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嘘つきは水曜日にやってくる  作者: 白川


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7/22

第7話 夜景

 その日の夜、藤代家の二階の窓辺で透はしばらく外を見ていた。

 ──午後十時十二分。

 模試の過去問のセットは机の上に広げたまま、ペンは置いていた。明日の自分が「進んでいない」と気づくに違いない。

 けれど、今夜はそれでよかった。

 窓の外はいつもの夜景だった。都内の真ん中ほどには派手ではない、けれど東京には違いない住宅街の夜景。低い屋根の連なりの向こう、遠くのオフィスビルの窓がいくつか光っていた。誰かがまだ働いている。誰かがまだ帰っていない。誰かがまだ明日のために机に向かっている。

 透はそういう、よその誰かの光をぼんやりと見た。

 父はもう書斎にこもっていた。

 母はもうたぶん寝室に入っていた。

 階下からはもう皿を洗う音は聞こえなかった。

 静かな夜だった。透は自分の指を額の上で軽く組んだ。


 ──水曜日に、最初の嘘を、ひとつ。


 何を嘘にするか。まだ決めていなかった。

 決めていないけれど『決めなければならない』ということだけ決まっていた。

 それは生徒会の議題でもないし、模試の課題でもなかったが、たしかに自分の今週の課題のひとつとして頭の中の一覧に新しく追加されていた。

 ──誰かと約束した。

 そういう感覚は初めてだった、と透は思った。

 父との約束はいつも、約束ではなく命令だった。蓮との約束はいつも、約束ではなく雑談だった。先生たちとの約束はいつも、約束ではなく業務だった。

 だが茉莉との約束はたぶん約束だった。

 二人で少しずつ話して結んだ約束。守らなくても誰にも怒られない。守らなくても誰にも気づかれない。守るかどうかは二人だけが知っている。そういう種類の約束を、透はたぶん生まれてはじめて結んだ。

 窓ガラスに自分の顔が薄く映った。

 映った顔は教室の『藤代くん』ではなかった。

 でも校舎裏の缶コーヒーを片手にした自分でもなかった。

 たぶんその中間の、まだ名前のついていない顔だった。

 透はガラスに映る自分の顔をしばらく見ていた。

 蝉の声はもう聞こえなかった。九月の半ばを過ぎて、ようやく鳴き終わったのかもしれない。


 ──水曜日。


 透はもう一度心の中でその三文字を思い浮かべた。

 街の灯がひとつだけ遠くで消えた。

お読みいただき、ありがとうございました。

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