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嘘つきは水曜日にやってくる  作者: 白川


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5/22

第5話 きっかけ

 翌週からの一週間、透は校舎裏に通った。

 通った、と意識して通ったわけではない。元からほぼ毎日通っていた場所だった。だがこれまでとはたぶん行き方の意味が少しだけ違っていた。

 ベンチには必ず茉莉がいた。

 いない日もあるかもしれない、と透は思っていた。だが月曜日も火曜日も水曜日も、茉莉はいた。先に来ていたり後から来たりタイミングは日によって違ったけれど、必ず会った。

 会話は最初短かった。


 月曜日。

「今日、暑い」

「うん」

 ──それで終わりだった。

 茉莉はジュースのストローを噛み、透は缶コーヒーを飲んだ。十分くらいただベンチに座って空を見ていた。それでも不思議と気詰まりではなかった。教室で誰かと十分間何も話さずに座っているのは透にとって苦痛だったが、ここではそれが苦痛ではなかった。


 火曜日。

「文化祭、何やるか決まった?」

 と、茉莉が聞いてきた。

「A組は、お化け屋敷」

「うわ、ベタ」

「お前のクラスは?」

「B組はカフェ。これもベタ」

「ベタ同士だな」

「ベタ同士」

 茉莉はほんの少しだけ笑った。

 笑い声は出さなかった。


 水曜日。

 雨が降っていた。

 校舎裏のベンチは屋根の張り出しの下にあるので、わずかには雨を避けられたが、それでもいつもよりは湿っていた。透はハンカチを取り出してベンチの座面を一度拭いた。

「拭くんだ」

「拭く」

「真面目」

「茉莉、お前は拭かないのか」

 透はその瞬間に、自分が「桐谷さん」ではなく「茉莉」と呼んだことに気づいた。気づいて訂正しようとして、訂正するのも変な気がしてそのままにした。

 茉莉もたぶん気づいた。

 だが何も言わなかった。

「あたしはハンカチ持ってない」

「持ってないのか」

「うん」

「貸そうか」

「いい。座る」

 茉莉は湿ったベンチの座面に構わず座った。スカートの裾を軽く払いながら座った。透はその様子を一秒だけ見て、自分が湿ったベンチを拭いたことをなんとなく後悔した。


 木曜日。

「藤代って、家、どっち方面」

「東の方。電車で三十分くらい」

「遠いね」

「お前は」

「あたしは近い。自転車。十五分」

「いいな」

「よくない。近すぎる」

 茉莉がそう言った時の口調の中にほんのわずか、刺のようなものがあった。

 透はそれを聞き取ったが、聞き取ったということを口にはしなかった。


 金曜日。

 ──九月十二日。

 一週間が過ぎていた。

 ベンチの上で二人で並んで空を見ていた。九月の空はもう夏のものではなかった。雲が夏よりも高い場所に浮いていた。蝉の声はまだ少しだけ残っていたが、もう主役ではなかった。

 茉莉が足を組み替えた。

「藤代」

 と、呼ばれた。

 「藤代くん」ではなく「藤代」と呼ばれた。透はそれに半秒だけ反応が遅れた。遅れたが答えた。

「うん」

「あのさ。教室のあたしと、ここのあたしと、どっちが本物だと思う?」

 透は缶コーヒーを口元で止めた。

 止めたまま考えた。

 考えた時間はたぶん五秒くらい。

「両方、お前」

 と、答えた。

「ずるい答え」

「ずるくない。両方お前で、両方嘘」

「両方嘘」

 茉莉が繰り返した。

「うん」

 透はようやく缶コーヒーを口に運んだ。

 茉莉はストローを噛む手をしばらく止めた。それから何かを決めたようにジュースの紙パックをぐしゃっと潰した。中身はもうほとんど残っていなかった。

「あたし、ちょっと、考えがあるんだけど」

 と、茉莉は言った。

 透は横顔で頷いた。

 茉莉はすぐには続けなかった。

「でも、今日はやめとく」

「やめとくのかよ」

「うん。月曜日、晴れたら言う」

「雨なら?」

「雨でも言う」

「じゃあ、いつでも言うじゃないか」

「うん。──いつでも言うけど、月曜日に言う」

 透はそれ以上追及しなかった。

 茉莉はたぶん何かの覚悟を整えるのに土日を必要としているのだろう、となんとなくそう思った。

お読みいただき、ありがとうございました。

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