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婚約破棄された悪役令嬢は悪魔を飼う  作者: のくと
第1章:悪魔を拾いました

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悪魔との出会い①︰脱走

※第8話から悪役令嬢の本領発揮!(ドパガキ用の今北産業あり)

※悪魔との出会いは④までが1話目です






 それは、ざあざあと雨の音が一際煩く耳に届く、夏の終わりの日。

 セラフィアは、はじめて修道院から逃げようとしたその日に、何かが捨てられていることに気が付いた。




 今まで雨の日に、一人で外に出歩いた試しは無い。なぜなら、セラフィアは公爵家の跡取り娘だからだ。

 三人姉妹の長女であるセラフィアは、花よ蝶よと育てられた。息子が産まれるまで頑張る予定であった母は、三女を産んだところで身体に限界が来て諦めたからである。

 雨の日にどうしても外出をしたい時は、侍女に傘を持たせていた。木の柄の傘は、長時間持つと手が擦れて痛くなる。それに、何か荷物を持つのは重いから御免だった。


 だから、雨に打たれたことなど人生に一度たりともない。否、躾のなっていない侍女が、風の吹く位置を誤ったせいで服に掛かったことはあったが、厳しく言ってからは問題なくなった。


 そんなセラフィアが修道院から、こんな雨の日に逃げ出そうとした理由は、もちろん大事に決まっている。

 

 食事が、余りにも質素なのだ。

 

 昼の食事だけは少し豪華を装っているようだが、セラフィアの目は誤魔化せない。

 本来なら、ロースト肉が出されるところを煮込んだ鶏肉しか毎日出されない。月一のご馳走だぞと渡されたのが、煮た豚肉だった時の衝撃は誰が分かってくれるのだろうか。

 スープの味付けだって塩分を抑えるためにあえて薄くした味ではなく、量産するために薄くなっていった薄さである。味がない、という表現が正しいだろう。

 サラダだって、修道院の裏にある人参やほうれん草を使っていると言う癖に、渡されるのは売れ残りとしか思えない、種類もバラバラな細い野菜の盛り合わせだ。見掛けをどうこうしようというつもりすらないらしい。

 オマケに、その他渡される食べ物だって、豆のような物が腐っている食材に、チーズだって刻まれておらず手で持って食べてくださいと一個の塊として置かれている。


 貴族の生活より、修道院の方が厳しいとは分かっている。覚悟を持って入ったと誓おう。

 デザートにケーキを出されないことは覚悟していたし、皿だって木製の安いモノを渡されたとしても何も言わなかった。

 たまに家族に焼いた肉や果実水を送って貰えたから、それがあれば我慢くらい余裕だと思っていたのだ。


 だとしても、さすがに我慢の範疇を超えていた。

 セラフィアは人間なのだ。こんな料理はまるで、使用人未満ではないか。我が公爵家では使用人にこんな粗末なものなど与えたことなど、一度たりともない。


 それとも、修道院に入ったら皆、家畜になるのだろうか。


 家畜だから、渡された服がどんなボロ切れ同然だとしても何とも思わないのだろうか。


 修道院に入るものたちは鮮やかな色を好まないとは元から聞いている。だから黒や白を基調とした服のみなのだろうとは予想をしていた。

 だが、レースも宝石などの装飾が一切ない。刺繍は値段が張るだろうから仕方ないにしても、レースの一つくらいなら余裕だろうに。

 さらに、身体のほとんどを隠すような服の作り方。若い女性をなんだと思っているのだろうか。パーティの度に、体に顔に話し方にと、魅力を出せるもの全てを見せ付けてアピールをする、この体こそが武器だろうにそれを恥ずかしいと言わんばかりに隠させている。侮辱しているのだろうか。



 初めはしっかりと注意をした。修道院長に、直々に。

 何も言わずに逃げるなどという、格が落ちる行為をセラフィアはしない。

 

「こんなみっともない料理に服装。修道院の名が落ちるわよ」


 話を聞き入れるのならば、少しくらいの支援はしてもいいと思っていた。公爵家は、懐に入った者に対して手厚いのだ。

 というのに、幼い子供が癇癪を起こしているかのような苦笑いという侮辱を受けたのだ。「そうですねぇ」と、どうすれば相手を宥められるのかを探ることが見え見えのその言い方に、本気でブチ切れた。

 もちろん怒鳴るなんて暴力的なことはしない。ただ、興味を失っただけだ。ここにいる者たちには、改善をしようと思う心が欠落している。何を言っても変わらない者に、反応をするだけ無駄なのだ。


 ならばと次に取った行動は、仲間を見付けることだ。

 人間を動かす上で持たせる必要がある大事な感情は、自分が多数派であるという安心感、もしくは正しいことを自分が広めるんだという優越感のどちらかだ。

 きっと修道院長は、多数派でなくなることに不安を持っていたに違いない。特徴のない顔立ちをしているのも要素の一つだ。


 それを消してあげれば、安堵するだろう。最終的に、修道院にやってきた公爵家の私に対してこう思うはずだ。

 修道院に突如として現れた、救いの姫──と。


 まずは近しい仲間からだ。

 セラフィアと同じように、何らかの罰として修道院にやってきた仲間を探す。


 数人いたから声を掛けた。

 貴族が公爵家に声を掛けるのは中々ない。話し掛けられたら礼を言って、許可されたら話をするくらいなのだ。

 だから、セラフィア直々に許可を出そう。それくらいの気持ちでいた、というのに。


 全員に話し掛けて理解した。

 避けられている。

 それも、畏れ多くてではない。忌避してだ。


 彼女たちは、この修道院の環境に染まってしまったのだ。与えられた環境に慣れることを優先した。



 最後の、とある元令嬢に言われた言葉が刺さる。


「廃嫡されなかったご令嬢様は、言うことが違いますね」


 でも、慎んでお断りさせていただきます。続いて言われた言葉は、確かそんな感じだったか。やけに冷たい口調だったと覚えている。



 ここには誰も味方がいない。

 父も母も、手紙や食べ物を送ってはくれるがこの修道院にはいない。

 その理由は、セラフィアが失敗をしたからだ。


 昔から、騙すことが苦手だった。

 直球でやるべきことをやってしまっていた。

 だから致命的な間違いを犯して、セラフィアはここ(修道院)にいる。




 ならば、どうするか。


 この環境に慣れ、彼らのようにつまらない生き方をするか、抗うか。二択しかない。セラフィアには、もちろん後者の選択しかなかった。


 三週間前、家族に手紙を出した。

 遅くとも一週間くらいで手紙は届くから、さすがに今になって返事がないのは遅すぎる。

 なんなら手紙を出した一週間前には、ひと月に一回届けられるセラフィア用の食べ物は予定通りに届けられていた。


 何があったのか。もしかして、睨み合いを続けていた隣国との戦が遂に始まってしまったのだろうか。ここは自領とは真反対の辺境地だから、まだ報せが届いていないのも頷ける。


 三週間。

 それは、セラフィアが何もせず、じっと待った期間だ。どれだけ粗末な食事と服だろうが文句一つ言わずに耐え切った。

 だがもう、限界だ。


 若い女性の生涯は短い。あっという間に武器はなくなる。それまでに公爵家として出来ることをしなければいけないのだ。

 待っている時間はない。



 だから逃げ出した。

 雨の日を狙って行動した。何しろ、足音が大粒の雨音に掻き消される。カーテンだって締め切っている人が多い。


 濡れようと、公爵家に辿り着いた時に着替えを貰えば良い。

 若い女が一人で森を走るなど危ないにも程があるが、狙われない作戦がある。家族が、セラフィアを公爵家の人間として認めてくれているなら、安全な作戦が。


 二週間前。もう一通だけ手紙を送った。

 三週間経っても返事がないのなら、私は隣国へ続く山道に、大雨の日に行きますと。

 それは、家族からの返事がもっと欲しいと強請る為の軽い脅しのように書いたから、検閲官はあっさりと冗談と見誤ってくれた。



 修道院は牢獄ではないから、あっさりと外に出ることができる。

 表門と裏門があり、外に行くものは二つのどちらかを使うから、その門近くには大きな道が設置されている。

 セラフィアが使うのはその、どちらでもない。そのまま、森に続く方だ。たまに鹿が出るくらいだから対策用の仕切りは設置されていない。


 砂利道だから、足跡がつかなくて便利だった。


 数十分進んだところで、隣国との境が見える。

 大きな湖だ。もう少し近付けば、関所が見えてくるだろう。湖までがこの辺境地の領土だった。

 待ってくれるポイントとしては、湖のほとりだ。見晴らしが良い上に、ここの領主は湖を軽い観光地にしているから、馬車が止まっていようが不自然に思われない。



 探せば見付かるだろう。

 もしくは、もう少し経てばやってくるだろう。




 ……と思ったのに、来ない。



しばらく待った。



さらに、しばらく待った。



 ここに来た時は、黒い雲から幾分の光が漏れ出ていたのだが、今では地平線の縁まであと僅かだった。



 さすがに、公爵家たるもの、ここまで遅い到着予定になどしないだろう。

 淑女がいるのだ。むしろ半日くらいは使用人たちを待たせるくらいするべきだ。



 遠くで、狼の遠吠えが聞こえて恐怖で身がすくんだ。

 ここに狼は来ない。なのに、すぐ近くに待ち構えている気がする。



 ダメだ。そろそろ何処に向かうとしても、安心できるところに向かわなければいけない。

 ただ、諦め切れないセラフィアは、少しだけ森に進んだ。季節が夏で良かったと思う。服が濡れてもそこまで肌が寒くはならない。


 その結果、迷子になった。

 こんな失敗を犯すなんて思ってもなかった。だって、セラフィアはそんなに頭が悪くない。少なくとも自分自身でそう思っていた。

 感情的にはなっていた。なぜ、家族が来てくれないのかと。


 だから、あとほんの少し日が沈めば真っ暗闇になるくらいの時間に、森で迷子になったのだ。



 そうして、その陽の光が消えようとした、その時に──セラフィアは、森の片隅でボロ切れのように転がった悪魔を見付けたのである。






お読み頂き誠にありがとうございます!

1日ひとつ更新していきたいなと考えております。


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