胸を張って
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side 皇遥
クロは私達の横を通り過ぎていく。
ショウくんもシンヤくんも、その姿を見送るだけで声をかけようとはしない。
ただ、クロを見送るその瞳には、強い信頼の色を宿している。
クロなら必ず何とかしてくれる。
そんな心の声が聞こえてくるくらい、真っ直ぐで強い視線を、2人はクロに向けていた。
「覆面君、かっこいい登場の所悪いんだけど、部外者はどこかに行ってくんないかな?」
口調こそ普段通りなものの、ミナトさんの顔に笑みはない。
それは他のメンバーも同じで、突然現れたクロに対し、全員が敵意のこもった視線を向けている。
トップランカーの威圧。
離れた所にいる私でも、押し潰されちゃいそうな程 強い視線。
なのにクロは、そんな視線なんかものともせず、ミナトさん達を見据え、言い放つ。
「......ショウやシンヤは顔見知りで、ハルカはうちのギルドのメンバーだ。
もし、これ以上お前達が何かをするつもりなら、今度は俺が相手をしてやる」
怒りを宿した強い口調。
普段あまり感情を表に出さないクロが、私達の為に怒りをあらわにしている。
そんな姿を、嬉しいと思う反面、不安が的中してしまったことに胸が騒ぎ始める。
やっぱり、クロは一人で戦うつもりなんだ。
そんな気はしていた。
だから言わないようにしていたのに。
私はクロのもとへと駆け出す。
止めなきゃ。
いくらクロでも、全員を相手にするなんて無茶だよ。
「クロ、待って......」
だけど、そんな私の声はミナトさんに遮られる。
「あのさ、カッコつけるのは別にいいけど、それ、俺らのこと知ってて言ってんの?」
っ......
凄みの利いた声に、思わず息を飲んだ。
自分が言われた訳じゃないのに、息ができないくらいの圧迫感に襲われる。
なのに、そんな中にいても、クロは平然と会話を続ける。
「【GENESIS】だろ? 今のランキングは確か5位だったか」
「......へぇ、知ってて俺らに喧嘩を売ってるってわけね。おもしろいじゃん」
クロの返事を聞いて、ミナトさんが不敵な笑みを浮かべる。
「なら、覆面君のギルド教えてよ。ハルカちゃんがいるギルドなら、どっちにしろ挨拶に行くことになるだろうし」
慣れた感じの言い方に聞こえた。
たぶんナオ達以外の所でも、散々似たようなことをしてきたんだとわかる言い方。
だけど今回は、ミナトさんの思い通りには絶対ならない。
だって私のいるギルドは......
「【太陽と月】だ。ちなみに挨拶に来る必要はない。ハルカを渡すつもりはないからな」
「......は?」
GENESISのメンバー全員が目を見開く。
それもそのはずで、クロが口にしたのは超有名ギルドの名前。
驚かない方がおかしい。
だけど、次のミナトさんの問いかけで状況が一変する。
「......じゃあさ、覆面君の名前って、もしかして」
「......クロだ」
その瞬間、GENESISから笑いが起こった。
「マジで? 覆面君、あの役立たずだったの?
なのに、あんなにイキり散らして、ま、待って、腹イテェ......」
ミナトさんはお腹を抱えて笑い始める。
そして他のメンバーも、クロに嘲笑の目を向けながら口々に罵り始める。
「ギルドの役立たずがよくでかい口叩けたな」
「ランカー最弱は身の程も知らねぇのかよ」
「役立たず君、悔しかったら何か言い返してみなよ」
「無理無理、金魚のフンは、金魚がいないと何も言い返せないんだから」
暴言罵倒の雨がクロに降り注ぐ。
だけどクロは何も言い返さない。
ただ黙ってそれを聞いているだけ。
私は、その光景に悔しさを募らせる。
みんなクロのことを知らないから、そんなことが言えるんだ。
クロは本当はすごくて、そんなこと言えないくらい強いのに。
言い返したい。
だけど、言い返せない。
だってそれは、ただ火に油を注ぐ行為だから。
クロもそれがわかってるから、何も言い返さないでずっと黙っている。
わかってるよ。
わかってるけど。
やっぱり悔しいよ。
そして、何もできず俯く私に、ひとしきり笑ったミナトさんがその矛先を向ける。
「......それにしても、ハルカちゃんがあの太陽と月のメンバーだったなんて思わなかったよ。
ねぇ、なんで黙ってたのさ? 教えてくれればよかったのに」
「......言えるわけないじゃないですか」
私はミナトさんを睨みつける。
私が強くなるまでは内緒にするって約束だったし、ワタルさん達に迷惑がかかるのがわかってて話すわけがない。
ていうか、そもそも赤の他人のミナトさんなんかに、そんなこと話すわけない。
でも、そんな私の心の声は、当然ミナトさんには届かなくて。
「なんで? 後ろ暗いことでもあるの?」
「......そんなものありません」
そう思われても仕方ないとは思うけど、後ろ暗いことなんて何一つない。
だけどミナトさんは、私の言葉なんか一切信じていないかのように、目を細めてニタリと笑う。
「もしかしてハルカちゃん、体売って入ったの?」
「なっ......」
予想してなかった悪意ある口撃に、返す言葉を失う。
そんな私の様子を愉悦の表情を浮かべながら、ミナトさんは嬉々として、その理由を話し始める。
「だっておかしいでしょ? 絶対に入れないって言われているギルドに、ハルカちゃんみたいな可愛いだけの初心者が入るなんてさ。どう考えたって普通じゃないと思わない?」
「っ......」
言い返すことができなかった。
だって、自分でも何で私? ってずっと思ってたから。
そして、その間にも悪意ある口撃は続く。
「ね? 図星だよね? じゃあ、誰とヤったの? 教えてよ」
「......そんなこと、してません」
だけど、今の私にはそう言うのが精一杯で。
悔しさを噛み締めて俯くことしかできなくて。
でも、そんな私にクロが優しく話しかける。
「......ハルカには才能と素質がある。だからギルドに誘ったんだ。それに、もしもハルカがあいつの言ったように見た目だけだったとしたら、ワタルや他のメンバーは絶対に頷かなかった。
だから自信を持って欲しい。ハルカは間違いなく太陽と月のメンバーだ」
「クロ......」
私なんかまだ全然弱くて、全然足りなくて、正直自信なんか持つことはできないけど。
でもクロが、私の憧れの人がそう言ってくれるなら、
「......うん、ありがとう」
私は太陽と月のメンバーだって、胸を張って言える気がする。
「えー、なにそのいい感じな雰囲気。もしかしてハルカちゃんの相手って、この役立たずなの?
それはさすがに見る目がないんじゃない?」
私達の様子を見ていたミナトさんが、へらへらと笑いながら、好き勝手なことを言ってくる。
だから私は、たった今 クロからもらった勇気を使い、ずっと抑え込んでいた気持ちをミナトさんにぶつける。
「クロを悪く言うのは止めてください。クロはすごく強いんです。本当に、あなたなんか足元にも及ばないくらい、ずっと、ずっと強いんです」
クロは誰にも負けない。
だってクロは世界で一番強いんだから。
「ねえハルカちゃん、言葉には気をつけないと。そんなこと言ったら、本当にこの役立たずとの関係を疑われちゃうよ?」
「だったら勝手にそう思えばいいです。誰になんて言われようと、私の気持ちは変わりませんから」
「はぁぁ。こりゃ相当重症だね。......まぁいいや、どうせすぐに現実がわかるだろうし」
大きく溜め息を吐いたミナトさんは、呆れの混じった表情のままクロへと顔を向ける。
「で、俺が相手をするとか言ってたけど、他のメンバーどこにもいないじゃん。どうすんの?
早くワタルに泣きついて土下座でもしてくれば?」
GENESISのメンバーから、また笑いが起こる。
だけどそれも、次のクロの言葉で静まり返ることになる。
「......何を言ってるんだ? お前達程度なら俺一人で十分だ。わざわざワタルや他のメンバーの力を借りる必要もない」
「は?」
一瞬の静寂。
そして、その言葉の意味を理解したGENESISのメンバー全員から、殺気のこもった視線がクロに注がれる。
「......おい役立たず、テメェ自分が何言ってんのかわかってんのか?」
凄みを利かせたミナトさんがクロに問いかける。
だけど、クロは一切動じない。
真正面からミナトさんに向け、言葉を放つ。
「もちろんだ。最初から言ってるはずだが、もう忘れたのか? 何度も言わせるな」
「......吐いた唾は飲めねえぞ?」
「当然だ。まとめてかかって来い」
お互いが一歩も譲らずに睨み合う。
そして、ミナトさんが口を開く。
「......上等だよ。なら後日 観客の前で、テメェを盛大に潰してやる。逃げんじゃねえぞ? 役立たず」
「もちろんだ。逃げる必要がないからな」
「チッ、忘れんなよ......行くぞ」
大きく舌打ちをしたミナトさんは、メンバーを引き連れ、鋭い眼光のまま私達の横を通り過ぎていく。
結局止められなかった。
私はクロの横顔を見つめ、俯く。
来てくれたのは嬉しい。
だけどクロを巻き込んで、あのGENESISと、しかも観客の前で一人で戦わせることを選ばせてしまった。
謝りたい。
クロに迷惑をかけたことを。
なのに声が出てこない。
だって、謝って済まされるようなことじゃないから。
でも、そんな私の耳に優しい声が届く。
「......ハルカ、そんな顔をするな」
見上げると、クロがこっちを見ていて、顔は見えないけど、確かに目が合ってる感覚はあって。
「クロ、私......っ」
何か言おうにも言葉が見つからない。
ただ唇を噛み締めるだけの私に、クロは話しかける。
「......大丈夫だ。俺は強いからな」
「え?」
意外過ぎるその言葉に疑問の声を上げると、クロはバツが悪そうに頬を掻いた。
「あ、いや......悪い。今のは忘れてくれ」
そう気まずそうに呟くクロを見て、自然と頬が緩んだ。
普段のクロはそんなこと言わない。
だからそれが私の為に言ってくれたってことがすぐにわかって、すごく嬉しくなった。
だから、
「......ううん、忘れない。でも、違うよ」
私は訂正する。
クロの言った言葉を。
「違う?......何が違うんだ?」
違うよ。
全然違う。
「クロは強いんじゃない。世界で一番強いんだよ」
クロの目を見つめて、気持ちが届くようにハッキリ伝える。
「......なるほど。それはすごいな」
返ってきたのは他人事みたいな反応。
でも、私の気持ちはちゃんとクロに伝わってるような気がした。
「でしょ! クロはすごいんだから!」
だからクロ、絶対負けないで。
その後、私達の所にやって来たナオ達3人に、さっきのミナトさん達とのやり取りを説明した。
事情を説明していく中で、自分達の手に負えないくらい話が大きくなってしまったことや、ワタルさん達、太陽と月に迷惑をかけてしまうことがわかるにつれ、3人の表情がどんどん深刻なものになっていく。
だけど、クロが最後に言った「ワタルも他のメンバーも、喜んで関わってくるだろうな」の言葉に、3人共 苦笑いを浮かべ、胸を撫で下ろしたようだった。
そしてナオ達からも、今までの出来事をクロに説明し終えると、今日は解散という流れになった。
「うちら寄るとこあるから、先帰るわー」
そう言ってナオは、ショウくんとシンヤくんを連れて、さっさと帰っていく。
クロに気づかれないように、ニヤリと笑った顔を見る限り、気を利かせてくれてのは間違いない。
「じゃあ、私達も行こっか」
ナオ達を見送った私は、隣にいるクロに話しかける。
だけどクロからは一向に返事が返ってこない。
「クロ? どうしたの?」
何か考えごと?
そんな気持ちで尋ねてみると、ようやく返事が返ってきた。
「......ハルカ、少し話せないか?」
え?
お読み頂きありがとうございました。




