悪魔との出会い④︰再会
ドクンッと心臓が跳ねた勢いで目を覚ました。
見慣れた白い壁。年季が入り、天井の左側に茶色い染みが付いている。寝起き特有の眠気などとうに消えていた。朧気に昨日のことが思い出される。
アレは──夢だったのだろうか。
ゆっくりと身体を起こす。
部屋だけは、少し前の面影が残っている。公爵家から持ってきたシンプルめのカーテンにベッドにカーペット。本当は刺繍付きが良かったが無地にした。
カーテンは閉まっていたから開けると、大雨だった。部屋にいるセラフィアの耳にも雨音は届いている。陽の光は少しだけ西に傾いていた。
違和感を覚えて自分が今着ている衣服を確認する。
黒色のくるぶしまであるゆったりとしたスカート。肩付近から前後に垂らされた白い布。そして、頭部を覆う首付近まである黒色の布。
修道院に来てから、嫌々ながらも規則に従い身に付けている衣服は、濡れていた痕ひとつない。
いや、そもそも、セラフィアはこの服で助けを呼びに行くだろうか。セラフィアは、公爵家から修道院に向かう時に着ていた衣服を持っている。普通なら、分かりやすいように着替えて向かうはずだ。
あの時、セラフィアは何を身に付けていたのか。記憶が朧気で覚えていない。
やはり、悪い夢だったのかもしれない。
「はぁ……」
ため息が自然と漏れる。あまりにも嫌な夢だった。もしかしたら白昼夢を見ていたのかもしれない。夢の中と今の空模様が全く同じなのだ。
変なこともあるものだ。と、思いながら横を向いた。
そうしたら、夢で会った悪魔がいた。
我が物顔でセラフィアの椅子に座っていた。
「…………は?」
「なに惚けたフリしてんデスか」
ジト目でセラフィアを見ている。ビビッドグリーンの瞳はなんの色もなく、セラフィアを見下しているような気がして、その一言が耳に入り込んだ瞬間に心の底から苛立ちが襲ってきた。
前髪が中途半端に長くて邪魔そうだなと思う。ただ、少し褪せた赤色から覗く緑は印象に残った。瞳が大きくて童顔に見える。まあ、まだ成長しきってない体だからというのもあるだろう。推定十五前後だろうか。身長もセラフィアと同じくらいか、少し低いくらいの体躯と、童顔。声だって少年特有の高いヘルツ層だった。
夢で見た時はそう思った記憶はないのだが。まあ、夢なんぞそんなモノだろう。夢でないのならば寝起きだからだろう。
「フリじゃないわ。今起きたのよ」
「ソーですか。待ちくたびれました」
「……初めて会った時の謙虚さはどこに行ったのかしら」
「角を折ったニンゲンに、お渡しする謙虚さは特にないノで」
「なんの話です……の」
悪魔はセラフィアと合わせた目線を逸らしながら言う。その先にあるのは、彼の角だった。
根元から綺麗にパッキリと割れている。代わりに悪魔についている角は、左側にひとつしかなかった。
セラフィアを非難するそれに、眉を寄せる。記憶が、一切ない。
「残念ながら、頭に生えている角を力づくで奪い取れるほど剛力ではなくてよ」
「実際された本人が言ってるンですよ」
「冤罪という言葉に聞き覚えはないかしら。それに悪魔なら幾らでも人を騙せるでしょう?」
「騙される人は反論なんてイワナイです」
「記憶がないの。私は私の記憶を一番に信じるわ。私を動かすとしたら私以外の人を騙すのが賢明ね」
「ザンネンながら、騙したいのではなくて、文句を言いたいだけなんですよ。オジョーサマ」
そう言うと、悪魔はプクぅっと頬を膨らませた。
「文句を言われても、言う相手が違うとしか」
「相手が違うのなら、言われたって雑音と受け取ればイイんじゃないですか」
「そこまで殊勝な人間じゃなくってよ」
「そういうニンゲンに言うのがアクマだって思わないところだと思いマスよ」
「そんなことを言っておきながら、悪魔らしくもっと非道なことを言わないのですね。まるで言えないみたいに」
先に弁明をしておくとすれば、これは売り言葉に買い言葉だった。互いの一番の怒りに触れる場所を探りながら言っていたのだから、そりゃあ、たまに、クリティカルヒットをすることはある。
「もしかして、あの悪魔サマが角ひとつ折られたから帰れないなんて言うつもりだったりしますの?」
しぃんっと辺りが静まり返る。
生意気そうに口を尖らせていた悪魔の顔が分かりやすく歪んだ。
「そうに決まってンだろ!! 角はなァ、オマエら人間には分からないんだろうけど意外と繊細なんだよ!!」
「そうなんですのね」
「他人事にしてんじゃネェ!!」
「他人事にしかできませんわ。私のお話ではありませんし」
「言葉の意味辞書で引け」
「勉学は誰よりも早く習得し終わりましてよ」
「その聡明なアタマで自分の世界以外を見られないンですかねぇ!」
「見てますが? 何調子乗ってんですの」
誰よりも世界を見ている。何よりお門違いなその売り言葉に頭の筋が数本キレるのを感じながら、なるべく態度に出さないように返事をした──その時だ。
はぁ、と抜けた音が隣から聞こえた。
「……まあ、いつまでもこんなこと言ってても埒が明かないノデ、一旦ボクの負けってことにしておいてあげますね」
よりにもよって、一番、セラフィアが言われたくない時に、その言葉を持ってきたと気付いてしまった。
そして、セラフィアが次の行動をする前に悪魔は悪魔らしくちゃあんとやりたいことをやり切りやがったのである。
「あと、角が生えるまでどこにも行けないんでここに住むからヨロシクお願いシマス」
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