伍
「私は海神様に仕えるために作られた生き物…人からは人魚、と呼ばれているみたいだけれど。」
「確かに…上半身は人間の女性そのもの。
そして下半身は魚類と同じもの、見たままの呼称だね。」
「だがなんだって太古の神様に仕えていた生き物がこの期に及んで出てきた。
あれはとっくの昔に滅んだはずだろう、ある日海を幾日も幾日も荒らした後に。」
彼らの目にはそれぞれ奇妙なものを面白がり、嘘を許さない疑いがあった。
それも無理はない、黒髪の彼が言う通り海神様は覚えていないほど昔に滅んだ。
否正確には滅ぼされた、強大な力によって。
「あれで消滅したのは海神様だけ、私達は行くあてもなく今日まで老いも死も知らない体を弄ぶように海をさまよっています。
私は…馬鹿だから、人間に捕まって怪我をしただけ。」
ふぅん、と二人はあまり信じてくれていない様子だった。
此方からすれば二人の方こそ怪しいと思えるが、黙っておいた方が懸命だ。
曲がりなりにも助けてもらったようだし、私は礼儀知らずというわけでもない。
相も変わらずじろじろと眺められているため、気分はあまり良くないが。
「まぁ…それで魚ちゃんは名前とかあるの?」
「魚ちゃん…」
「だって名前知らないし。
あ、僕は蓮。こっちの拾い主は椿。」
「個体識別子は長すぎてもうあまり覚えてないや…名前つけて、椿…?が拾ったならそれでいい。」
「急に俺に振るなよ…。」
面倒くさそうに頭を乱暴に掻きながらも何か考えているようで、私はじっとその姿を見つめた。
やがて彼の視線は外へ、窓の向こうへと注がれた。
その先には風に吹かれて花びらを散らす木があった、昔姉さん達に聞かされた木とよく似ている気がする。
そう、確かあの木の名前は…
「桜」
「…意外とそのまんまだね。」
「うるさい…いいだろう、女らしいし名前としては悪くないはずだ。」
「だってさ、よかったね桜?」
私がずっと見たかった木は私の名前になってしまった。
「それとも魚ちゃんがよかった?」
「さ、桜でいい…です?」
「言葉に変な癖がある、話しやすいようにしろ。
別に主従関係でもないからな。」




