第三章 おばあちゃん エピソード4
私の十七歳の誕生日は、ごく普通の平日だった。私は学校があったし、母は一日パートに出かけていた。父は、単身赴任に出たままだし、祖母は、自分の部屋に籠ったまま。なんだか、同じ家族なのに、みんな離ればなれ。事情はわかるけど、なんだか寂しい。
そんな私のために、母はパートの帰りにケーキを買ってきてくれた。いつも食べているショートケーキではなくて、イチゴのホールのケーキ。祖母を呼んで三人でお祝いして欲しかったけど、祖母は「私が一緒だと邪魔になるでしょ」と言って、自分の部屋に引っ込んでしまった。
「もう、おばあちゃんったら。せっかくの陽茉莉の誕生日だと言うのに……」
母は、そんな祖母のことを面倒くさそうに思っていたようだが、私にはなんとなく祖母の気持ちがわかるような気がする。だから私は、
「後で私が、おばあちゃんの部屋にケーキを持って行ってあげるよ」
と言って、母をなだめたのだった。
「ハッピーバースデー トゥユー……」
母と二人で口ずさんで、私がローソクを消す。さすがに十七本のローソクは多すぎるので、省略して四本にした。そう、今の私の家族の人数分。
「う~ん、美味しい」
カットのケーキとは違って、ホールのケーキはイチゴがふんだんに使われていて、食べ応えがあった。
「お母さん、私のために、祝ってくれてありがとう」
仕事で疲れているはずなのに、私のために笑顔を振りまいてくれている母に向かって、私は気恥ずかしく思いながらも、素直にそう伝える。こうやって、母に私の誕生日を祝ってもらえることなんて、あと何回残されているだろうか。そう思ったら、なんだか寂しくなってきて、私は自然にあふれてくる涙を堪えるのに必死だった。
「何を言ってるのよ……。今日は陽茉莉の誕生日だから、お祝いするのは当然でしょ」
そう言い返しながらも、母は私が俯き加減の理由がわかったのか、
「陽茉莉はいつまでもお母さんの娘よ。この先、辛いことがあったり悲しいことがあったりしたときは、いつだってお母さんの元に帰ってきて涙を流したらいいんだからね」
と言って、私の頭をそっと撫でてくれた。その腕は、これまでに感じたことがなかったほど、優しくて暖かかった。そして、他のどんなことよりも心強かった。
それから、どれだけの時間が経っただろうか。ケーキを食べ終わって、母がお皿を片づけ始めたとき、その母の背中に向かって私は徐に口を開いた。
「ねぇ、お母さん、おばあちゃんのことだけどさ」
「えっ、おばあちゃんのこと?」
何を訊くのかと、母は動かしていた手をほんの一瞬止めて身構えたようだったが、すぐに水道の蛇口のレバーを上げて、お皿を洗い始めた。
「おばあちゃんって、山手学院大学を卒業したの?」
「えっ?」という驚きの声が、一瞬母の口から漏れたような気がしたが、次の瞬間には、
「確かそんなことを前に聞いたように思うけど、それがどうかしたの?」
と、普段通りの声で訊き返す。
「うんん、特に深い意味はないんだ。前におばあちゃんの姿をオープンキャンパスで見たって話したでしょ。もしも、おばあちゃんが山手学院大学の卒業生なら、そこにいてもおかしくはないかなって思っただけ。ほら、母校を懐かしく思って、ふと行ってみたくなるときがあるじゃない」
「なるほど、そういうことね。おばあちゃん、若い頃のことはほとんどお母さんに話してくれなかったから、どんな学生生活を送っていたのかはわからないけど、今でもふらりと立ち寄っているのなら、何か思い入れがあるのかも知れないわね」
母のその言葉のニュアンスからは、どうやら祖母は母にも学生の頃のことを話していなさそう。学生の頃に、祖母にとって何か特別なことがあったというのだろうか。
私はもう一つ、母に疑問をぶつけてみた。それは、祖母と早くに亡くなったという祖父との馴れ初めのこと。祖母が、若かりし日々の思い出を辿って行動していたとすれば、その理由を探るうえでどうしても知っておかなければならないことだった。
「それなら、おじいちゃんも、山手学院大学に通っていて、そこでおばあちゃんと知り合ったのかな。もしもそうだったら、なんだかロマンチックだと思ったから……」
それに対して、母はきっぱりと首を横に振った。
「うんん、陽茉莉のおじいちゃんは、大学には行かずに家業の雑貨店を継いでいたの。これはお母さんの想像だけど、おじいちゃんとはお見合いをしたんだと思う。今とは違ってその当時は、見合いで結婚するのが割と多かったみたいだから。だけど、結局、おじいちゃんが継いだお店は、おじいちゃんが事故で亡くなって、すぐに閉めることになったみたいだけどね」
「そっ、そうだったんだ……」
祖父が事故に遭って亡くなったのは、母がまだ幼かったときのことだと聞いていたから、一家の大黒柱をなくし、店も手放すことになった祖母は、さぞかし苦労を重ねたことだろう。その祖母が今になって、眩い日々の面影を追って、思い出の地を巡っているとしても不思議ではなかった。
「だから、おばあちゃんは、女手一つでお母さんを育ててくれたの。当時は、母子家庭はまだ珍しかったから、まわりから色々言われて、辛い思いをしていたんだと思う。お母さんには決して打ち明けなかったけどね。おばあちゃんは強い人なのよ。決してお母さんの前で涙を見せない人だった。だから、今もああやって、『誰の世話にもなりたくない』と強がっているだけなのよ」
どうやら、母にはそのように映っているようだ。それ以上、母と話していると、祖母のネガティブな側面ばかりが見えてきそうで、私はなんだかその場を離れたくなった。
「私、おばあちゃんにケーキを持って行くついでに、おばあちゃんの様子を見てくるね」
母にそう告げると、「あら、そう……」と口にして、訝しげな視線を送ってくる母の元を、私は逃げるように立ち去ったのだった。




