現状を整理しましょう②︰修道院に来るまで
「私は王太子の婚約者でしたの」
僅か三歳の時に決まった婚約だった。当時派閥問題があったため、本来ならあと十年後だった婚約を早めたとのこと。どの道政略的に決められていたから、早いか遅いかなど些細な差ではあったが。
物心付いた時から、セラフィアは王太子と会っていた。セラフィアの母と王太子の母の仲が良かったこともある。それなのに何故、派閥が違うのかについては、……まあ、仕方ないと言えよう。
幼少期の王太子はそれはとても美しかった。蜂蜜色の金髪に真っ赤な瞳。細やかでサラサラした髪の毛が顎近くまであり、瞳はぱっちりとして睫毛が長かった。天使みたいだと言われていたし、セラフィアも思った。
だって、セラフィアの初恋だったから。
幼い頃の王太子はとても優しい……気弱とも言うだろう、そんな性格をしていた。これが欲しいと言えばいいよ、と簡単に渡してくれる。それもとびっきりの天使の笑みを浮かべて。昔っから気が強い、けれど王妃教育を幼少期から受けていたセラフィアは、それが簡単にできることではないと早い段階から知っていた。
だからだ。
初等科の卒業式で王太子が告白をされているのを見付けて(無論、貴族の結婚など婚約結婚以外ほぼ出来やしないのだから自己満足以外の何物でもないだろう)、初恋を自覚した。
好きな殿方と婚約者になれた王女様など、殆どいないだろう。なんて、幸せなことか。
中等科の頃は何事もなく終わり、──
──これが崩れたのは、高等科の二年生の時。
あの伯爵令嬢が転校してきたからだ。
彼女はこの国の伯爵の庶子だ。何故発見が今の時期になったかと言えば、生まれ育ったのが隣国だったらしいのだ。たまたま外交で向かった店に、伯爵令嬢はいた。一目会った瞬間に気付いたんだとか。
そんな経緯でやって来る子は珍しい。
合わないだとかで自然と独りになってしまう子も多いから、セラフィアは初め、友好的に接しようとしたのだ。
「貴女、一人ではなくって? 次の移動教室の場所分からないかと思いまして。一緒に行きましょう?」
「あ! ありがとうございます!」
平民との血が混じった上に正妻ではない方との娘であることについては少々拒否感はあるが、この国では継承権がしっかりとある存在である。王妃となった時のことを考え、彼女を貴族として、国法典に則って誠実に接した。
その結果、
「やめてください。貴女みたいに性根が穢れた相手と仲良くなんかしたくないんです」
わざわざ、取り巻きがいないところに呼び出されたから、特別な話があるかと考えながら行った結果がこれだ。
嫌ならそう言えばいい。余計なことを三個も四個も付け加える意味が、どれだけあるだろうか。
予想外の言葉に、怒りが込み上げてくるのをどうにかこうにか抑え
「嫌なことがあったなら初めっから言いなさいよ」
──ようとして、半分くらいは抑えた言葉を掛けて。
「酷いっ、! 怖かったけど、中々言えなくて、やっと勇気を出して言ったのにっ、!」
「は、……は、あ、?」
「本当に酷い方ですね! 婚約者にさせられている王太子様が可哀想です! あ、そうだ! 私が王太子様の隣に行けばいいですね!」
「なに、バカなことを」
「決めました!」
ビシィッ! と人差し指をセラフィアに突き付けながら彼女は言う。
「私が王太子様を救います! 覚悟してください!」
言うが早いが伯爵令嬢は凄い勢いで走り去って行った。
もぬけの殻となった空間を見つめながら言う。
「頭沸いてるんじゃない……」
無論、セラフィアの言葉は当たっていた。翌日から王太子の隣に行こうと、セラフィアが邪魔だと、王太子様が可哀想だと宣うのだ。勿論、セラフィア以外が居ないところで。
他のクラスメイトがいるところでは被害者ヅラをしながら王太子に近付こうとする。
あぶないから徹底的に遠ざけるしかなかった。
そしてその結果、虐めをしていることになった。
正直な話をすれば、少しだけ感情が入っていた可能性は認めよう。
例えば、王太子に無理に近付こうとしたから止めようとしたらたまたま出していた足に引っかかり頭から転んでしまったり、これで王太子様に話し掛けてきますのとかなり露出の多いドレスを着ていたから驚いて持っていたジュースを思い切り彼女の顔に掛けてしまったり。
もちろん間違えてだ。他人に頼らなかったのは、彼女を見くびっていたから。家族に話すまで必要ないと考えてしまったのだ。
……というのは勿論半分は嘘で、気晴らしはしてしまった。近付かなければ何もしないのだから、素直に遠ざかれば良いものを、より一層被害者ぶるのだから相当なヤツだと思った。
そして、唯一セラフィアが伯爵令嬢を評価するところがある。
「セラフィア。虐めをしていたんだな……」
それは、伯爵令嬢が王太子に当たり前のように助けを呼んで、味方にしたところだ。
王太子のオツムが弱かった可能性もあるが、地位と頭の良さは掛け算だ。今の状況で味方に付けさせたのならお見事としか言いようがない。
「ええ。アレを虐めと呼称するに相応しいと思うのでしたら、確かに」
「……残念だ。どうするかは、書面にて通達する」
「かしこまりました」
後から感じる違和感としては、虐めが発覚する数ヶ月前から、王太子と共に過ごす時間が何故か少しずつ減っていたことだろう。そして、伯爵令嬢と共に過ごす王太子を暫し、発見していた。
近付くまでは牽制するが、近付いたあとは王太子に任せる。なぜなら、そこからは王太子の意志で動いてもらうべきだからだ。王妃になった時と同じ行動を心掛けていた。
特別、断罪式など何もされていない。
翌日送られてきた紙には国外追放と書かれていて、ただ、追放される直前に『修道院行き』に訂正されたのであった。
あの頃、セラフィアの中にあった初恋は、大人になるにつれて大切に保管されている。もう錆び付いて取り出そうとしたら壊れて跡形もないくらいのものかもしれないが。
ただ、まあ、顔は好みだったなぁとセラフィアは思うのだ。
そんなことはどうでも良く。
セラフィアは今、そんなこんなでここにいる。
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