第一章 「元凶はここから……」後編
シリウスとケイシーは、翌日早朝に人目のない体育館裏で待ち合わせた。
「……これだ」
シリウスはブローチをケイシーに差し出した。
「…………」
ケイシーはそれに目をやった。
リドルの言っていた通り、5カラットのエメラルドが中央に装飾されている。
ケイシーは一度目を閉じると、シリウスを見つめた。
「ありがとう。預かるよ」
シリウスは頷き、それを彼に託した。
「……ナタリーに……問い詰めるつもりなんだろ?」
躊躇うように視線を落とし、シリウスが聞いた。
「……仕方がない。そっちにまで飛び火する前に消しておかないと」
ケイシーはブローチをしまいながら言った。
「……大丈夫なのか?」
不安を隠せない様子でシリウスが聞いた。
ケイシーはフッと笑った。
「頼りないって言いたそうだな?」
「そうじゃない。……ただ、そっちの問題にオレは首を突っ込むわけにはいかない。……何もできない自分が、不甲斐ないだけだ……」
「………」
苦痛な表情で言うシリウスに、ケイシーは黙って目を向けた。
まるで自分のことのように心を痛める彼の姿に、ケイシーは、なんとしてでも黒陽内で解決すると決心した。
「大丈夫だ。彼女に手出しはさせない。君の大事なフランには絶対に」
顔を上げ、笑顔を見せるケイシーを見ると、シリウスはぎゅっと目をつむった。
「ケイシー……頼む……っ」
放課後。
ケイシーは学園最上階の東の奥、「クイーンの自室」へと足を向けた。
長い廊下を歩いていると、目的の部屋の扉が開き、黒陽の制服を着た一人の男子生徒が出てきた。
眼鏡をかけ、短い金髪は中央で綺麗に分かれている。
キリッとした表情のその生徒は、ケイシーに気がつくと、ペコっと会釈した。
「カミーユ? なんで君が? リドルはどうした?」
歩み寄ったケイシーが、その生徒に聞いた。
【カミーユ・ロマネスク】。今期黒陽のナイトだった。
「それが……帰る間際に体調が悪いと、私のところにやって来ましてね。この通り、クイーンの側役を任されたというわけです」
カミーユは眼鏡をクイっと上げた。
(……仮病か……)
昨日あれほど悪態をつき、限界とまで言っていた。
ケイシーは呆れた顔で視線をそらした。
「クイーンに何かご用事でも?」
カミーユに聞かれ、ケイシーはハッとした。
「あ、ああ」
「………」
カミーユは意味深にチラッと扉へ目を向けると、中に聞こえないよう、ケイシーの背に手を添えて距離をとった。
「……今日は一段と機嫌が悪いようです。別の日の方が良いかと。言いがかりをつけられると、何かと厄介ですからね」
カミーユの忠告を聞き、ケイシーは扉の方へ目を向けた。
「……そうか。けど、どうしても話しておかなければならないことがあるんだ」
忠告も虚しく、部屋に乗り込もうとするケイシーに、カミーユは怪訝な表情を見せた。
「そうですか……では……」
カミーユは頭を下げ、そのまま廊下を歩いて行った。
階段の方へ曲がると、足を止めた。
「……自ら窮地に陥るような馬鹿なことを……」
カミーユは眉間にしわを寄せ、不服そうに呟いた。
カミーユの姿が見えなくなったことを確認し、ケイシーは部屋の扉をノックした。
「…………」
中からの返事はなかった。
ケイシーは再度ノックした。
「だーれ?」
「しつこい」と言いたそうな、若干イラついた声が中から返ってきた。
「俺だ。ナタリー、少しいいか?」
すると、中からの声色が変わった。
「あら、開いてますわよ」
了解を得られたケイシーは、ドアノブを掴んで扉を開けた。
「失礼する」
ケイシーは視線を上げた。
「っ!!?」
と、同時にぎょっとした。
目の前にいるナタリーは、「どうぞ〜」と構わぬ様子で制服を脱ぎ、スリップ姿になっている。
「ダメならダメって言えよっ!!」
ケイシーは慌てて顔をそむけた。
「あら? どうして? あなただって、狙って来たんじゃありませんの?」
ナタリーはクスクス笑いながら返すと、パーティションの裏へと移動した。
「そんなわけないだろっ!!」
顔を真っ赤にして怒るケイシーを面白がりながら、ナタリーは続けた。
「あなたって、案外ウブですのね。……ねぇ?どちらがよろしい?」
ナタリーは、パーティションにピンクのワンピースと青色のカーディガンを掛けて聞いた。
ケイシーはチラッと目を向けると、すぐに戻した。
「……どっちでもいい……とにかく話があるんだ。早くしてくれよ」
ナタリーはあからさまにムッとした。
「まぁ!レディを急かすなんて失礼ですわよ! もぅ、そこに座ってらして」
「………」
ケイシーは仕方なくソファに座った。
しばらくすると、着替えを終えたナタリーがパーティションから姿を見せた。
ピンクのワンピースを見せびらかすように歩き、こちらまで来るとポーズを決めた。
大きく開いた胸元とベルトで締めた細いウエストのデザインが、彼女のグラマラスな身体をより強調している。
「どう?」
「何が?」
「似合うかどうか聞いてますの!」
「…………」
ケイシーは呆れて一瞬言葉が出なかったが、しぶしぶ答えた。
「……いいんじゃないか……」
「やっぱり! わたくしって、ピンクが似合いますものね! そうでしょ?」
ケイシーは答えず話を変えた。
「ナタリー、君に聞きたいことが……」
「待って!」
ソファに座ったナタリーが言葉を遮った。
「お話するにはお茶が必要ですわ。そうね……今日のティータイムはアッサムのミルクティーがいいですわね! ……淹れてきてくださる?」
「………っ」
ケイシーは顔をピクつかせた。
「……あら? クイーンのわたくしの言うことが聞けませんの? ……それでは……守護者としてではなく、オルマンダ家のあなたにお願いしますわ」
ナタリーは意味深な目をケイシーに向けた。
ケイシーはハッとした。
「……ね〜え?ケイシー?」
彼女の猫なで声に耐えられなくなったケイシーは、たまらず立ち上がった。
「ああもうっ! わかったよ!」
ケイシーは逃げるようにキッチンに向かった。
(だったらさっき待ってる時に言えばいいだろっ!一秒もアイツといたくないのに……くそっ、時間の無駄だっ!!)
怒りが頂点に達しそうになりながら、ケイシーはお茶の支度をした。
目の前に用意されたティーセットに満足した様子を見せ、ナタリーはミルクティーを口にした。
「美味しいですわ! 今日は頭に血が上ることばかりでしたから、喉への潤いが必要でしたの! やっぱり、あなたが淹れるお茶は格別!」
大袈裟に言う彼女を見ながら、不満な表情が消えないケイシーは聞いた。
「今日はずっと機嫌が悪いんだって?」
すると、ナタリーは表情を変えた。
「ま! 誰がそんな失礼なことを!? あ、カミーユですわね! わたくし、あの人嫌いですわ! あの、人のアラを探すような目つき! それに、何もかも見越してるといったあの態度! ……ねぇ、明日はリドルの迎えですわよね? そういえば、どうして今日はリドルではなかったの? わたくし彼みたいな……」
いつまでも話しているナタリーに痺れを切らし、ケイシーはブローチを出して、テーブルにこれみよがしに置いた。
「………っ」
コロンと転がるブローチを目にした途端、ナタリーは黙った。
「君の機嫌が悪い原因はこれだろ?」
ケイシーは腕を組んで聞いた。
「……どういう意味?……これは、カトリーヌさんの物でしょう?昨日無くなったと、クラスでも騒ぎになりましたけど」
ナタリーは自分には関係ないと、視線を反らしてお茶を口にした。
「そもそも、どうしてあなたが持ってますの? あなたが盗んだものを、わたくしのせいにするおつもり?」
「俺が盗る理由がどこにある?」
「知りませんわよ、そんなこと……。あ! もしかして、わたくしにプレゼントしたかったとか?」
軽快に笑って言うナタリーに、ケイシーは、たまらず立ち上がった。
「いい加減にしろよっ!!」
怒鳴られたナタリーは、怪訝な顔でケイシーを見た。
「君の機嫌が悪いのは、犯行が計画通りにいかなかったからだろ!?」
「………は? 何を言い出しますの?」
ナタリーは眉をしかめた。
「ブローチを取ったのは君だ! 君はある人のせいにするために、その人物のカバンにこのブローチを入れたんだ!」
ナタリーは「フッ」とほくそ笑んだが、ケイシーは構わず続けた。
「その人物はすぐに名乗り出ると思った。けど、今日になっても反応を見せないもんだから、焦ってるんじゃないのか!?」
「………っ」
ナタリーの表情は一変した。
「宝石商の娘が憎いのかは知らないが、関係ない者まで巻き込むな!」
すると、ナタリーは途端に笑い出した。
「あははっ、アーハハハハハッ!あー可笑しい!!」
ナタリーは左手でお腹を押さえ、右手で涙を拭った。
「………っ」
その急激な態度の変化に、ケイシーは眉をひそめ、思わず一歩たじろいだ。
ナタリーは立ち上がった。
「そんな証拠不十分な話でこのわたくしを責め立てるなんて……。あなた、名誉毀損で訴えられても文句言えませんわよっ!!」
ケイシーの前まで来ると、ナタリーは彼に詰め寄った。
「……っ!?」
何も言い返せないケイシーは、彼女を睨むことしか出来なかった。
「それに、あなたボロを出しましたわね」
「……なにっ!?」
ナタリーは「ふふっ」と余裕のある笑みを見せた。
「いえ……正確には、このブローチをあなたに渡した人物がボロを出した……。あなた、その人に利用されてますわよ?」
「っ!?」
ケイシーの驚いた顔を見ると、ナタリーは哀れんだ表情を彼に向けた。
「わたくしを疑うように仕向けられたんですわね……かわいそうなケイシー……」
ナタリーは両手でケイシーの頬を撫でた。
耐えられなくなったケイシーは、とっさに手を払いのけた。
だが、ナタリーの笑みは消えなかった。
「ねぇ、教えてくださらない?その人の名前。……まぁ、わたくしとあなたを陥れようとする人物なんて、限られてますけれど……」
「…………っ……っ」
ケイシーは拳を震わせた。
そんな彼を見るのが楽しいのか、ナタリーはどんどん追い討ちをかけた。
「わたくしとあなたの仲を裂きたがっている人間かしら? わたくしたち、恋敵がいますのね!」
ケイシーはぎゅっと目をつむった。
「それとも、恋敵ではなくて、黒陽の敵かしら?……たとえば、あちらの……」
ナタリーがそこまで言うと、耐えきれなくなったケイシーは走って部屋を出ていった。
「…………」
部屋に一人残ったナタリーは、ニヤリと笑みを浮かべると、上機嫌にお茶の続きを始めた。
(…くそっ! ……っ)
自室に駆け込んだケイシーは、悔しそうに目をつむった。
白くなるほど力強く拳を握り、全身を震わせた。
怒りがだんだん無念に変わっていくと、足の力が抜けていき、扉の前に座り込んでうなだれた。
次の日の放課後。
ケイシーは、後悔の念に駆られていた。
シリウスとの約束も守れず、あろうことか、彼との関係がバレるような墓穴を掘ってしまった。
「アイツに見せるんじゃなかった……」
ブローチをナタリーに見せたこと。
何故そんなことをしてしまったのか……。
(アイツが取ったものだと決め込んでいた。見せればその場で白状するもんだと、てっきり……)
解決を急いでしまった故の行動だった。
ケイシーは、今になって彼女のしたたかさを痛感していた。
ブローチは誰から預かった物なのか……。
ナタリーにそれが知られてしまうと厄介だ。
「…….」
ケイシーは黙って考えた。
ナタリーの立場になり、彼女ならどうやってフランの元にブローチを忍ばせることが出来るか。
「せめて手段がわかれば。……証拠があれば、アイツを黙らせることができる」
ナタリーが犯人なら、フランを陥れようとしたことが明らかになる。
シリウスからケイシーにブローチが渡ったことを責める権利も、彼女には無くなるだろう。
ケイシーの眉間にしわが寄った。
ナタリーはそんなに単純な相手だろうか……。
不安を抱いたその時だった。
「コンコン」と扉を叩く音がした。
ケイシーはハッとした。
「……はい」
扉の向こうにいるのが誰なのか、全く予想がつかない。
「……私です、エース」
(カミーユ……?)
意外な人物に、ケイシーは眉をひそめてソファから立ち上がった。
ケイシーは自室の扉を開け、お辞儀をするカミーユに聞いた。
「どうした?」
「エースにお会いしたいという生徒を連れて来ました」
「え?」
カミーユは後ろにいる人物を見せるように、身体を返した。
「………!?」
ケイシーは少し驚いた。
目の前には、背の低い女子生徒が二人立っている。
黒陽と白月の制服をそれぞれ着ていることにも驚いたが、一番はやはり、彼女たちが瓜二つなことだった。
オルマンダ家の息子を前にした二人は、萎縮した様子で恥ずかしそうに目をそむけている。
「こ、この子達は?」
ケイシーはカミーユに聞いた。
「ええ。例の盗難事件に、自分たちが関係していると言うんです」
「えっ!?」
ケイシーは驚いて再度二人に目をやると、彼女達は怯えたように手を取り合った。
「どういうことだ?カミーユ、君、ブローチのこと、知ってたのか!?」
聞かれたカミーユは、静かに頷いた。
「昨日、あなたがクイーンの部屋を訪れた時、嫌な予感がしましてね。……恥を承知で、あなた方の会話を聞かせてもらいました」
「……っ」
普段冷静なカミーユの意外な行動に、ケイシーは唖然とした。
「とりあえず、私に出来ることは情報収集です。事件があった日の状況を、4組の生徒に聴取しました」
カミーユの手際の良さに、ケイシーは驚きの表情のままだった。
「何か分かったのか?」
「三限目の体育の授業の時に、ブローチが無くなったことが分かりました。……それで、目撃証言が得られたんです。更衣室で怪しげな行動をしていたという彼女を……」
カミーユは、黒陽の制服を着た女子生徒に目を向けた。
ケイシーもそちらに目を向けると、彼女は尚更萎縮して震え始めた。
「マノンじゃない! ブローチを取ったのは私だっ!!」
隣にいた白月の制服の女子生徒が、威勢よく前に出て言った。
ケイシーは少し驚いたが、威勢を見せる彼女の顔や指先が震えていることに気がついた。
「……君達、名前は?」
ケイシーが聞くと、女子生徒二人は目を合わせて頷いた。
「私はマリオン・アルベール。白月の3年2組」
「マノン・アルベールと申します。黒陽の3年4組です」
「双子なのに、所属が違うのか?」
ケイシーが疑問に思って聞いた。
「適正審査の結果で……」
「別々になったんだ」
二人は寂しそうな表情をした。
ケイシーは彼女たちの気持ちを察したが、話を続けた。
「それで、君がブローチを?」
マリオンに視線が向けられ、彼女は頷いた。
「でも、さっきカミーユはマノンの方だと……」
疑念を抱いたケイシーはカミーユに目をやった。
カミーユは全てを知っているようで、頷いて返すと、本人たちに直接しゃべらせようと目を向けた。
「わ、私たち……入れ替わっていたんです……」
マノンが言った。
「なんだって……!?」
予想もしていない答えだった。
マノンは怯えてたじろいだが、マリオンがまた威勢よく話し出した。
「その日の午前中、私はマノンになりすまして、カトリーヌのブローチを盗んだんだ」
「……午後にはお互いの制服を交換して、元に戻りました」
お互いが交互に話すのを、ケイシーは黙って聞いている。
「取ったのはマノンに変装した私で、午後、白月の制服に着替えた私が、ブローチを白月のクイーンのカバンに入れたんだ! ……マノンはいっさいブローチには手を触れてない!」
マリオンはマノンをかばうように訴えた。
ブローチの事件が起こったクラスは黒陽の3年4組。マノンは4組。そしてナタリーも……。
一方で、フランのクラスは白月の2組。マリオンも2組だった。
合点がいったケイシーは、二人に聞いた。
「なんでそんなことをしたんだ……? フランを恨んでいるのか?」
ケイシーが聞くと、二人は必死に首を振って否定した。
「ちがう!」
「わ、私たちは……っ、お、脅されて……っ」
「マノンっ!!」
マリオンが止めた。
「脅された? 一体誰に?」
「………っ」
二人は口をつぐんだ。
すると、苦痛を浮かべたカミーユが口を開いた。
「……こちらのクイーンに。二人は命令されて、仕方なく窃盗を……」
「っ!?」
ケイシーは憎しみを込めた鋭い目で、ナタリーの自室に目をやった。
「ナタリー……やっぱり、アイツが……っ」
今更ながらとんでもないことをしてしまったと、マノンとマリオンはお互い抱き合う姿勢で震えた。
「二人は好奇心から、時々制服を取り替え、入れ替わっていたようです」
カミーユの言葉を聞き、ケイシーは視線を戻した。
「それがクイーンにバレたらしく、校長に黙っておく代わりに、ブローチを盗めと……」
カミーユは深いため息をついた。
校長は、ナタリーという爆弾をこの学園に放り込んだ張本人だ。
欲望の為の鍵となる彼女のためなら、よほどのことがない限り、命令のような頼みも聞き入れる。
校長の異常な過保護さは、全校生徒にも知れ渡っていることだった。
「……ご、ごめんなさいっ……っ……私たち、どんな処罰も受ける覚悟です……っ!」
泣きじゃくるマノンの肩をマリオンが支えた。
「マノンは何もしてないっ! ブローチを取ったのは私なんだっ! 今回のことを引き受けたのも……全部….…っ!」
マリオンの目にも涙が浮かび、今にも泣き出しそうだった。
いたいけな生徒の謝罪に、ケイシーは胸が押しつぶされる思いで、彼女たちを見つめた。
ケイシーは二人の方へ歩み寄った。
彼女たちの肩はビクッと反応した。
「……君達のおかげで真相がわかった。大丈夫。何も心配しなくていい」
視線を合わすように前かがみになり、ケイシーは笑顔を向けた。
「……で、でも……っ」
「ナタリーのわがままに君たちを巻き込んでしまって、本当に申し訳ない。あとは、俺たちの番だ。……正直に話してくれて、ありがとう」
ケイシーの言葉に、二人は赤くなって慌てた。
「ブローチ、私たちが返します!」
「黒陽のクイーンが白月のクイーンをハメよとしたってわかったら、争いの火種が大きくなってしまうよ!」
「……あ……」
ケイシーは何かを思い出すと、バツが悪そうに視線をそらせた。
「申し訳ないけど、あのブローチ、ナタリーのところにあるんだ。昨日、持って来るの忘れてしまって……」
昨日はそれどころじゃなかったため、ケイシーは自身の失態を恥ずかしそうに謝った。
「……エース……」
カミーユは呆れて顔に手を当てた。
ナタリーは怪訝な顔で振り返った。
「一体なんなんですの?全員そろって」
ソファを挟んだ向かい側に、黒陽の守護者三人が険しい表情で立っていた。
「昨日のブローチ、どこへやった?」
真ん中に立っているケイシーが聞いた。
「さぁ?あなたが置いて行ったんでしょう?わたくし、あれから見ても触ってもいませんわ」
すると、カミーユがナタリーの方へ歩き出した。
「なっ、なんなのっ! こっちに来ないでよっ!!」
ナタリーは過敏に反応した。
カミーユは構うことなくナタリーの横を通ると、彼女の後ろに置いてある宝石箱を開けた。
「……ありました」
カミーユはケイシーに向かって言った。
「本当に取ろうとしてるじゃんか……」
リドルは呆れてボソッと呟いた。
「〜〜〜っっ!?」
その言葉に、ナタリーは頭に血を上らせた。
「人聞きの悪いこと言わないでもらえるっ? それは昨日ケイシーがわたくしにプレゼントしたものですわ! わたくしはいらないと言ったのに、彼が無理矢理に置いていって……っ」
とんでもない内容のすり替えに、三人は驚くと同時に呆れた。
「なら、そのブローチが盗まれたカトリーヌのものだと知らなかったって言うのかっ!?」
ケイシーが込み上げる怒りを抑えながら聞いた。
「そうですわ! あなたが昨日わたくしのために持って来てくれたんじゃないの、ケイシー」
すると、ナタリーはわざとらしくハッとした。
「ということは……っ、あなたっ! 人から取ったものをわたくしに……っ! なんてひどいっ!!」
「〜〜〜っっ!?」
被害者ぶるナタリーに、ケイシーの怒りは頂点に達していた。
見兼ねたリドルは、ケイシーを宥めながらナタリーに言い返した。
「けど、あんたさっき、そのブローチを見てもいないし触ってもいないって言ってたじゃないか! なんでそんなものが、あんたの宝石箱に入ってるんだよ!?」
リドルに問いただされるも、ナタリーは涼しい顔で身体を返した。
「わたくし嘘なんてついてませんわ! そんなこと、少し考えたらわかるものでしょ?」
「???」
訳がわからないリドルは、眉をしかめた。
「ケイシーが勝手に持って来て、勝手に入れて行ったんですわよ! そんなことも分かりませんの?」
(んな訳ねーだろっ!!)
ケイシーとリドルは喉まで出かけた言葉を飲み込んだ。
「クイーン。そろそろ認めないと、貴女が惨めな思いをするだけです」
「惨め」の言葉にナタリーはピクッと反応した。
「なんですって……!?」
ナタリーはカミーユを鋭い目で睨んだ。
「あなた! さっきから失礼にも程がありますわ!! 勝手にわたくしの物に触れたり、このわたくしを「惨め」だと罵ったり!! 校長先生とお父様に頼んで、その涼しい顔をへし折ってあげたいくらいですわっ!!」
カミーユが厄介な相手だと無意識に察知しているナタリーは、これでもかと言うほど彼を罵倒した。
いつもの様子とは打って変わり、ものすごい形相で捲し立てるナタリーに、ケイシーとリドルは冷や汗をかいて目をやった。
まるで、敵を威嚇して吠えるメスライオンを見ているようだ。
だが、当のカミーユは表情を変えずに、眼鏡をクイっと上げて話し出した。
「……クイーン。申し訳ありませんが、昨日のここでのエースとのやり取り、私は全て聞いていました」
「………っ」
ナタリーの表情がみるみる変わっていった。
「彼は貴女にブローチなど送ってはいません。彼は、盗難事件の話をしに、このブローチを持って貴女を訪ねましたね?」
「………」
ナタリーは皆から顔をそむけ、唇を噛んだ。
「……貴女が本当に勘違いをしていたのなら申し訳ありませんが、私にはとてもそんな話には聞こえませんでした」
カミーユの言葉に、「プッ」とリドルが吹き出した。
「〜〜〜っ」
ナタリーは真っ赤になって震え出した。
「だからってっ! あなた達、寄ってたかってわたくしを犯人に仕立て上げるつもりですのっ!? 守護者が叛逆を起こすなんて……っ、一体、このわたくしがあなた達に何をしたと言うのっ!?」
ナタリーは目に涙を溜め始めた。
泣き脅し作戦が始まったと、リドルは露骨に「ゲッ」という反応を見せた。
「ひどいですわっ! あんまりですわっ!! わたくしにはあなた達しか頼れる人がいないっていうのに、男三人で寄ってたかって、わたくしをいじめるなんてーーっ!!」
ナタリーは、両手で顔を覆い、「わーーーっ」と声を上げて泣き崩れた。
「もういいですわ……っ校長先生に……っこのことを全部お話しします……っあなたたち……全員どうなるか……っ」
「………」
三人は怪訝な顔で目を合わせた。
「ナタリー……。同学年に、双子の生徒がいることを知っているか?」
「………っ」
ケイシーの問いに、ナタリーはピクッと反応したが、黙って泣き続けた。
「彼女たちから話は全部聞いた。君は彼女たちを利用して、ブローチを盗んだ犯人がフランだと思わせるように小細工をしたんだろ?」
ナタリーの反応は変わらなかった。
「私利私欲で関係のない生徒を巻き込まないでくれよ。俺たちだけじゃ、手に負えなくなる」
ため息混じりにケイシーが言うと、ナタリーは顔を上げた。
「わたくしは悪くありませんわっ!!」
開き直るナタリーに三人は驚いた。
「元々カトリーヌさんの自慢癖がエスカレートしたのが悪いんですのよ? 彼女、そのせいで、今や黒陽の女子全員の嫌われ者ですわ。その事を彼女に分からせるために、わたくしが一肌脱いで差し上げたのよっ!?」
「……あ、あのなぁ……」
リドルが口を挟もうとするのを、ナタリーは許さなかった。
「女子生徒もみんないい気味だと思っているに違いありませんわ! それに、その双子の女子生徒ですけれど……」
ナタリーは立ち上がりながら言った。
「しきたりを無視して遊び半分に入れ替わるなんて、もってのほか!! 名門であるこの学園をなんだと思っていますの? 黒陽と白月という部派がなんのためにあるのか分かっていない生徒がいるなんて知ったら、校長先生はきっと激怒なさるに決まっていますわ! ですから、代わりにわたくしが彼女達にお仕置きをして差し上げただけのことっ!!」
「他に何か?」といった目つきで、ナタリーは三人を睨んだ。
まるでマシンガンのように飛んでくる虚言に、守護者たちは呆気にとられるしかなかった。
ナタリーはカミーユの方へ歩み寄り、彼が持っているブローチを見下した。
「たかがブローチ一つで何をそんなに騒ぎ立てていますの? そんな石ころのために、わたくしが皆さんの役に立ったと思われても、うれしくもありませんわ!」
「ナタリー、お前……っ」
ケイシーが反論しようとするのを、カミーユが止めた。
「それを持って早く出ていってもらえません?」
ナタリーは「しっしっ」とあしらった。
「自分でやったなら自分で返せよ!」
リドルはイラつきながら言った。
「あなた、クイーンのわたくしにそんなことをさせる気? 守護者の言葉とは思えませんわね! 黒陽のイメージが悪くなってもよろしいのかしら? それにわたくし、そんな価値のない石ころ、手にするのも嫌ですわよ」
ナタリーはフンっとそっぽを向いた。
「このヤロウっ!!」とでも言いたげな表情で、リドルは彼女を睨んだ。
「仕方がありませんね。行きましょう」
カミーユは目を閉じて二人に言った。
三人から身体をそむけるナタリーに、リドルは「べーっ」と舌を出して部屋の扉を開けた。
カミーユも黙って出て行き、ケイシーも後に続いた。
何かを思い出し、ケイシーはナタリーの方へ振り返った。
「……白月への攻撃は常識の範囲にしてくれ。度を越えると、取り返しのつかないことになる。……次に何かする時は、一度相談してくれよ」
ケイシーはそう言って部屋を出て行った。
「…………っ」
ナタリーは表情を変えずに黙っていた。
廊下へと出た三人は、今後の対応を話し合った。
「どうするんだ?そのブローチ」
リドルがカミーユに聞いた。
「そうですね……。リドル。ペイジの貴方にお願い出来ませんか?」
「はぁっ!? なんで僕がっ!?」
「貴方は、ミス・カトリーヌと同じ4組です。……庭園に落ちていたとでも言って、返しておいて下さい。貴方なら盗む理由がありませんから、疑われないでしょう」
「う、嘘をつけっていうのかっ!? あのワガママ女王がやったってバラせばいーじゃないかっ!!」
淡々と話すカミーユとは対照的に、リドルは終始声を荒げた。
「……身内に敵を作ると厄介です。内乱があると白月にわかれば、それを利用して勢力を上げる可能性もありますからね。…そうですよね? エース?」
カミーユはケイシーに視線を向けた。
「……ああ……」
ケイシーは顔を濁して頷いた。
「……くそぅ……、なんで僕があんなヤツの尻拭いしなきゃならないんだよ……っ」
諦めた表情のリドルはブローチを受け取った。
数日後。
カトリーヌの元にブローチが戻り、盗難事件の騒ぎは収まっていった。
庭園の椅子に座っていたフランは、数人の女子を引き連れて歩いて来るカトリーヌに気がつき、隠れるように、とっさに身体の向きを変えた。
「………っ!」
チラッとそちらに目をやると、彼女の胸元に例のブローチが付いていることに気がついた。
「………」
視線を戻したフランは、重ねた両手を胸に当て、安堵の息を吐いた。
(……シリウス……ありがとう……。本当に……どうもありがとう……!)
フランは目を閉じて、心の中でシリウスに感謝を述べた。
「フランから何度も礼を言われた。あいつ、オレの手を握って、涙まで流すんだぜ?オレもさすがに参るよな」
受話器から聞こえるシリウスの声は、いつになく明るかった。
盗難事件を経て、フランとの距離が一層近づき、本当はかなり浮かれている様子だ。
「……それは良かった。けどな、シリウス……」
ケイシーが言うと、シリウスが遮った。
「守護者の域を越えるな。そう言いたいんだろ?」
「ま、まあな……」
「わかってる。フランは……大事なクイーンだ。彼女のように純粋な心の持ち主は、この学園にとって大きな希望だ。……オレは、ナタリーという「悪」を、フランの真っ白な清い心で浄化してほしいと思っている。だからこそ、白月を勝利に導いて、フランという正義の存在を校長に……いや、学園にいる全員に知らしめてやるんだ!!」
シリウスの熱のこもった強い正義感に、ケイシーは圧倒された。
「……変わらないな。君は」
ケイシーは微笑した。
「お前だってそう思うだろ?」
シリウスは眉をしかめて受話器を見た。
「……ああ、思う。フランは、希望の星だ……」
歯切れの悪いケイシーの様子を、シリウスは妙に思ったが、その時は特に気にしなかった。
「ありがとな、ケイシー」
「……え?」
「ブローチのことだ。ナタリーに上手く話をつけてくれた」
「………」
ケイシーは受話器から視線をそらせた。
「フランにあんなに感謝されたのも、お前のおかげだ!」
シリウスの笑いが混じった明るい声が、今のケイシーには辛かった。
「……いいんだ。……ああ。……じゃあ、おやすみ……」
ケイシーは、ガチャンッと受話器を置いた。
「………」
深刻な表情でしばらく電話を見つめていたケイシーは、目を閉じて深いため息をついた。
電話が置いてある棚に両手をつき、うなだれる姿は、まるで、のしかかるいくつもの重圧に耐え凌ぐようだった。
第二章 「やまない闇」前編に続きます。
第一章、読んでくださってありがとうございました!
本編「ワンド&ソード 〜王の守護者〜」も合わせて読んでいただけると幸いです!




