第二章 パスケース エピソード4
「今日は、皆さんに会いに、特別ゲストが来てくれましたよ」
賑やかな音楽とともに、ホールからアナウンスが聞こえてきた。「特別ゲストだなんて、まるで有名人になった気分……」にはなれずに、なんだか恥ずかしい。
それでも、司会進行役の人は、饒舌に場の雰囲気を盛り上げようと必死のようだったので、ホールの隣の部屋で控えていた私は、仕方なく覚悟を決める。
「それでは、ご登場いただきましょう。我らが待ち望んだサンタクロースさ~ん」
「メリークリスマス」
そう言って、私は大きなビニール袋を肩に背負いながら、手をいっぱいに振る。目の前には、車いすに乗った大勢の高齢者たち。クリスマスを待ち侘びていたのか、頭に紙製のとんがり帽子を被り、手芸用の綿で付け髭をしている人もいる。
そう、ここは地域の特別養護老人ホーム。震災の資料館で出会った語り部の女性から、ボランティアを始めてみないかと、勧められたのだった。恐る恐る行ってみたところ、時期が時期だけに近々開催するホーム挙げてのクリスマス会で、サンタクロースをしてくれないかと頼まれたのだ。
長い利用者では、何年もホームからほとんど外に出ずに過ごしている人もいて、そうした人々にとってはちょっとした変化でも、日々の生活に活力が出るのだという。
そんなことをいきなり聞かされたものだから、私は断ることができずに、今日こうしてサンタクロースの衣装を身にまとって、利用者さんたちの前に出てみたものの、はて、どうしたものかと、早くも私は思い悩む。なにしろ、クリスマス会の大半の時間を、私一人に任されたのだから。
おじいちゃん、おばあちゃんでも答えられそうな、果物当てクイズや歴史上の人名当てクイズを出題したり、小学校のときに習った童謡をみんなで合唱したりと、戸惑いながらも私なりに考えてきたことを披露してきたけれど、利用者さんたちは突然乱入した私をすぐに受け入れてくれて、いつしか私は孫のように可愛がられる始末。
クリスマス会自体は、何とか予定していた時間を持たせて、大盛況とまではいかないけれど、和やかな雰囲気で終えることができた。とりあえず、今日の任務達成。だけど、終わった後も何人かの利用者さんが私のことを離してくれなかった。まっ、私も、その後の予定はなかったし、利用者の人たちから、手品やあやとりなどを教えてもらえたので、いつしか私自身が楽しんでいたのだったが……。
「お疲れ様。今日は、ありがとう。大盛況だったわね」
ようやく利用者さんたちと別れて詰所に戻った私に、そう声をかけてきたのは、この特別養護老人ホームの施設長の女性だった。
「いえ、すみません。もっとサンタクロースらしいことをやりたかったんですけど……」
そう言って、私はサンタクロースの着ぐるみのままだったことに気づいて、とっさに帽子を脱ぐ。
「いいえ、よかったわよ。あんなに利用者さんたちが笑っているのを、ここ最近見たことがなかったから。若いってやっぱりいいわね。私たちなんて、仕事に追われるばかりの毎日だから……」
「いえ……」
こういう場合、どう答えたらいいのかがわからなくて、とりあえず愛想笑いを浮かべてみる。
「それよりも、クリスマス会の後、ずっと武田さんの相手をしてくれていたけど、同じ話を聞くのは大変だったでしょ」
利用者さん一人ひとりの名前まではわからなかったが、施設長の女性が「同じ話を聞くのは」と言ったので、それがどの人のことを指しているのかはすぐにわかった。
「若い頃、両親がされていた食堂で働いていたって話されていました。そこにやって来るお客さんと恋に落ちたとかで……」
私が話している武田さんとは、クリスマス会の後で、私に話しかけてきた利用者さんの一人だった。ホームでの生活のことはよくわからないけど、明るい感じの服装をしていたので、きっと若い頃からそうだったんだろうなと想像していた。
「武田さん、いつもそうなのよ。誰かを見つけては、恋に落ちた男性と駆け落ちしたことを、懐かしそうに話しているの。結局、両親に反対されたままその男性とは一緒になられて、幸せに暮らされていたようだけど、震災でご主人を亡くされてね。そのショックで、体調を崩されて……」
施設長の女性は何げなく『震災』という言葉を使ったが、こんなところでもその言葉が出てきて、私はほんの少し怯んでしまった。武田さんに、どんなことがあったのはわからないけど、愛していた人が一瞬にして亡くなってしまって、さぞかし無念だっただろう。
「武田さん、何度も好きになった人と一緒になったときのことをお話しされていて、幸せだったんだろうなって思いました」
「齢を取ると、みんなそうなの。最近のことはきれいさっぱり忘れてしまうけれど、若い頃のことは、不思議にも心に残っているのよね。本当は、もっとゆっくりお話を聞いて、『そんなことがあったんですね』って、頷いてあげたいんだけど……」
施設長の女性は、目を細めながらそう言って腕時計に目を遣った。
「あら、いけない。私、これから会議に出なきゃいけないの。今日は盛り上げてくれて助かったわ。ありがとう。これからも、よろしく頼むわね」
そう笑顔で言い残して、今度は血相をかいて詰所を後にしていった。笑顔を浮かべたかと思うと、神妙な面持ちで話したり……その様子はまるで役者のようだった。それだけ、責任の重い仕事なのだろう。そんな女性の後ろ姿を眺めていて、仕事をすることの大変さややりがいのようなものを、ほんの少しだけ感じることができたような気がした。




