「家の前で待機」

『一緒に行かないのか?』

「あんたみたいな筋骨隆々の男連れて行って、"ようこそ"ってなると思う?」

『ならんな!』

「だから外で待機よ、あなたは」

『まぁ分かった。待ってればいいんだな』

「そう。何かあったら連絡する」

『オーライ!』

 電話を切った。

 ガラムの残りを深く吸って、吸殻を携帯灰皿に押し込む。

 嫌な予感はする。

 だが、行かない理由にはならなかった。

 チャイムが鳴る。

 その瞬間、雅也は露骨に嫌そうな顔をした。

 うちのチャイムが鳴る時は大抵ロクな事がない。

 煙草を灰皿に押し付け、ゆっくり立ち上がる。

 引き戸を開けた。

 立っていたのは、ひとりの女だった。

 黒髪。派手すぎない化粧。高そうな服。

 香水の匂いが、夜の商売の匂いと重なった。

 一瞬で分かった。

 女は静かに口を開いた。

「私は藤乃琴乃」

 一拍。

「紫の母です」

 雅也は無言で天を仰いだ。

 ――ほらな。

 やっぱり、ろくなことにならへん。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ