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雪女の訪問

挿絵(By みてみん)

今日は酷く寒い。天気予報によれば季節外れの寒波らしいがそれにしても異常だ。

――ピンポーン。

間の抜けたチャイムが、静かな家に響いた。

書斎で煙草をくゆらせていた奥川雅也は、露骨に顔をしかめる。

「……誰やねん、こんな時間に」

灰皿に煙草を押しつけ、面倒くさそうに立ち上がった。

玄関の扉を開けた瞬間、空気が変わった。

立っていたのは――白い髪の女だった。

雪のような髪。袖のない和装めいた上着に、深いスリットの入ったロングスカート。

整い過ぎた顔。

人間の"綺麗"とはどこかずれた、冷たい美しさ。

一瞬で理解する。

――まともな存在やない。

雅也は数秒黙り込み、そのあとあからさまに嫌そうな顔をした。

「……どちらさん?」

女はわずかに首を傾げる。

「私、雪女なんですけど」

「……はぁ」

深いため息。

「どういう状況やねん」

吐き捨てるように言いながら、身体をずらす。

「立ち話もなんや。入れや」


居間。


向かい合って座る二人。

雅也は煙草に火をつけた。

「で、雪女さんがわざわざうちまで何の用やねん」

女は部屋をゆっくり見回す。

「ここは客に茶も出さないのか」

ぴくり、と雅也の眉が動く。

「……そらすんませんな。今、熱い玉露でもいれますわ」

「熱いのは苦手でな。アイスコーヒーを頼む」

「喫茶店ちゃうねん」

即座に切り捨てる。

「うっとおしい。用件言えや」

「最近の人間というのは不躾だな。客にこんな態度とは」

「妖怪がいきなり、訪ねてきて礼儀作法語るなや。アポ取ってから来いや」

女は気にした様子もなく、淡々と話し始めた。

「先日、山中で忍者と会ってな」

 その一言で、雅也の顔が露骨に歪む。忍者と言えばトラブルメーカーの忍者 風針 陣が思い浮かぶ。

(……嫌な予感しかしよらん)

「……で?」

「とりあえずボコボコにした」

「どういう事やねん」

思わず素で返す。

「本来、雪女は人に雪女とバレれば殺さなければいけないという掟というか習性がある」

「私は冷気より拳で戦うのが好きでな」

「どの界隈にも変わり者はおるもんやな……」

煙を吐きながら呟く。

「その忍者が言うのだ」と、女は続ける。「こっちにとても強い者がいるとな」

雅也の目が細くなる。

「……どこの誰やその忍者」

「さぁ、確か"ゴットバード服部"と名乗っていたような」

「舐めおってからに。次会ったら一度、シメなあかんのう」

「なんの話だ」

「こっちの話や。続きを言えや」

「強い奴を紹介するから見逃してくれ、と。これは名案だと思ってな」

さらりと言う。

「強い者を倒し、また次を紹介させる。そうすれば――」

一瞬だけ、口元が歪む。

「私は未来永劫退屈せずにすむ」

沈黙。

雅也はゆっくり煙を吐いた。

「その忍者も死んだんかい」

「いや、煙玉とやらで『ボン』と消えた」

ため息と共に頭を振る雅也。

「……退屈しのぎに人殺しか、ええ趣味とは言えんのう」

女は静かに笑う。

「私のように長い時を生きる者にとって退屈は毒でね。それでおかしくなる怪異も多い。私はそんな末路は御免だ。だから目的を作り生きようと」

「だから来た。強き者と戦い続け、いずれ朽ち果てるまで」

一拍。

雅也は灰を落としながら呟く。

「……もうすでにおかしくなっとる事に気づかないというのもむなしいのう」

顔を上げる。

「そして頭が悪い」

女の目がわずかに細くなる。

「ほう、どの辺りが?」

「今、こうやってペラペラ喋っとる時点でや」

「……意味が分からんな」

「相手の家に上がり込んで、手の内全部明かして、それではい、勝負。俺にはとてもとても」

視線を上げる。

「"ヨーイドン"で戦ってもらえると思っとるんか」

「不意打ちも含めて強さだ」

と、女は即答する。

「それでやられるなら、それまでの存在という事だ」

「……青いのう」

ぽつりと呟いた、その瞬間。

乾いた破裂音。

空気が凍る。

ぱきり、と小さな音。

女の腕に薄く霜が走る。存在が、ほんの一瞬揺らいだ。

女の目が見開かれた。自分の腹部に穴が開いている。

「……銃? まさか怪異に――」

「効くんやボケ」

即答。

「虚空聖鉄製や。所謂、怪異に効く弾丸や。お前が玄関をくぐった瞬間から、向けとった」

雅也の指は、微動だにしていなかった。

「向けられた時点で、お前は詰みやったんや」

沈黙。

数秒。

女はそれを見つめ――ふっと笑った。

「なるほど。いいな、それは」

両手を軽く上げる。

「油断した。いや――最初から詰んでいたか」

腹部をゆっくり押さえ、静かに首を振る。

「空手の強い少女がいると聞いたが、こういう結末か」

雅也は鼻で笑う。

「残念やったな」

煙を吐く。

「ここにおるのは、極道崩れのおっさんだけや」

「……そうでもない。まぁ仕方がない。次がないのが残念だけどね」

女はわずかに目を細め、それだけ言った。

音もなく、気配が消える。

静寂。

しばらくして、雅也は大きく息を吐いた。

「……めんどくさいのう」

煙草に火をつけたとき、襖が開いた。

紫が顔を出す。

「先生、さっきの何?」

「出てくんな言うたやろ」

「だって気配やばかったし……ていうかこの部屋、寒くない?」

雅也は答えなかった。

ただ、灰皿に煙草を押しつけ、ゆっくりと立ち上がる。

「……もう寝えや」

静かな夜が戻る。

灰皿に灰が落ちる音だけが、響いた。

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