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第三章 「決定打のステージ」前編②



「シリウスー!いないのー?シリウスー?」

扉をドンドン叩く音に、机に向かっていたシリウスはハッとして、そちらに身体を向けた。

(バーバラか? なんだ? こんな時間に……)

シリウスは眉をしかめて置き時計に目をやった。

時計の針は午後十時を指していた。

シリウスは自室の扉を開けた。

「どうした?何かあったのか?」

外にはバーバラが立っていた。

興奮しているのか、指を胸の前に組んで息を弾ませている。

「ちょっときてよ! シリウス! 見ものだよっ!!」

「……え? ……うわっ!」

バーバラはシリウスの腕を力強く掴み、廊下の奥へとズンズン進んだ。

「ど、どこ行くんだよっ!? そ、そっちはフランの部屋じゃないか!」

シリウスは慌ててバーバラに聞いた。

「そうだよ?」

「っ!? こんな時間に女性の部屋を訪ねるのは……ちょっと……っ」

「何を一丁前なこと言ってんの! アタシだっているんだから、大丈夫だって!」

ニコニコして言うバーバラに引きずられるがまま、シリウスはフランの部屋の前へとやってきた。

「フラン! 連れてきたよ! ……って、あれ?」

扉を開けたバーバラは、部屋に入ると、フランの姿を探した。

「…………っ」

シリウスは躊躇いながら中に入った。

「フランー! どこー?」

バーバラが呼びかけると、洗面所の扉がそっと開いた。

「……バ、バーバラ……シリウス、いるの……?」

赤い顔を覗かせたフランが、バーバラに聞いた。

「あ! なんだ、そんなとこにいたの? ほら! シリウスだよ! 早くその姿見せてあげなよ!」

「バ、バーバラっ!? だ、だめっ……待って……っ!」

バーバラはフランのところへ駆けていくと、強引に彼女を洗面所から引っ張り出した。

「…………っ!?」

シリウスはフランの姿に目を奪われた。

芸術祭で着るドレスを身にまとったフランは、シリウスの前に出ると、たまらなく恥ずかしそうに顔を真っ赤にした。

シルクサテンの光沢ある淡いブルーのドレスは、色白の彼女によく似合っていた。

胸元には、彼女の好きなリボンが大きく主張していて、周りの控えめなフリルが上品に寄り添っている。

「ね! ね! よく似合うでしょ? やっぱりこのブルーの色はフランにしか似合わないって!」

バーバラは腰に手を当て、得意げに頷いた。

「…………」

何も言わず、ボーッとフランに見惚れているシリウスに、バーバラは近寄って肘で突いた。

「ちょっと! 黙ってないで、何か一言フランに言ってやりなよね!」

シリウスはハッとした。

「ちょ、ちょっと待て! この姿を全校生徒に見せるのかっ!?」

シリウスは慌ててバーバラに言った。

「初等部と高等部の生徒もいるけど?」

しれっと答えるバーバラに、シリウスは首を振った。

「だ、駄目に決まってるだろ! こんな……っか、肩まで出して! こんなに露出してるドレスは、フランには似合わない!」

シリウスは赤い顔で、断固として反対した。

「…………」

似合わないと言われたフランは、シリウスを見てシュンとした。

バーバラは「わかってない」とため息をついた。

「アンタ、頑固じじいみたいなこと言うね……フランだからこのドレスが似合うんじゃないの」

「……へ?」

シリウスはキョトンとした。

「肌は見せてるけど、いやらしさなんて感じないでしょ?フランの清楚さが際立ってるし、アタシは凄くいいと思う。……肩や腕を隠しちゃうと、重たいイメージになっちゃうんだよね」

バーバラはフランの方へ歩み寄り、リボンを直しながら言った。

「……そ、そういうものなのか……?」

シリウスは眉をしかめた。

「ま、アンタのフランがみんなの前に晒されるのは、堪え難いことだと思うけどさ!」

「っ!?」

「……っ」

シリウスとフランは、ボッと顔を真っ赤にした。

「な、何言ってんだよ! オレはそんなこと一言も……っ」

「さっき、全校生徒の前で見せることを頑なに否定してたじゃないのさ。今更アタシに隠したって無駄だよ?アンタがフランのこと大好きだって、とっくにわかってんだから」

バーバラがイタズラに笑って言うのに、シリウスは何も返せず、赤い顔をそむけた。

「ね、フラン! だからシリウスに見てもらいたかったんだよね!」

「バ、バーバラ……っ」

フランは羞恥に耐えかねて背を向けた。

バーバラは二人の反応を楽しそうに見つめた。

「シリウス。フランのそばにきて、ちゃんとこの姿を褒めてあげてよね?」

バーバラは、ずっと視線をそむけているシリウスに、こっちにくるように促した。

「…………っ」

シリウスは、チラッとフランに目を向けると、足を一歩踏み出した。

「っ!?」

シリウスがこちらに近づいてくることに、フランはドキッと鼓動を高鳴らせた。

「……こっち向いてくれよ。フラン」

フランの元へきたシリウスが彼女に言った。

フランは胸に手を当て、ゆっくりと振り返った。

「……シリウス……」

赤く火照った顔のフランは、シリウスを見上げた。

シリウスはそんな彼女の顔を見ると、視線を下げて、ドレスに目をやった。

「……綺麗だ……フランによく似合ってる」

フランは恥ずかしさと嬉しさのあまり、うつむいた。

「……あ……ありがとう……。あなたに、見てほしかった……」

「…………っ」

彼女のあまりの可愛さに、シリウスは真っ赤になって言葉を詰まらせた。

二人の後ろでは、バーバラが「やれやれ」といった表情で、満足そうに腕を組んでいた。



芸術祭が目前に迫ったある日のことだった。


庭園から校舎に向かって歩くナタリーの姿があった。

怖い表情で周囲を睨み、興奮して顔は赤くなっている。

「一体どういうつもりですの!? このわたくしの迎えをすっぽかすなんてっ!!」

ナタリーは辺りをキョロキョロ見回した。

「少しここで休憩するって言ったじゃありませんの! 時間になっても来ないなんて! リドル……っ……見つけたらただじゃおきませんわよっ!!」

フランに嫌がらせをし、白月との激突があってから、黒陽の守護者の非協力的な態度が目立っていた。

……無理もない。

あれだけの悪事を働いた彼女に、一体誰が尽くすだろう。

因果応報――今まさに、本人の身に報いが訪れつつあった。

しかし、周囲が自分を避けていることなど、彼女にとっては些細な問題でしかなかった。

怒りながら校舎に向かっていたナタリーは、とある人物を目撃すると、とっさに並木裏に隠れた。

(……あら……意外な方のお出ましですわ……)

ナタリーの視線の先にいたのはフランだった。

フランは辺りを警戒しながら、体育館の方へ向かっている。

その様子を見ていたナタリーは、フッと笑みを浮かべた。


周りを気にしながら、フランは体育館横の倉庫へとやってきた。

ゆっくり扉を開けて中に入ると、フランは安心した表情を浮かべた。

「ごめんなさい……私から呼び出したのに、遅れてしまって……」

「……いや、大丈夫だ」

中で待っていたのはシリウスだった。

「けど、どうしたんだ? こんなところに呼び出すなんて。部屋じゃだめなのか?」

シリウスはフランに近寄って聞いた。

「……部屋だと、バーバラが来るかもしれないから……」

「……?」

シリウスは一瞬、言葉の意味が分からずに首を傾げた。

フランは胸の前で手を組み、恥ずかしそうに視線をそらした。

「……あ……あの……この間の返事……まだ、してなかったでしょ?」

「……え?」

この間というのは、フランに告白した時のことを言っているのだと、シリウスは察した。

シリウスはハッと赤くなってフランに目を向けた。

「……私……ナタリーさんから嫌がらせを受けていた時、凄く心細かった……こんなこと、守護者のみんなに話しても、きっと迷惑かけるだけだろうって……だから、誰にも言えなかった……」

フランはうつむいたまま、胸の内を話した。

シリウスは黙って聞いている。

「でも……でも……ね。何も話さなくても、あなたには、全部わかっていた……私の靴がなくなったこと……その大切な靴をあなたが見つけてくれたこと……」

フランは火照る顔をシリウスに向け、彼と視線を合わせた。

「いつも私を見ていてくれて……静かに私を抱きしめて、全て受け入れてくれたこと……その全部が、本当に嬉しかった……!」

「……フラン……っ」

シリウスもフランの目をじっと見つめた。

「あなたがいなかったら、私、きっと不安に押しつぶされてしまって……今、ここにはいなかったと思う……私にとって、あなたはとても大事な人……」

フランは震える手でシリウスの手を優しく握った。

「っ!?」

シリウスの鼓動は跳ね上がった。

「……あなたの気持ち……凄く嬉しかったの……こんなに弱い私を選んでくれて……」

フランはシリウスの身体に寄り添い、彼の肩におでこをつけた。

「たとえ、あなたがクロスアルド家の人間でも…………それでも、私……あなたとだったら……」

フランは赤く染まる顔を隠して呟いた。

同様に顔を赤くしたシリウスは、目を閉じて、彼女の震える肩にそっと手を添えた。

「……ありがとう、フラン……お前の気持ち、凄く嬉しい……」

シリウスはゆっくり目を開いた。

フランは顔を向こうに向けて、ずっとうつむいている。

「……お前は、決して弱くなんてない……」

シリウスはそっとフランの頭を撫でた。

「……こっち向けよ……フラン」

彼に言われ、フランはゆっくり顔を上げた。

赤く火照った顔のフランは、シリウスをじっと見つめた。

「……ん……っ」

唇に温かい熱が伝わってくる。

フランは耐えるように目を閉じてシリウスからの熱烈なキスを受けた。

「……嫌なら……言ってくれ……」

首筋に唇を当てながら、シリウスが言った。

フランはくすぐったさに耐えながら、必死に首を横に振った。

「……い、嫌じゃないっ……」

白く透き通るようなフランの首筋に、シリウスはぎゅっと目を閉じた。

彼の脳裏に、以前のドレス姿のフランが過った。

すると突然、シリウスはフランを抱きかかえ、マットが何段も積み重なった場所へと彼女を運んだ。

「っ!? シリウス……っ」

フランは驚いて彼を見た。

シリウスは黙って見つめると、そっとおでこにキスをした。

「….今、オレとお前の気持ちが別なんだとしたら、オレは何もしない……けど……もし、お前も同じなら……」

「……っ……っ」

赤面しながらも、真っ直ぐな瞳のシリウスに見つめられ、フランは困惑で目を泳がせた。

……が、次第にその瞳は彼を受け入れ始め、フランは目を閉じて小さく頷いた。

「……わ……たしも……同じよ……シリウス……」

二人はただ、互いの瞳を映し合った

フランは震える両腕をシリウスの首に回し、それを受け入れるように、シリウスも彼女の腰に手を回した。


倉庫内は二人の吐息だけが聞こえていた。

閉められた扉の近くには、その音に聞き耳を立てているナタリーが立っていた。

腕を組んだ彼女は、ニヤッと不気味な笑みを浮かべた。


このところ、何も手につかなくなっているケイシーは、自室のソファに座って、ただぼーっと遠くを見つめていた。

一人でナタリーの相手をすることに限界を感じているようだった。

「はぁ」とため息をついたその時だった。

扉をノックする音が聞こえ、ケイシーはハッとした。

「……はい。どちら様?」

ケイシーが返事をしても応答がなかった。

「……?」

ケイシーはそちらへ足を向け、扉を開けた。

辺りを見回したが、そこには誰もいなかった。

扉を閉めようと視線を伏せた時、一枚の紙が落ちていることに気がついた。

ケイシーは黙ってそれを拾い上げ、二つ折りになったその紙を開いた。

「……『体育倉庫にきて欲しい』……」

ケイシーは眉をしかめるとハッとした。

以前、体育館裏でシリウスと内密に待ち合わせたことがある。

この紙は、皆の目を盗んでシリウスが置いていったものだと、ケイシーは察した。

彼がこの状況で接触を図ってくるなど、よっぽどのことだ。

ケイシーは不安を抱いて、すぐに体育倉庫へと向かった。


目的の場所へとやってきたケイシーは、辺りを警戒しながら倉庫の入り口へと近づいた。

(中にいるのか……? 一体、彼に何が……)

扉の取手に手をかけた瞬間だった。

「……んんっ……っあ……っ」

ケイシーはビクッとして手を止めた。

中からは吐息交じりの妙な声が聞こえてくる。

その声は……。

そっと扉を開け、隙間から中の様子をうかがった。

「……?」

中は薄暗くて見えづらい。だが、確かに人の気配を感じる。

奥の方にボヤッと映る人影が見えた。

一人……いや二人だろうか。

小刻みに揺れる不自然な影に、ケイシーは眉をひそめ、その正体を確かめようと見る角度を変えた。

二人の輪郭がはっきりと見え始めると、今度は目を凝らしてじっと見た。

(……あれは……白月の生徒……?)

乱れた制服まで確認すると、ケイシーは視線を彼らの顔に向けた。

「…………っ!?」

それが誰なのかを理解した瞬間、目を見開いたケイシーは、すぐに視線をそらした。

とっさに扉から離れると、壁に片手をつけ、もう片方の手で高鳴る動悸を抑えた。

「……う……っ」

突然吐き気に襲われたケイシーは、口を押さえて苦しそうに肩で息をした。


一連の様子を遠くから見ていたナタリーは、フフッと意味深な笑みを浮かべたのだった。




第三章「決定打のステージ」後編に続きます。


いつも最後まで読んでくださって、ありがとうございます!

次の話はちょっと2パートに分けづらかったので、いっきに投稿したいと思います。

長くなりますが、ご了承くださいませ。

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