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終点のない列車

挿絵(By みてみん)

ローカル線の車内は、静かすぎた。

ガタン、ゴトン。

規則正しい振動だけが、底の方から伝わってくる。

窓の外は雪。雪。雪。

地平線との境目が、どこかで消えている。

「……ええなぁ、こういうの」

静が目を細めた。

「冬の旅っちゅうのは風情がありますなぁ。なんや、心が洗われる感じがしますえ」

「まあね」

紫は頬杖をついたまま、ぼんやりと窓の外を見ている。

「……先生は?」

「別にやな」

即答だった。

「移動は移動や。まぁこっちの方が飲めるのはええな。煙草が吸えんのが痛いが」

そう言いながら雅也は缶ハイボールを開ける。

「そればっか。また飲んでるし。新幹線でも飲んでたし、飲みすぎだよ」

「うるさいわ。まぁそういう旅情を楽しむのも楽しみ方のひとつではあるな」

「先生、結構雰囲気で飲んでる時あるもんね」

「まっ状況によるのう。今回もまぁ悪くない」

車内は暖かく、揺れは一定で、ほとんど眠れそうなくらい穏やかだった。

――ほとんど、眠れそうなくらい。

「……ねえ」

紫の指が止まった。

「なんや」

「今、同じ祠、二回見なかった?」

雅也が窓へ目をやる。

雪の中に、古びた石の祠。

――見覚えがある。確かにある。

静も小さく頷く。

「さっき通った気ぃ、しますなぁ」

誰も、それ以上は言わなかった。

言葉にすると、何かが確定してしまう気がした。


その時だった。

カチ、と音がした。

三人の視線が、自然と車内へ向く。

乗客たち。

ちらほらと座ってはいるが同じ姿勢。同じ向き。無表情。誰も会話すらしていない。

まるで、生気がない。その風景は異常なほど不気味だ。

「……何、この人たち?私たちにほとんど反応ないし、」

「なんやろな。あんまり、遭遇した事ない現象やけど静はなんか分かるか?」

静は、ゆっくりと視線を巡らせながら、

「まぁ怪異の仕業っちゅうよりは「そないな」現象のように感じるけど詳しゅうは……」

「静でも分からんってなると面倒いのう」

雅也が移動し始める。

「どこに行く気」

「とりあえず先頭に行くしかないやろ。電車のエンジンは前やろ」

「そうなの?静さん」

「さぁ?うちもそないな詳しないけど前後についてるんとちがう?」

「なんか頼りないなぁ」


車両を移動するたびに、空気が変わった。

暖かさが剥がれていくような、体温を少しずつ持っていかれるような感覚。

連結部を抜けるたびに、冷たさが一段階増す。

背後で、

誰かが小さく囁いた気がした。

振り返る。

誰もいない。

「先生、なんとなくだけど凄い嫌な感じがするんだけど」

「同感や。あんまりゆっくりとしてられへん思うわ」

「……急ぐで」

雅也が短く言った。


最後のドアを開ける。

運転席。

背を向けた運転手。

制服は整っている。姿勢も、一見ちゃんとしている。

だが首が――

ありえない方向に、折れている。

「……完全に死者やな」

雅也が静かに呟く。

運転手が、ゆっくりと振り向く。

顔が見える。

笑っていない。それだけが、まだましだった。

「……終点です」

ひび割れた声。

「皆様を……終点へ……お連れします……」

「どこやねん、その終点は」

「帰れません……もう……お客様は……」

「うちらは客やないけどな」

その時。

「……ねえ」

紫が小さく言った。

「さっきから、変な声聞こえる」

「は?」

「"降りるな"って」

沈黙。

「誰に呼ばれてるんや」

「後ろの人たちに」

振り返る。

誰もいない。

――いや。

ドアのガラス越しに、乗客たちの顔が並んでいた。

口だけが動いている。音は聞こえない。

なのに、はっきりと読める。

降りるな。

降りるな。

降りるな。

「うるさいわ」

パンッ。

銃声が、密閉された運転席で弾けた。

運転手の頭部に弾丸の衝撃で側面の窓に叩きつけられる。

だが、倒れない。

笑い出す。

「帰れません……」

「……めんどくさいのう」

もう一発。今度は胸。

黒い何かが、傷口から滲んだ。

影のような、染みのような。

「……効きがもう一つやのう。ダメージは入ってるみたいやが」

それでも諦めず何発か撃ちこんでいると

「――ぁ」

声にならない声。

それが、裂けて、消えた。


しかし、列車は止まらなかった。

「おい」

雅也が舌打ちする。

「なんで止まらんねん」

「操作しないと止まらないんじゃない?」

「……やるしかないか」

運転席を見る。

レバー。メーター。速度計。よく分からないスイッチの群れ。

「運転、できるの?」

「出来るわけないやろ。こんなもん。がなんとなくは分かる」

「どこで覚えたの」

「電車でGOや。何回もクリアしたわ」

「…………ゲームじゃん」

「一緒やろ」

「全然違う。絶対違う」

レバーを掴む。

「こういうのはな。思い切りが大事やねん」

ぐいっと、引く。

「雑だなぁ」

「年とってもこないなとこはほんま変わらへんわな」

静も思わずため息をつく。

「静さん、冷静過ぎない?」

「あきらめてるんどす」

―― ガガガガガッ!!

急制動。

車体が左右に暴れる。三人が揺れる。外の雪景色が流れる速度が、ぐっと落ちて――

止まった。

沈黙。

「……止まったね」

「せやろ」

「これ、奇跡だよ」

「こういうのは思い切りやで」

「それはもういいって」


三人は外へ出た。

雪が深い。足が膝のあたりまで沈む。冷気が肺に刺さった。

振り返ると、列車は静かにそこにあった。

その窓に、

乗客たちの顔が並んでいた。

全員が同じ笑みを浮かべて、

一斉に、手を振っていた。

誰も何も言わない。

ガタン。

運転手がいないはずの列車が、動き出す。

ゆっくりと。静かに。

やがて雪の中に消えていった。

静がぽつりと呟く。

「……終点、どこやったんやろなぁ」

「知らんわ。考えたくもない」

雅也が煙草に火をつける。

「ねぇもしかしてだけどこっから歩くの?」

「そら、そうやろ、幸い、今見たら目的地の宿までそない遠くない」

「えらい災難どすな」

静は他人事ように涼しい顔している。

「はぁ、また静さんと来るとなんか怪異が寄ってくるよね」

「せやろか?」

目的地までは、

まだ遠い。

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