第一章 陽茉莉 エピソード2
私が通っているのは、家から電車で三駅ほど行ったところにある、私立の共学校。数ある学校の中からそこを選んだのは、進学実績が良かったのと、制服が可愛かったから。ネイビーのブレザーにひと際大きなストライプのリボン、そしてブルーのチェックのスカートは、有名デザイナーがプロデュースしたもので、街で制服姿の女子高生を見ていて、憧れていた。
両親は、自転車で行ける距離にある公立の進学校を勧めてきたけど、私があまりに行きたいと言うものだから、アルバイトはせずに学校が終わったらすぐに帰って来るという条件付きで、通わせてもらうことになった。一人娘だから何かと心配なのはわかるけれど、いつまでも子供じゃないんだから、そろそろ自由にさせて欲しい。とは言っても、勉強のことや友達のことで悩んだりしたときは、今でもお母さんに話を聞いてもらっている。他の同級生たちもそうなのかも知れないけど、身近な存在として一番頼りになって気軽に相談できるのは、やっぱりお母さん。わざと避けていたかと思うと次の日には母の胸の中で泣いていて、自分でももっとしっかりしないといけないと思うけど、自分がどうしていきたいのかがわからない。何か、一生懸命になれることを見つけて、早く独り立ちがしたい。
いつもと変わりなく過ごしていたある日の放課後、クラスメイトで友人の彩香が、一緒に帰ろうと誘ってきた。この彩香、いつもはバレーボールの部活動に忙しく、部活動をしていない私と帰りが一緒になることはなかったのだが、この日は活動場所の体育館が工事で使えないからと、部活動が急きょ中止になったらしい。
そうやって、並んで帰る駅までの道。
「ねぇ、陽茉莉は、進路とか決めてるの?」
徐に彩香が口にした言葉で、私はドキッとした。
「えっ、うん……よくわからないかな……」
俯き加減で答えた私。実は、この日のホームルームで、担任の先生から、近々面談を行うので、そのときまでにある程度、具体的に進路を考えておくようにと言われたのだ。高校二年生も折り返し地点に差しかかって、嫌でも『進路』という言葉を聞く機会が増えてきた。先生からは、「大学入試までおよそ一年しかない。一年もあると思うな」と、発破をかけられたので、彩香がそう切り出したのだろう。
「私ね、教育学部を受けようかと思っているの」
「えっ?」
彩香のその言葉に、私は十五センチほど背の高い彼女を見上げてしまった。目を丸くして驚いたのは、今までそんなことを聞いたことがなかったから。中学のときからバレーボールをやっていて、大学に入ってからもバレーボールを続けられるところに行けたらという具合に、それとなく将来の展望を聞いていただけだった。その彩香がここにきて、具体的に学部の名前を出してきたのだ。一体、どういう心境の変化があったのだろうか。
彩香は、セミロングの黒髪をさっと掻き分ける仕草をすると、前を見つめながら打ち明けた。
「実は、私、中学生のときから地元でボランティアをやっているんだ。ボランティアと言っても、休みの日に地元の子供たちと一緒に工作をしたり、外で一緒に遊んだりしているだけなんだけど、子供たち、ものすごく可愛らしくてさ。一緒にいる私の方がなんだか元気をもらっちゃって……子供たちとずっと一緒にいたいと思ったの。学校の先生なら、それができるでしょ。だから、教育学部を目ざすことにしたんだ」
「そっ、そうなんだ……」
バレーボール一筋みたいな彩香が、ボランティアをやっていることも驚きだったが、学校の先生という具体的な職業の名前まで出してきたことが意外だった。
「そのボランティア先で知り合った人がね、まるで学校の担任の先生みたいな人で、私の話をいつも真剣に聞いてくれるの。それでね、私が将来のことで悩んでいることを知って、こう言ってくれたんだ。『自分の未来は、遠いところにあるのではなくて、あなたのすぐそばにあるよ』って」
「私のそばにある?」
「そう。私も、最初、聞いたときはその人が言っている意味がよくわからなかった。だけどね、子供たちと夢中で過ごしているうちに、私自身が楽しんでいることに気づいたんだ。子供たちを楽しませるためにボランティアをやっているのに、私が楽しんでいるなんて、なんだか変でしょ」
「うんん、そんなことはないと思うけど……」
そう答えて、また彩香の横顔を見上げる。その整った目鼻立ちの顔に西日が当たって、輪郭が浮き上がって見えていた。
「でもね、楽しいと思えることが仕事になれば素敵だなと思った。そりゃ、私が思っているほど、楽な仕事ではないかも知れないけど、子供たちのためにもっと自分にできることはないかなって考えていたら、辛くてしんどい仕事でも、さらに充実したものに変えられるんじゃないかなって思うの」
「うん……」
「だからね、どんなことでもいいと思う。立派になるとか、しっかりやらないといけないとか、そんなことは考えないで、陽茉莉のまわりを見わたしてみて、これなら私のペースでできそうかなとか、私だったらこうするかなとか、ほんの少しでも興味が持てることを見つけるといいよ。こう言う私も、その人から教えてもらったことだから……」
私の方を振り向いた彩香は、ニッコリ笑った。
「興味を持てることかぁ……」
私は、彩香が言ったことをいつまでも反芻する。反芻しながら、私が興味を持てることってどんなことだろうと、身のまわりを思い浮かべてみた。う~ん、何も浮かばない。
「はい、この話はこれでおしまい」
彩香が話を一区切りさせるようにわざと明るい声で言うと、私たちはいつものように、他愛ない話で盛り上がった。お互いの好きな男の子の話になったときは、私は密かに心を寄せていた、隣のクラスの男の子のことを打ち明けた。最近、彼女ができたらしいことを、明るい調子で。
それに対して彩香は、優しい口調でこう言った。
「大丈夫。一生懸命頑張っていたら、誰かが陽茉莉のことを、ちゃんと見ていてくれるよ」
彩香って、どうしていつもこんなにも前向きなんだろう。何かを一生懸命頑張ったり、新しいことを迷いなく始めてみたり……きっと毎日が楽しくて仕方がないんだろうなぁ。それに比べて私って……。だめだめ、そんなことを考えたら、また暗い気持ちになってしまう。
私は、いつも前向きで元気を分け与えてくれる彩香に対して、ほんの少しばかり嫉妬しながらも、
「そうだね。ありがとう」
と言って、微笑み返したのだった。




