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第二章 「やまない闇」後編①



シリウスは昨日休んだバーバラの見舞いも兼ね、彼女のクラス「3-1」の教室を訪ねていた。

「シリウス。昨日は迷惑かけて悪かったね」

普段と変わらない明るい笑顔でバーバラは言った。

「良くなったみたいだな」

「まぁね。それよりアンタさ、人が寝てる部屋の前で大声出さないでよね。フランが心配なのはわかるけどさ」

バーバラは腕を組んでジロッとシリウスを睨んだ。

昨日のフランと別れる際、迂闊にバーバラの部屋の前で挨拶してしまったことを、シリウスは今になって気がついた。

「す、すまない……」

シリウスは赤い顔で謝った。

「ま、いいけどさ。あんまり浮かれないでよ? ……それよりどうしたのさ。シリウスがアタシのとこにくるなんて珍しいね」

「あ、ああ……バーバラ。お前、この間の黒陽の盗難事件のこと、詳しく知ってるか?」

情報通のバーバラなら、何か手がかりを知っているのではないかと、シリウスは藁にもすがる思いで彼女に聞いた。

「え?盗難事件?そういえば、そんなことあったね。でも、あれは黒陽側の問題だし、アタシらには関係ないんじゃないの?」

フランに濡れ衣を着せかけられたことは、バーバラには言っていなかった。

やはり今回の件と関係はないのか……。

シリウスが、そう諦めて思った時だった。

「あ、でも、そういえば、盗んだ黒陽の生徒には、白月に姉がいるって噂だったね」

シリウスはハッとした。

「ほんとか!? なんていう生徒だ?」

興奮するシリウスに、バーバラは疑問の顔を投げかけた。

「アンタ、何を探ろうとしてんの?もう終わったことなんでしょ? 向こうのことに首突っ込んだら、あの厄介なクイーンや毛嫌いしてるエースから、何言われるかわかんないよ!?」

「わかってる……けど、このまま放っておくと、フランが……」

「……っ」

それを聞いたバーバラはシリウスの肩を掴んだ。

「何?フランが何か関係してんの?」

「…………っ」

口をつぐむシリウスの様子を見たバーバラは、カッと頭に血を上らせた。

「アンタねぇっ! アタシに隠しごとする気っ!? アタシだって守護者なんだよっ!? アンタ一人で秘密にすることないじゃないのっ! フランのことならなおさら!!」

シリウスの肩を揺さぶり、大きな声で怒鳴るバーバラを、皆は何ごとかと驚いた顔で見ている。

「わ、わかった……っ、話す……話すから、ちょっとは落ち着いてくれ……」

シリウスはタジタジになって彼女を宥めた。



数日後の放課後。

ケイシーはナタリーの自室の前に来ていた。

どこか重苦しい雰囲気で、これから彼女と対等に話さなければならないという重圧の表れのようだった。

「はぁ」と深くため息をつき、ケイシーは部屋をノックした。

「どなたー? ケイシーかしら?」

部屋からの明るい声に、ケイシーはなおさら気が重くなった。

「……ああ。俺だ」

「どうぞ入って!」

扉を開けて入ると、ナタリーは正面のドレッサーの前に座って、髪型を整えていた。

「もう少し待っていただける?」

優雅に髪をとかしながら、ナタリーは言った。

「作業の手を止めている。それに、カミーユとリドルを待たせてるんだ」

ケイシーは「早くしてくれ」と、彼女を急かした。

「だいぶ出来上がりましたの?」

だが、ナタリーは急ぐ気配など一切見せずに、鏡に映るケイシーを見て聞いた。

「土台はほとんど。装飾も含めて、君に見て欲しいんだ」

どうやら、芸術祭でのお披露目会の場所である、庭園の舞台デザインの確認をするつもりのようだ。

「あら、わたくしが全て決めなくてはいけないの?本当にあなた達って、わたくしがいないと何もできませんのね」

ナタリーは長い髪を後ろに束ね、バレッタでとめた。

「君が見たいと言い出したんだろ? その気まぐれに付き合って、全員の時間を奪っているんだ!」

怒りを抑えていたケイシーだったが、つい怒鳴ってしまった。

「あなた、その怒りっぽい性格を治さないと、オルマンダ家の立派な跡取りにはなれませんわよ?」

ナタリーは平然と返した。

彼女の言葉に、目元を強張らせたケイシーは視線をそらした。

「……跡取りは俺じゃなくて兄さんだ。君に心配してもらうことじゃない」

ケイシーの反応を見たナタリーは、クスッと笑って立ち上がった。

「表向きはそうでも、あなたが誠意を見せれば、覆すことは可能なんじゃありませんの?」

「……?」

歩み寄ってくるナタリーの方へケイシーは目を向けた。

「わたくし思いますけれど、アンバーさんは跡取りには向いていませんわ。いつもあなたのお父様の言いなりで、決断力に欠けていますもの」

兄の欠点を突かれたケイシーは、眉間にしわを寄せて目を伏せた。

「あのような主体性のないお人形に、皆がついていくとも到底思えませんわね。その点、あなたなら……」

ナタリーは上目遣いでケイシーに目を向けた。

「堅実で責任感が強くて……なんといってもリーダーシップがありますわ。家を継ぐ素質は充分備わってますわよ?」

「……っ」

意味深ににじり寄ってくるナタリーに、妙な恐怖を抱いたケイシーはたじろいだ。

「足りないものといえば、そうですわね。冷静を保つ忍耐力かしら? ……けれど、心配ありませんわよ?」

呪縛にかかったように、ケイシーはナタリーの目から逃れられなくなっていた。

近くまできたナタリーは、ケイシーの腕にそっと手を添えた。

「気持ちを沈める特効薬なら、あなたのすぐそばにありますわ。……わたくしが、あなたの右腕となって支えてあげてもよろしいのよ?」

「……っ……」

ナタリーの手はケイシーの腕をゆっくり伝い、彼の頬にそっと触れた。

彼女の強引なスキンシップに、ケイシーは目を泳がせた。

ナタリーは動揺するケイシーを面白がるように微笑えむと、彼に顔を近づけて耳元でそっと呟いた。

「……あのお話、考えてくださった? あなたのお父様から、わたくしとの婚約のこと、お聞きになったのでしょう?」

「…………っ! ……やめろよっ!!」

その瞬間、カッと目を見開いたケイシーは、呪縛から解けたように、ナタリーを振り払った。

「……っ!?」

自分に絶対の自信があるナタリーにとって、ケイシーの拒絶が予想外だったのだろう。

「このわたくしを無下にするなんて……っ! わたくしを傷つけでもしたら、あなた、この学園にはいられなくなるどころか、オルマンダ家の名も汚すことになりますのよっ! それがわかってらっしゃるのっ!!」

彼女は形相を変えてケイシーに怒鳴り散らした。

しかし、彼はナタリーの方へ見向きもせず、ジャケットの襟を整えながら、いつもの様子で話し出した。

「……君専用のワンドも出来上がった。下へ降りたついでに、それも確認してくれ…………外で待ってるから早くしてくれよ」

ケイシーはそう言い放つと、扉を開けて出て行った。

怒った様子で睨んでいたナタリーだったが、フッと笑みを浮かべた。

「わたくしが近づいただけであんなに照れるなんて、可愛いところがありますわね」

ナタリーはくるっと身体の向きを変え、機嫌よく鼻歌を歌いながら支度にかかった。

扉の外へ出たケイシーは、廊下の壁に手をついて、重たいため息をついた。

その表情は苦渋に満ちていて、ケイシーは壁に背をつけると、片手でおでこを押さえてうなだれた。




白月「3-4」の教室。

放課後で帰宅準備をする生徒に混じり、辺りの様子を気にしながら入ってくる一人の女子生徒がいた。

周囲の目を盗んでフランの机まで行くと、何食わぬ顔で、慣れた手つきを装って中へと手を差し入れた。

すると突然、誰かに肩を掴まれた。

「っっ!?」

驚いて振り返ったのは、「マリオン・アルベール」だった。

「オイタはそこまでにしとこうか。もうそろそろ潮時なんじゃない?」

肩を掴んだのはバーバラで、彼女は周りの生徒に目をやった。

冷や汗をかいたマリオンも、恐る恐るそちらに目を向けると、教室にいる全員が二人に視線を向けていた。

他クラスの生徒、しかも守護者であるバーバラが教室に入ってきたことで、その場はにわかにざわつき始めていた。

「…………」

マリオンは目に涙を溜めてうつむき、唇を噛み締めた。

「……話を聞きたいんだよ。ちょっといい?」

バーバラは、そんな彼女の背中に手を添え、一緒に教室を出た。

「この子だったよ」

教室の外で待っていた人物にバーバラが声をかけ、マリオンは顔を上げた。

「っ!?」

マリオンは驚いてその人物を見た。

彼女の前には、白月のエース「シリウス」と、ナイトの「クァント」が立っていた。

あまりの衝撃に、自分がしでかした過ちを実感し始めたマリオンは、身体を震わせてとうとう泣き出してしまった。

バーバラが彼女の気持ちを察して背中をさすった。

「……行こうか」

シリウスが言うと、バーバラは頷いてマリオンを誘導した。

周りの生徒には訳が分からず、歩いて行く守護者三人と、背中を丸くして泣きじゃくるマリオンの姿をただ見つめていた。



今は使われていない教室に四人はやってきた。

最後に入ったクァントが扉を閉め、バーバラは一番近くの席の椅子をひき、泣いているマリオンを座らせた。

「君はマリオン・アルベールだな。フランと同じ4組の」

シリウスに言われ、マリオンは涙を拭いながら頷いた。

「フランの私物を盗んでいたのは、君だな?」

マリオンは頷いた。

「どうしてそんなことを?」

「……っ……うぅっ……」

シリウスが聞いたが、マリオンはただ啜り泣くだけだった。

ドアの前でクァントは腕を組んで黙り、バーバラはマリオンの隣に立って、彼女を心配そうに見ていた。

「フランが憎いのか?」

「……ち、違うっ……っ!」

シリウスの問いに、マリオンは慌てて返した。

「じゃあなんで?」

「……私が……っ嫌ってるんじゃない……っ」

か細い声で呟かれたその言葉に、シリウスたちの間に緊迫した沈黙が走った。

「君じゃない……? なら誰がフランを嫌ってるんだ!? 君に盗みをさせている主犯がいるってことかっ!?」

「……っ!?」

感情的になって声を荒げるシリウスに、マリオンは怯えた。

「……シリウス、ちょっと抑えなよ」

見兼ねたバーバラがマリオンの肩を支えて、彼女の顔をうかがうように視線を合わせた。

「ねぇ、誰かにやれって言われたんでしょ? 誰にも言わないから、アタシたちにだけ教えてよ。守護者は秘密を守る。こう見えてもアタシら、口は固いんだよ?」

「…………」

バーバラに肩を支えられ泣き止んだものの、マリオンは口を開こうとしなかった。

「……っ」

フランの事件ということもあり、気が立っているシリウスが彼女に問い詰めようとした時だった。

後ろにいたクァントが彼の肩に手を置いて止めると、前へ出た。

「……黒陽での事件、俺たち知ってるんだぜ?」

「っ!?」

マリオンは顔を上げた。

「今回の件も同様だと思って、教室を張ってたんだ…………この前の件で、とくにお咎めをくらってないってことは、向こうのクイーンが絡んでるんだろ?」

シリウスが盗難事件についてバーバラに話したことで、彼女が至る所から詳しい情報を収集してきていた。

「……っ……っ」

淡々と話すクァントの顔を見ながら、マリオンは、また涙をぼろぼろと落とし始めた。

「っ!?」

そんな彼女を見た三人は、何か人に話せない事情があるのではと、互いに顔を見合った。

「落ち着いてよ。アタシ達、あんたの味方だからさ! あんた一人で解決できないのなら、アタシ達が協力するから!」

バーバラがマリオンの肩をトントン叩いて彼女を安心させた。

手で顔を覆っていたマリオンは、バーバラの言葉に励まされてゆっくり顔を上げた。

「……お願い……っ! ……マノンを……っ、マノンを助けて……っ!!」

マリオンは必死の思いで三人に訴えた。

「……え?」

三人は疑問に思って彼女に目をやった。

切羽詰まった彼女の様子に、三人の中にただならぬ予感が過ぎった。

マリオンは三人に全てを話す決意をしたようで、深くため息をつくと重たい口を開いた。


教室の扉が勢いよく開いた。と同時にシリウスが飛び出して、一目散に東の塔へと走っていった。

「ちょ、ちょっとシリウスっ!!?」

シリウスの行動に驚いたバーバラは、慌てて教室の外へ出た。

だが、シリウスの姿は遠く小さくなっていた。

「まったく! あの韋駄天(いだてん)ときたら……っ!」

バーバラは中に戻ってクァントに言った。

「アタシ達も行くよ!」

「えぇっ!? 向こうの校舎に乗り込む気かっ!?」

クァントは慌てて聞いた。

「シリウスがその気なら、アタシ達で止めるしかないでしょうが!」

「マジかよっ!? ったく〜っ!」

クァントは手のひらでおでこを押さえてがっくりした。

「フランのことだから仕方ないね。恋は盲目って言うしさ」

バーバラはどこか楽しそうだった。

「あ、あの……っ!わ、私、やっぱり話したの、マズかったんじゃ……」

椅子から立ち上がっていたマリオンが、オロオロした様子でバーバラに聞いた。

「大丈夫! アタシ達に任しておきなって! あんたもこれで盗みから解放されるし、マノンも直に良くなるよ!」

バーバラがウインクしてマリオンに言うと、「じゃあね」とシリウスの後を追った。

その後をクァントが仕方なさそうに追いかけた。

「っ!?待て、バーバラっ!!」

何かに気がついたクァントが、バーバラに言った。

「なにさ!?」

バーバラが眉をしかめて振り返ると、クァントはすでに窓辺に寄り、外を指差していた。

「あれ……!」

「あっ!!」

気がついたバーバラが声を上げると、クァントは急いでシリウスを追いかけた。



「シリウスっ! 待てよシリウスっ!!」

足の速いクァントだったが、今のシリウスには追いつけず、必死に彼を呼んだ。

シリウスは見向きもせず走った。

「〜〜〜っ!」

クァントは仕方なく走りながら訴えた。

「シリウスっ! 目的の人物は、そっちにはいないぞっ!」

シリウスはハッとして足を止めた。

「どういう意味だ!?」

シリウスは振り返って、こちらに走ってくるクァントに聞いた。

追いついたクァントは、息を切らしながら窓の外を指差した。

「……っ、ヤツら……っ、庭園にいる……っ……見てみろ……っ」

クァントは膝に手をついて呼吸を整えた。

「……っ!?」

クァントに言われ、窓の外を見たシリウスは目を見開いた。

途端にシリウスは階段の方へ足を向けて走り出した。

「ま、またかよっ!? ったく〜〜っ!!」

クァントは呆れて言った。

「クァント! シリウス行っちゃったの?」

後からきたバーバラが聞くと、クァントは恐る恐るバーバラに聞いた。

「……やっぱり、追いかけなきゃダメか?」

「あったりまえでしょーが! 敵の居場所は、あんたが教えたんでしょ!?」

バーバラはシリウスを追って階段の方へ走った。

「……そーだけどよ……」

ため息をついたクァントも、その後へ続いた。





第二章「やまない闇」後編②に続きます。



あまりにも長くなってしまったので、「やまない闇」後編は2パートに分けさせていただきました。

綺麗にまとめられるようになりたいです。

最後まで読んでくださって、いつも本当にありがとうございます!

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