悪魔との出会い②︰遭遇
男を悪魔と認識できたのは、倒れている姿を見付けてから恐らく一分は経ってからだろう。
よれた白シャツに汚れたズボン。赤髪も煤けて色が褪せている上に、整えていないのだろうくしゃくしゃと乱れている。
うつ伏せで倒れているからそれ以上の情報が見えない。
どうすればこの森から逃れられるか。
そう考えた時に結論はひとつしかなかったから、数秒だけしりごみしてから声を掛けることにした。
しりごみをした理由は、汚れている上に地面に寝ている人間にロクなヤツはいないからである。ホームレスか、変わり者か、彼自身も困っているか。
そうして軽くしゃがむ。濡れたスカートが肌に吸い付くのが気持ち悪い。
そう思いながらも視界の邪魔にならないように髪の毛を右手で持ちつつ、彼の顔を覗き込もうと少しだけ横に回り込んだ。
その時に、気づいてしまった。
黒くて大きな山羊の角が、彼の頭に付いていることに。黒曜石のように硬質なそれは、きらりと陽の光を反射した。
悪魔の角。
それは、悪魔の象徴とも言われるものである。なんでも膨大な魔力を蓄積する器官なのだとか。だから、八代目勇者に当たるアルフレッドが悪魔を討伐した時に戦利品として掲げていた。
ほかの種族でも似た角を持つ仲間はいるようだが、悪魔の角はかなり特徴的な為、大概の区別はつくようになっている。
それを数秒間くらいは見つめていただろう。悪魔の射程圏内に入っていたら、一瞬で殺されると言われていたから、内心、冷や汗が出ていたのもある。
だがその数秒間、何も無かった。
生きるか死ぬかは、どうやら行動してから決定をされるらしい。
何かを言うにしても、悪魔への対処法など何かに書かれたことはない。討伐できなければ死。それだけだったから。
討伐をできるほどの戦闘能力など、勇者くらいにしか持ち得ることなど出来やしない。
ごくり、と自身の喉から音がした。
気付かぬ間に生唾を飲み込んでいたらしい。
──言うことが決められていないのなら、今まで通りにやるしかできないじゃない。
軽く、息を吸った。
「ねえ、悪魔。ここはどこか教えなさい」
言い終わった瞬間に、軽い風が吹いた。乾いた風だった。
それから、遠くで鴉の鳴く声が聞こえた。馬鹿にされているように感じる。
心拍数が煩い。血流が勢いよく流れているのが分かる。
悪魔は、何も言ってこない。
……ひとつたりとも、動きを見せない。
もう一つ、鴉がカァと鳴いた。
無、視されている。
それにようやく気が付いた。
セラフィアの脳みそに、早い心拍数で送られてきた血流が溜まってきた。
きっと、それが原因だ。
セラフィアは、悪魔の身体を掴んでいた。
うつ伏せの状態から仰向けに転がす。それから、彼の顎を掴んで言った。
「何無視してんのよ!!」
「………は!? い、イダッ、!」
セラフィアが無理矢理体勢を変えさせたからであろう。悪魔は痛みを訴えてくる。そういえば、角がちょうど地面に刺さるくらいの顔の角度な気もしてきた。
悪魔は前髪が長かった。瞳全体をゆうに覆い隠せるくらいの長さを持っていて、セラフィアが顔をあげさせた時に重力に沿って瞳が見えた。毒々しいほどの緑色の眼が、痛みを訴えながらゆっくりと開いた。
「は、ぇ……」
恐らく、眠っていたのだろう。状況を理解しようとするその瞳が、セラフィアの瞳に焦点を合わせた。
そして、ようやく意味のある言葉が紡がれた。
「……だ、ダレですか……」
「は、はぁ、!? 言うに事欠いて出る言葉がそれですの!?」
本当に信じられる発言ではなく、セラフィアは思わず反射的に言葉を返してしまった。
せめて、………せめて、だ。
もし、悪魔らしく上から物事を言ってくるのであれば驚きはしなかった。それが悪魔という上位的存在である、と先生たちから習っていたからその次の対応については予習できていたのである。
だが、この悪魔の発言は真逆だ。
一番大きな声が驚いた時に反射で漏れ出たもの。そこから自信なさげにボソボソとした話し方になっていくではないか。なんなら、最後の方には目を逸らされた。怖がっているようにも見える。というよりかは、現に、セラフィアが触れている顎から微かな振動が伝わってくる。
まるで、──まるで、市民に会った時のよう。
そう、セラフィアは思った。
横暴というレッテルを貼ることはとても楽であるらしい。
言うことを聞いていればいい。ただ少しでも醜い態度を取れば刑罰を与えられる。そんなことを一度たりともしたことはないというのに、噂はずっと、一人歩きをしていたから、街の人々には、目が合う度に怯えられていた。
貴族という立場ならば、それも受け入れるというものだ。もし変えたいのであれば、個人個人に何か言うものではない。自然と言われなくなるように行動すべきだ。
だが。
──お前は私と同じ立場だろう──!!!
何故、同じ立場ですらなく、むしろ上の立場であるだろう悪魔に同じことをされなくてはいけないのか。
まだ同じ立場なら許せる。だが、上に立つのなら、それ相応でいて欲しいのだ。他人を変えられないとかではない。これは、義務だ。義務を放棄している者に教えて何が悪いのか。
「悪魔なら、それくらい簡単に調べられるのではなくって」
「え、ぇ、……」
「私が人間なことくらいは分かりますでしょう」
少しでもプライドが高い悪魔なら、怒りの余りセラフィアの喉元を掻き切るだろう。だが、それくらいはやってもらわないとこちらの怒りが収まらなかったから、皮肉を言った。……否、そのつもりだった。
「っ、人間!?」
「は?」
あろうことか、悪魔は緑色の瞳をまん丸くさせて驚いている。意外と瞳は大きいらしい。違う、現実逃避をしている場合ではない。
「な、なんで、ここに人間がいるんですか……」
「なんでって、……あ」
「ここは、」
相も変わらず怯えた敬語で話してくるそれに苛つくよりも先に、気づいてしまったのだ。
雨が降っていない。降り終わったのではない。この空間では、元から雨など降っていなかったのだ。
陽の光だって、夕焼けではない。正午を過ぎたくらいの高さをしている。
「ここは、精霊界、なんですが……」
お読み頂き誠にありがとうございます!
前作から時間がだいぶ過ぎてしまいました、、、
1日ひとつ更新していきたいなと考えております。
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