第二章 「やまない闇」後編②
カミーユとリドルの二人と合流したナタリーは、庭園に用意されたステージの様子を見にきていた。
「まぁ……ずいぶんこじんまりとしてますのね」
ナタリーはステージの中央に立ち、キョロキョロ見渡しながら言った。」
「仕方ねーだろ?これ以上デカくすると、花壇を壊さなきゃならなくなる!」
下で見ていたリドルが言った。
「では、また植え直したらいいじゃないの。それくらい気を利かしてくださらないと。あなた、なんのために守護者をやってますの?」
「〜〜〜っ!! いつまでも人を待たせやがって、なんだそのものの言いぐさはっ!!」
噴火寸前のリドルは、顔を真っ赤にしてナタリーを睨んだ。
すると、カミーユが前へ出てきてナタリーに言った。
「貴女の立ち位置はもう少しこちらです。反対側には白月のクイーンが立ちますので」
中央に立っているナタリーは、怪訝な顔でカミーユが指差す方へ目を向けた。
「当日わかるように何か目印を付けてくださらない? 目立つ色にしていただかないと、夜だから見えなくてよ?」
ナタリーはそこへは移動せず、そっぽを向いてカミーユに注文をつけた。
「……わかりました」
カミーユは目を伏せて返事をした。
「辺りは、たくさんの電飾でいっぱいにしたいですわね。まるで夜だと感じさせないくらいの、煌びやかな光に囲まれたいわ」
ナタリーはその時を想像して、上空や辺り一面を見渡した。
「……あら?」
ナタリーは何かに気がついて眉をしかめた。
彼女の視線の先には、人だかりができていた。
男女数人の生徒が、一人の女子生徒を囲っている。
中央の女子生徒は椅子に腰掛け、芝生に集まる生徒達に何かを読み聞かせていた。
(あれは……一年生の…………たしか……)
ムッとしたナタリーは、リドルに目を向けた。
「ねぇ、リドル。庭園にいる人達を、一度退散させてくださらない?」
「……はぁっ!?」
突拍子のないことを言い出し、リドルは驚いた。
「人がいると、イメージが湧かないんですのよ。思い通りにならなくて、このままお披露目会が台無しになったら、あなたのせいですわよ?……校長先生のお呼び出しを、覚悟しておくことですわね!」
「そ、そんな勝手な……っ!」
リドルが反発しようとするも、ナタリーは聞く耳を持たずにそっぽを向いていた。
「…………」
カミーユは辺りを見渡した。
今のところ庭園にいるのは、その女子生徒と、彼女を囲む数人の生徒だけだった。
(あれは一年生のココルル・ハイネ。……っ! ……そうか……)
ナタリーがココルルに嫉妬しているのだと察したカミーユは、ため息をついた。
「いいですよリドル。私が行きます」
「え? ……い、いいのか?カミーユ?」
リドルは救われた表情で聞いた。
ナタリーは、横からきたカミーユを不快そうに見ると、フンっと顔をそむけた。
「どちらでもいいから早くしてくださる?」
「…………」
カミーユはナタリーに目を向けず、スタスタとココルルの方へ歩いていった。
「唱えの最中、申し訳ありません。マドモアゼル」
ココルルの背後から、カミーユは身をかがめて話しかけた。
「っ!?は、はい」
突然、黒陽のナイトに話しかけられたココルルは、驚いて返事をした。
まだこの頃は盲目ではなく、しっかりとカミーユの顔を見つめている。
「これから芸術祭のリハーサルを行います。少しの間、生徒の皆様には庭園への出入りを禁じたいのですが……」
カミーユの言葉を聞くと、ココルルは本を閉じて慌てて立ち上がった。
「ご、ごめんなさいっ!気がつかなくて……っ」
視線をステージの方に向けたココルルは、鋭い目でこちらを睨むナタリーに気がついた。
ココルルはとっさに視線をそらせ、座っている同学年の生徒達へ声をかけた。
「皆さん、行きましょう。いつもの通り、チャペルで続きをお話しするわ」
すると、皆は「えー」と不満な声をもらしながら、彼女の言う通り立ち上がった。
「今日は天気が良かったから外に出たのに……」
「ピクニックみたいで、楽しかったのになー」
ココルルはカミーユに頭を下げ、チャペルへ足を向けた。
あとの生徒達も彼女の後に続いた。
カミーユは申し訳なさそうにココルルに頭を下げると、ため息をついてステージへと戻っていった。
カミーユが戻ると、ステージの上でナタリーと並んで立っているリドルに目を向けた。
戻ってきたカミーユを見てリドルが声をかけた。
「悪かったなカミーユ」
「いえ」
「あなたも上がってくださらない?立ち位置を決めますわ」
ナタリーが上からカミーユを見下して言った。
「……わかりました」
カミーユは袖に回って階段を上がった。
「ナイトのあなたは、その辺りかしら」
カミーユはナタリーが指差した位置へ目を向けた。
リドルが一番端に立ち、「彼の横へ立て」とナタリーは指示している。
カミーユは眉をしかめた。
「中央からだいぶ離れた位置ですが、いいんですか?」
「なにが?」
「もう少し中央の方が、貴女に何かあった時、すぐに助けることができますが」
「何かというのは?」
カミーユは言いづらそうに、一瞬視線をそらせた。
「……万が一……ドレスにつまずいたりしたら……もう少し近くで待機させてもらえると、貴女も……」
「わたくしがそんな失敗、すると思って?」
ナタリーはキッとカミーユを睨んだ。
思っていた反応に、カミーユは黙った。
「ドレスなんて着慣れてないんだろ?カミーユが心配するのは当たり前じゃないか!」
「っ!?」
カミーユを見兼ねて後ろから口を挟んだリドルを、ナタリーは鋭く睨んだ。
彼女はラングレス家の養女となって、まだ間もなかった。「メンジャークリン校長」とラングレス社の社長「バルモン」と出会うまでは、田舎の孤児院で育ち、貴族の暮らしとは今まで無縁だった。
プライドの高い彼女にとって、その過去は捨て去りたいもの同然。
彼女の過剰なまでの高飛車な振る舞いと、不完全なお嬢様言葉がその証拠だ。
そんなナタリーの顔色が一瞬で変わったのを見たカミーユは、慌ててリドルの肩を掴んで止めた。
失言したことに気がついたリドルは、顔を引きつらせて口をつぐみ、一歩下がった。
怖い表情で二人を睨んでいたナタリーは、フッとほくそ笑んだ。
「わたくしの傍には、エースであるケイシーを置きますわ。あなた達より、オルマンダ家の人間である彼の方が何倍も頼りになりますもの」
ナタリーはクルッと背を向けて、仕返しとばかりに嫌味を言った。
「……なにぃっ!?」
案の定、リドルは怒った表情でナタリーを睨んだ。
「それに、何人もの人間がわたくしの周りにいたら煩わしいでしょう?あなたたちは、そこで充分ですわよ」
ナタリーは冷ややかな目を向けて指を差した。
今にも言い返そうとするリドルの腕を、カミーユは強く掴んで止めていた。
「……わかりました。貴女のお披露目会ですから、私たちが出しゃばる筋合いはありません」
これ以上、彼女のわがままに振り回されたくないカミーユは、聞き分け良く承諾した。
「わかればいいの。わたくしとケイシーなら、この場がとっても映えるでしょう? そう思わない?」
ナタリーは、まるで今、自分がドレスを着ているかのように、スカートの裾を上げる素振りをして、クルクル回った。
「……あーあ。ケイシーも大変だな。あんなワガママお嬢様に目をつけられて……」
リドルは呆れ顔でナタリーを見ながら呟いた。
隣のカミーユは、人差し指を唇に当ててリドルを鋭く睨んだ。
「俺がなんだって?」
すると、噂のケイシーが姿を見せた。
ステージの階段を上ってきたケイシーは、右手にワンドを持っている。
「ケイシー、遅かったじゃないか。君がいない間、アイツの相手をすんのがどれだけ大変だったか」
リドルは救いの目でケイシーに言った。
「エースの苦労がほとほと身に染みましたよ」
カミーユも疲れ切った様子だった。
二人にこの短い時間の間にどれだけ苦労をかけたか。普段からナタリーに振り回されているケイシーには痛いほど分かった。
「遅くなってすまなかったな……」
謝るケイシーに二人は「いや」と首を振ると、手に持っているワンドに目を向けた。
「それがクイーンのために作られたワンドですか?」
「ああ」
カミーユに聞かれケイシーは頷いた。
「まぁ!ケイシー、来ていたの? 挨拶をするなら、まずわたくしからでしょう?」
上機嫌でステップを踏んでいたナタリーは、ケイシーに気がついて彼を傍に呼んだ。
「…………」
ケイシーはカミーユとリドルに目配せすると、彼女の方へと歩いた。
「先ほど決まったのだけど、当日はそこに立って、わたくしのサポートを頼みますわ」
ナタリーは自身が立つ場所のすぐ斜め後ろを指差した。
「…………」
ケイシーはそこに目を向けて黙った。
何も言わない彼に、ナタリーはフフッと笑みを浮かべて歩み寄った。
「わたくし達、きっとみんなが羨む、お似合いの仲に見えますわよ……?」
「……っ!?」
顔を近づけるナタリーに、ケイシーはビクッと肩を上げた。
「ね? あなたもそう思うでしょう? ケイシー……」
ナタリーの手が腕を伝って肩までくると、ケイシーは後ろの二人の視線を気にして目をそらせた。
「……うわ……っ」
リドルは声を出して、露骨に赤い顔をしかめた。
隣のカミーユも居心地が悪そうに視線を逸らしている。
ケイシーは慌ててナタリーから離れると小声で注意した。
「こんなところでよしてくれっ!」
「あら、いいじゃありませんの。いずれみんなにもわかってしまいますのよ?」
ナタリーはケイシーの反応にクスクス笑って返した。
ケイシーは濁した顔のまま、慌てて話題をすり替えた。
「……っ……それよりナタリー、これを持ってみてくれ」
「……できましたのね。ふーん……」
ナタリーはワンドにジロッと目を向けた。
ケイシーからそれを受け取ると、ナタリーは重さを確かめるように上下させた。
「……もう少し軽くなりませんでしたの?」
そう言ってケイシーをジロッと睨んだ。
「これ以上は無理だ。素材を変えてもいいけど、安価な物に見られるのは君だって嫌だろ?」
「あら、わたくしのこと、よくわかってらっしゃるのね! 嬉しいわ!」
「…………っ」
ナタリーがフフッと意味深に笑うのを見て、ケイシーはたじろいだ。
後ろで見ていたリドルとカミーユは、苦笑いを浮かべて目を合わせた。
「長さはちょうどいいですわね。あまり乗り気ではありませんけど……仕方がないから、これを……」
「ナタリーっっ!!!」
すると、校舎の方からの罵声ともいえる大声が、庭園内に響き渡った。ステージ上の四人はハッとそちらに顔を向けた。
校舎と庭園を結ぶ大きな扉の前に、息を切らしたシリウスが立っていた。
「…………っ!?」
思いもよらない人物が乗り込んできたことに、一同は度肝を抜かれた様子で立ち尽くした。
「お前っ! いい加減にしろよっ!」
ものすごい形相でナタリーを睨みながら、シリウスはステージへ向かって歩いた。
「……な……、一体何なんですの?」
いきなり白月のエースが現れ、しかも自分に罵声を浴びせることに、ナタリーは動揺と怒りを織り交ぜていた。
(……シリウス……?)
今まで見たことがないくらいに怒りに満ちている彼の様子を見て、ケイシーは不安を抱いた。
「お、おいおいおい……。なんなんだよ。まずいんじゃないのか?こんな公の場で……」
リドルが冷や汗をかいて言った。
「……エース……」
カミーユはどう対処するべきか、ケイシーの様子をうかがった。
「シリウスっ!!」
すると、シリウスを追いかけていたバーバラとクァントが遅れて到着した。
「うわっ! ……最悪だな……」
現場を目の当たりにしたクァントが顔をひきつらせた。
「待ちなよ! シリウス!」
バーバラは慌ててシリウスのもとに走った。
「落ち着きなって! 相手に喧嘩売るんじゃないよ? 普通に話し合えばいいんだからね!」
シリウスの背中を小走りで追いかけながら、バーバラは必死に言い聞かせた。
「…………」
だが、シリウスは黙ってナタリーを睨むだけだった。
バーバラは不安な気持ちで彼の後に続いた。
ステージの下までやってきたシリウスは足を止めた。
ナタリーはケイシーの後ろに身を隠すと、関係のない素振りを見せて顔をそむけた。
「…………っ」
そんな彼女を見て、シリウスは尚更ナタリーを鋭く睨みつけた。
彼がここまで激昂し、直々に乗り込んでくるなどよっぽどのことだ。
周りの目がある手前、事情を聞きたくても聞けないケイシーは、もどかしさを感じながらも、彼を黙って見つめることしかできなかった。
「一体なんの用だ? 見ての通り、こっちは芸術祭のリハーサル中なんだ。そっちもそうしたいなら後にしてくれよ!」
リドルは腕を組み、シリウスとバーバラを上から見下して言った。
「こんなに早くからリハーサルだなんて、ずいぶん気合い入ってるんだねぇ。あんまり張り切り過ぎると、当日ド忘れすることもあるんだから、恥だけはかかないようにしなよね! こっちもいい迷惑なんだからさっ!」
腰に手を当て、バーバラが強気に言い返した。
「なんだとっ!? このホウキ頭!!」
「やんのかい? 玉ねぎ頭!!」
ペイジ同士が火花を散らす中、クァントが歩いてやってきた。
「……おい、シリウス。周りの目もあるんだ。要件だけ済ませて早く退散しようぜ」
クァントに耳打ちされ、シリウスはケイシーの後ろに隠れるナタリーに言った。
「これ以上フランに嫌がらせをするな! お前がマリオンを利用して、フランのものを盗ませていることは知ってるんだぞ!」
「っ!!?」
シリウスの言葉を聞き、黒陽の守護者三人は驚いてナタリーに目をやった。
ナタリーは黙って視線をそらせている。
「ま、まだそんなことやってたのか……っ!?」
リドルが「まさか」と言いたげな表情を浮かべた。
隣のカミーユは、最悪の事態を予測したように冷や汗をかき、静かに場の様子をうかがっている。
「…………」
ナタリーはチラッとシリウスに目を向けた。
「いきなり現れて人を泥棒扱いだなんて、あなた、相当な無礼者ですわね」
ナタリーの発言にシリウスは眉をピクッと動かした。
「白月のエースともあろう方が、こんな非常識人でよろしいのかしら?……リハーサルの邪魔をしたいだけなのなら、今すぐ出て行ってくださる?今ならまだ見過ごしてさしあげますわよ」
「言い逃れできないからって逃げる気か?相変わらず、話をそらすのがうまいんだな」
腕を組んだシリウスは、彼女を挑発するように鼻で笑った。
「なんですって! あなたにわたくしの何がわかるとおっしゃるの!!」
たまらずナタリーが言い返すも、シリウスは黙って彼女を睨むだけだった。
「ケイシーっ! この方、話が通じませんわ!
わたくし、もう嫌ですわよ!!」
とっさにナタリーはケイシーに泣きつき、腕を掴んで助けを求めた。
「…………」
ナタリーに目をやっていたケイシーだったが、これでは埒が開かないと思い、皆の目もある手前、彼女を庇うようにシリウスに言い返した。
「ナタリーがやったって、何か証拠があるのか?」
「なければ、お前たちの前になんて現れるわけないだろ」
シリウスはケイシーには目を向けず、ナタリーだけをじっと睨んでいる。
シリウスとしても、ケイシーと争うのは避けたいようだった。
いつもの演技での言い争いをする余裕さえ、今のシリウスには残されていないようだった。
シリウスの切羽詰まった様子に、ケイシーは一度目を伏せた。
再度視線を上げると、決意した表情をシリウスに向けた。
「その証拠というのは?」
シリウスはゆっくりとケイシーに目を向けた。
ステージの上に立っているケイシーは、いつもの演技の表情で、こちらを見下している。
シリウスは彼に合わせるように睨み返した。
「……マリオン・アルベールが全部話した。
やり方は以前と同じ……いや、今回は彼女一人でやったみたいだ」
「ナタリーが白月の生徒にそんなこと頼むわけないだろ? そっちだって黒陽のクイーンの言うことなんて、聞くわけないじゃないか!」
すかさずリドルが言い返した。
「ちょっとあんた、黙って聞きなよ!」
話を遮られたことに、バーバラが苛立って返した。
「一人でやらざるえなくなったからだ」
シリウスがリドルを睨んで言った。
「……っ!?」
彼の鋭い睨みに、リドルはたじろいだ。
「それは、どういう意味ですか?」
隣にいたカミーユが聞いた。
聞かれたシリウスは、ナタリーに目を向けた。
彼女は変わらずに知らん顔をしている。
シリウスはフッと笑い、黒陽の守護者たちに目を向けた。
「黒陽の生徒のことも把握していないのか?守護者が聞いて呆れるな」
「……っ」
シリウスに言いたいように言われ、リドルは怒りの表情、他二人は驚いた顔をシリウスに向けた。
「マリオンの妹、マノン・アルベールは黒陽の三年なんだろ? しかも、以前の盗難事件の犯人なんだ。なのにお前らは、事件が終わったからといって彼女を放置した。校長の耳にも入れなかったみたいだな」
シリウスはジロッとナタリーに目を向けた。
「まぁ、言ったところで無駄だろうけどな」
リドルとカミーユは眉をしかめて目を合わせた。
「……俺達の体たらくを非難したいだけか?」
一体シリウスは何が言いたいのか……。ケイシーは腕を組んでシリウスに聞いた。
「そうだよ! そのせいでマノンって子がどうなったか、アンタらわかってんの!?」
「や、やめとけよっ」
バーバラがシリウスの前に進み出ると、怒りを爆発させてケイシーに食ってかかった。
いくらなんでも、黒陽のエース相手ではまずいと思い、クァントが彼女を止めた。
バーバラの発言に眉をしかめ、ケイシーは答えを求めるようにシリウスに目を向けた。
「……盗みを何度も要求された彼女は、ひどいストレスで、このところ休んでいるそうだ。……薬の服用でも良くならなければ、このまま長期の入院を余儀なくされるらしい……」
「っ!?」
そんなことなど、全く知る由もない黒陽の守護者三人は驚いた。
ケイシーはとっさにナタリーの方へ振り返った。
「…………っ」
マノンの凄惨な現状を初めて知ったナタリーも、流石に動揺を隠せなかったのか、爪を噛んで険しい表情を浮かべている。
そんな彼女に、ケイシーは今すぐにでも問いただしたかったが、白月の守護者たちの前で醜態を晒すわけにはいかず、ケイシーは今にもナタリーへ向けそうになる怒りを、必死に押し殺した。
「今回のこと、こちらから校長に話してもいいんだぜ?」
「っ!?」
ケイシーは慌ててシリウスの方へ顔を戻した。
白月の守護者三人が一斉にこちらを睨んでいる。
「フランをマノンと同じようにしたかったのか?」
「あの子の私物を盗むなんて、陰湿な嫌がらせばっかりしてさ! あの靴はね、両親からのプレゼントで、あの子が大切に履いていたものなんだよっ!? ……それを……っ池に捨てるなんて……っ。悪どいにもほどがあるよっ!!」
バーバラはフランが哀れになり、目に涙をためて訴えた。
「い、池……? うそだろ……?」
リドルはドン引きしてナタリーに目をやった。
「……マジな話だ。俺とシリウスが見つけた。……夏の休暇中ずっとそこにあったらしくて、泥だらけになってた」
クァントが言った。
「そ、それが白月のクイーンのものだと、どうして?」
躊躇しながら、カミーユがクァントに聞いた。
「あの子の靴にはね、ブルーのリボンが付いてたんだよ! リボンが好きなあの子のために、お母さんがわざわざ付けてくれたものなんだよっ!」
バーバラが涙を拭って答えた。
クァントがバーバラの肩に手を置いて慰めた。
黒陽の守護者たちが唖然とする中、シリウスがケイシーの方へ歩み寄った。
「初めはブローチの時と同じ手口でやらしていたみたいだが、マノンが休むようになってからは、マリオン一人でやっていたらしい」
シリウスは、ケイシーの向こう側にいるナタリーへ目を向けた。
「退学になりたくなければ自分の言う通りにしろと、そうやって彼女たちを脅迫したわけか」
ナタリーは相変わらず黙っている。
シリウスは胸ポケットに手を入れた。
「……彼女にフランのものをいろいろ盗ませて、言い逃れするために、自分の手は汚さなかった。……こんな紙までよこして、一体フランに何の因縁があるっていうんだ?」
畳まれた紙を出し、それをステージの上へ投げた。
ナタリーは横目でそれを見ると、眉をピクッとさせた。
足元に投げられた紙を、ケイシーは拾った。
「……なんだ、これは……?」
畳まれた紙を開き、内容を見たケイシーはシリウスに聞いた。
「こっちが聞きたい。それがフランの机の中に入っていた。……そっちのクイーンに言われて入れたと、マリオンが言っていた」
シリウスはナタリーを睨み続けている。
ケイシーは再度紙に目を戻した。
(人のモノを盗むな……? ナタリーは、フランから何かを盗られたのか?)
この文面からだと誰もがそう解釈する。
ケイシーはナタリーに聞いた。
「これ……マリオンを使って、君がフランの机に入れたんだろう? ……一体どういう意味なんだ?」
「どういうって、そのままの意味ですわよ?」
ナタリーはフンっと髪を翻した。
「フランがアンタの物をとったっていうの!? そんなわけないでしょーがっ!!」
ナタリーの態度に怒りを募らせたバーバラが怒鳴った。
「本人はなんて言ってるんだよ!?」
ケイシーの持つ紙を横から覗き込み、リドルが聞いた。
「心当たりがないってよ……」
クァントが首を横に振った。
「エース。ここはクイーンに正直に話してもらった方が……」
カミーユはケイシーに耳打ちした。
ケイシーは頷き、ナタリーに聞いた。
「教えてくれナタリー。一体何をとられたんだ?」
ケイシーはナタリーに詰め寄って聞いた。
「…………言えませんわよ。そんなこと……」
ナタリーは一歩たじろいで目をそらした。
「……本当は何もとられてないんじゃないか?」
彼女の動揺を見たクァントが、核心をつくように言うと、隣のバーバラも頷いた。
その方が白月側にとっては都合が良かった。
だが反対に、黒陽は何か理由がなければ、ナタリーが、ただただフランへ嫌がらせをしていただけになってしまい、白月に負い目を感じなければならなくなる。
ナタリーの反応を見たリドルは「はぁ」っとため息をついた。
カミーユも諦めた表情で視線を伏せた。
「……理由もなくフランを陥れるな。こんなやり方は学園の理にかなっていない。何の意味もないことだ!」
フランへの嫌がらせが、ただのお遊びだったことに、シリウスは怒りを倍増させていた。
彼の身体の震えから、その感情を抑えていることがわかった。
「……アルベール姉妹のことは、こちらから校長に伝える。……今回のことはやり過ぎだ。校長も学園の悪評が出回るのは避けるだろう。……ワガママ令嬢の言うことを聞くか、学園の未来を選ぶか……どちらを優先するかは目に見えている」
そう言い捨てると、シリウスはステージに背を向けた。
彼は冷然と踵を返し、バーバラとクァントが慌ててその後に続いた。
バーバラは黒陽の四人に向かって「べーっ」と舌を出した。
一歩前に出て言い返そうとするリドルを、カミーユが腕を掴んで止めた。
「まったく……とんでもないことしてくれたぜ」
「……動きづらくなりましたね……」
ナタリーをジロッと睨むリドルに続いてカミーユが呟いた。
二人の小言を聞いたナタリーは頭に血を上らせた。
すると、背中を向ける白月の守護者三人に向けて叫んだ。
「お待ちなさいよっ!!!」
シリウス達は歩みを止めて振り返った。
こちらをギロっと睨むナタリーを見て、バーバラとクァントは背筋を凍らせた。
「な、なんだろね……?」
「さぁ?言い返してくるんじゃねーか?」
二人は冷や汗をかいてたじろいだが、シリウスだけは冷徹に彼女の姿を見据えていた。
「よせ、ナタリー! もう何も言うな!」
これ以上の争いを避けたいケイシーがナタリーの腕を掴んで止めるも、ナタリーはそれを振り払った。
「そちらの素朴でなんの取り柄もないクイーンが、このわたくしから盗んだもの…………この場では申しませんけれど……
いずれ嫌でもあなた方にわかることですのよ!!」
「…………?」
白月の三人は眉をしかめた。
「その時になって、あの純粋な顔をした幸の薄い子羊の化けの皮が剥がれることになったら……フフフッ、どんな素顔を見せるのか、今からとても楽しみですわね!」
ナタリーはクルッと背を向けると、「アハハハハ!」と声高らかに笑い始めた。
「なんだ……あれ……?」
「わけわかんないよ……言いわけがなさすぎておかしくなっちゃったんじゃないの?」
クァントとバーバラは呆れた表情で言った。
「…………っ」
その後ろで、フランを侮辱されたシリウスは怒りで拳を震わせた。
黒陽の三人も困惑した表情でナタリーを見ている。
「これ以上関わらない方が良さそうだね。シリウス、行こう」
身体を返し、校舎の方へ歩きながらバーバラが声をかけた。
冷ややかな表情でナタリーから目をそむけたクァントも、無言で彼女に続いた。
「…………」
シリウスは、じっとステージに目を向けている。
ふと、去りゆく白月の背中へ視線を送ったケイシーは、シリウスが未だステージの自分を、意味深に見つめ続けていることに気がついた。
ケイシーは黙って見つめ返した。
「…………」
「…………」
二人は今、何を思って互いを見ているのか……。
二人の今の気持ちは……怒りか哀れみか……。
今、お互いが抱く「思い」は、果たして同じものなのだろうか……。
互いの瞳の奥に宿る、言葉にならない不安と決意。
それが静かにぶつかり合った、一瞬の、そして永遠のような沈黙だった。
第三章「決定打のステージ」前編に続きます。
いつも長い文章を最後まで読んでくださって、本当にありがとうございます!
できるだけコンパクトになるように努力したいです。




