第三章 おばあちゃん エピソード3
電車の進行方向右手に六甲の山並みが広がり、左側の窓からは、建物や工場の合間から、海が見渡せる。神戸は山と海に囲まれた街だとよく言われるけれど、電車に乗って景色を眺めていたらそれが手に取るようにわかる。
正午に差しかかる前の、土曜日の電車の中は空いていた。私が飛び乗ったのは各駅停車。ちょっとの差で特急に乗り遅れてしまったので、仕方なく停まっていた電車に乗ったのだが、駅まで自転車を飛ばしたおかげで、この分だとどうにかお茶会には間に合いそう。
私は、座席に背中をもたれて、窓の外をぼんやり眺めている。そして頭の中にあるのは、さっき祖母の部屋の中で見かけた、あの彩香とお揃いのネックレスのこと。
どうも、祖母と彩香が繋がっているような気がする。もしも繋がっているとしたら、それはやはり、彩香がボランティアをしている図書館でのことだろうか。
あれはいつだったか、祖母が珍しく私の友達のことを訊いてきたことがあった。単に孫の私がどんな友人と付き合っているのかが、気になっただけのことだろうが、私は祖母と話ができることが嬉しくて、つい彩香のことを口走ってしまった。彩香が宝塚に住んでいて、地元でボランティアをしていると話していたことも。
それに対して、祖母は「今どきボランティアをするなんて、珍しい子だね」と感心したようで、どんな子なのかを事細かに訊いてきたのだ。高校でバレーボールをやっていることや、学校の先生を目ざしていることなど、私は彩香のことで知っていることを全部話したと思う。その中で、彩香が実のおばあちゃんと、何かの事情で離ればなれになっていることも話した。事実、それは彩香から聞いていたことだったから。
その祖母が、どうやら彩香と会っているようだ。図書館のボランティア仲間として。あのパスケースの中のICカードの履歴にあった宝塚の駅名は、祖母が彩香に会いに行ったときに記録されたものだろう。そう考えると、ICカードの謎が解ける。
それにしても、祖母がどうして、赤の他人である彩香の誕生日に、高価なネックレスをプレゼントしたりしたのだろうか。しかも、オーダーメイドのネックレスを。
そのとき私の脳裏に、施設長の女性から聞いた言葉が蘇った。
「齢を取ると、みんなそうなの。最近のことはきれいさっぱり忘れてしまうけれど、若い頃のことは、不思議にも心に残っているのよね」
私が、利用者の武田さんの話を繰り返し聞いていたのを引き合いにして、施設長の女性がそう語っていたのだが、もしも祖母が若い頃の思い出を辿って、彩香に会っていたとしたらどうだろう。その何と言うか、彩香のおばあちゃんに関することで。
「えっ、彩香のおばあちゃん?」
自分で思いついておきながら、自分で驚いてしまった。
そう、彩香が、事情があって離ればなれになったというおばあちゃんのこと。自分でも、かなり無理のあることを考えていることはわかっているけれど、一度考え始めたら止まらなくなってしまっていた。
もしかして、私の祖母が、彩香の実のおばあちゃんだったとしたらどうだろう……。私は、流れゆく景色に、想像を重ねてみる。
私から彩香の話を聞いた祖母は、もしやと思った。事情があって祖母と離ればなれになってしまった人なんて、この世にいくらでもいるだろうけど、ずっとそのことが祖母の頭の中に悔恨の一ページとして残っていたとしたら、ほんの少しの可能性でも、祖母は彩香に会いに行こうと思ったのではないだろうか。
私は祖母に、彩香が地元でボランティアをしていると話していたので、市のボランティアセンターか何かに問い合わせたのだろう。そこで、彩香が図書館のボランティアを新たに始めることがわかった。本が好きだった祖母である。祖母もボランティアとして、図書館に関わることになったのではないだろうか。
初めて彩香に会った祖母は、どうしただろう。まさか、私が今推理したようなことを彩香に打ち明けたとは考えにくいが、なんとなく自分の若い頃の合わせ鏡のような彩香の姿を見て、祖母はビビッときたのではないだろうか。そう、彩香と祖母は、顔立ちがよく似ているのだ。
彩香は、一緒にボランティアをしている女性が、自分のことをよく気かけてくれているように話していた。学校の勉強のことや、将来のことも相談に乗ってもらっていて、彩香自身が随分心を許しているよう。だけどそれは、単なるボランティア仲間としてのつながりではなくて、血の繋がった祖母と孫という間柄ゆえのものではないだろうか。
だから、彩香の誕生日プレゼントのネックレスなのだ。高価なものをプレゼントすることで、これまで離ればなれになってしまった時間の隔たりを、祖母が埋め合わせようとしていたのではないだろうか。
自分でも、無茶なことを想像していることはわかっている。だけど、それがもしも本当のことなら、私と彩香は血の繋がった者同士ということになる。いわば、私自身の生い立ちに関わる重要なこと。私の存在自体がまるっきりひっくり返ってしまうほどのこと。
到底、母には相談できることではなかった。母自身が、そんなことを考えたこともなかっただろうから。だけど、私一人で抱えるには、荷が重たすぎる。どうしたらいいのだろう。
そのとき、ふと思ったのは、さっき祖母の部屋の中で見つけたもう一つのネックレス。彩香とお揃いのもの。
「あれって、おばあちゃん、どうしようとしていたんだろう……」
偶然にも、あと少しで私の十七歳の誕生日やってくる。すべては、私の想像の産物。慌てて先走ってしまっては、良い結果にはならないと思った。そのときまで待っていよう。
徐々に近づいてくる青の景色を窓越しに眺めながら、私はそう決めたのだった。




