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第一章 「元凶はここから……」前編



町外れの丘の上。

頬にあたる風はまだ少し冷たかった。

ここからの景色は去年と変わらない。

変わったのは、あの頃と違って心のざわつきが落ち着いてきたことだろうか……。



「ただ今、主治医の診察中なのですが、いかがされますか?」

看護服を着た四十代後半くらいの女性が言った。

「……そうですか。……じゃあ、外で待たせてもらいます。後から知人も来るので」

少年は礼儀正しく頭を下げると、くるっと身体を返し、癖っ毛の髪を揺らして歩いた。

「あ、あの……失礼ですけれど……」

その看護師は戸惑いながら呼び止め、少年は振り返った。

「……?」

「もしかして、オルマンダ家のご子息様ですか?」

看護師は少し歩み寄った。

「……はい」

少年は、看護師の予想通りオルマンダ家の次男「ケイシー」だった。

「まぁ! でしたら、ぜひ応接間でお待ちください。狭いところですけれど……」

看護師は「さぁ」と誘導するように言った。

ケイシーは一瞬視線を下げると、その看護師に笑顔を向けた。

「いえ、外にいますので、お気遣いなさらないでください」



先ほど看護師と話した建物を後にし、町が見渡せる場所へと歩を進めた。

色彩豊かに植えられた花々は風に揺れ、レンガ造りの建物によく似合っている。

近くには木を囲うように並べられたベンチがあった。

誰もいないのは時刻が早いためだろう。

春とはいえ、午前中の空気はまだ冷たかった。

ケイシーは壁にもたれ、腕を組んでため息をついた。

(俺のこと、あの事件のことで知ってるのか? ……いや、車を見れば、だいたいどちらかの家だと察しはつくか……)

ケイシーは、チラッとそちらに目をやると、すぐに戻した。

「今日くらいは、しがらみから逃れたいと思っていたけど……」

目を閉じたケイシーは眉間にしわを寄せ、再度ため息をついた。

「忘れることはできない。 もう三度目の春を迎えたんだな」

記憶を蘇らせていたケイシーだったが、遠くの方で車のエンジン音が聞こえ、ゆっくり目を開けた。

音が近づいて来たが、建物の向こう側で止んだ。

扉が開く音がすると、若い女と少年のやりとりが聞こえた。

はっきりとは聞こえなかったが、どうやら女の方が少年を気づかっている様子だ。

すると、「バタン」と扉が閉まった。



「先に来ていたんだな」

こちらへ歩いてくる少年に目をやると、ケイシーは少し驚いた。

「シリウス! 車椅子なしで大丈夫なのか?」

「ああ。いつまでもあれに頼ってはいられないからな」

待ち合わせをしていたのは、クロスアルド家の跡取り「シリウス」だった。

二年前の火事で全身に火傷を負い、顔右半分は包帯に包まれていたが、彼の澄んだ左目は、以前と全く変わってはいない。

ケイシーはシリウスに微笑むと、ベンチに座るように勧めた。

「家を継ぐ決心がついたみたいだな。あの頑固じいさんをよく説得したもんだ」

シリウスの隣に腰掛けながら、ケイシーは言った。

「元々そのつもりだったんだ。あの家の人間である以上、ずっとその覚悟はしてきた。……なのに、一度見放した彼女を巻き込むなんて……。お爺様の傲慢さには、愛想が尽きる」

シリウスは指を組んでうなだれ、ため息をついた。

「……オズがダグラスの子だったのは、正直驚いた」

「黙っていて悪かった。これだけは、どうしても口止めされていたんだ。……これは、クロスアルド家の問題だ……」

「いい。お前にだって、話せないことはある。家のことなら尚更だ」

痛いほどよく分かるケイシーは、笑ってシリウスに返した。

シリウスは自然と笑顔になって、ケイシーを見た。

「彼女がフランのようにならなくて、本当に良かった。やっとオレにも誰かを救うことができたみたいだ」

シリウスは視線を上げた。

ーーやっと誰かを救うーー

彼に救われたのは、オズだけじゃない。本来なら全身に火傷を負うのは彼ではなく、ケイシーの弟「エンジー」だったかもしれなかった。

シリウスは自分を犠牲にして、命懸けで弟を守ってくれた。

(……それに……俺だって……)

悲痛な思いで、ケイシーはシリウスに視線を向けた。

一見、目の前の建物を見ているようだったが、彼の瞳はどこか遠くを映していた。

「………」

ケイシーも同じ目をした。

何を見るわけでもない二人は、脳裏に過去を甦らせていた。

救えなかった過去を……。




二年前。

「フランを見なかったか?クァント」

シリウスは少し不安そうに、同じ制服を着た長身な男子生徒に声を掛けた。

肩まで伸びた黒髪を揺らして振り返ると、呆れた顔でフッと笑った。

「シリウス。また逃げられたのか? 少し過保護が過ぎるぞ」

「うるさい。ナイトのお前が仕事もせずにフラフラしているから、オレが代わりを務めているんだ」

「何を言い訳してんだよ」

シリウスの必死さを嘲笑するのは、今期白月のナイトに選ばれた【クァント・ハッタン】だった。

「また庭園にいるんじゃないのか? それとも教会とか」

「さっき見てきた」

「教室は?」

「いない」

「……なら、食堂……?」

「フランがあんな騒がしいとこ、行くわけがない!」

「………」

なら知らんといわんばかりに、クァントはシリウスに目を向けた。

目つきの悪いクァントに睨まれたシリウスは、ムッとして顔をそむけた。

「もういい! お前には頼らない! 好きにフラフラしてろ!」

シリウスはクァントの飄々(ひょうひょう)とした態度を毛嫌いし、そのまま走り去っていった。

「……任務なのかなんなのか……」

背中が遠くなるシリウスを見ながら、クァントは呟いた。



「やってられるかっ!!」

一人の小柄な少年が、「バンッ」とカバンをテーブルに叩きつけた。

「……またこき使われたのか?リドル」

部屋の壁際に置かれた机で勉強していたケイシーが振り返った。

「アイツ、この僕に荷物係をさせた挙句、土の上を歩かせた罰だと言って、靴磨きをさせたんだぞっ!? 僕がペイジだからって、そこまでは任務の度を超えてるじゃないかっ!!」

赤い顔で興奮するのは、今期黒陽のペイジを担う【リドル・クレイユバン】だ。

「もう我慢の限界だぁーっ!!!」

玉ねぎのように上を向いた毛先を掻き乱し、リドルは叫んだ。

彼の様子をいつものことのように見ていたケイシーは、「はぁ」と深いため息をついて立ち上がった。

「落ち着けよ。いつも言ってるだろ? ナタリーのわがままは、今に始まったことじゃない」

リドルの肩に手を置き、ケイシーは彼をソファに座らせた。

「俺たちが耐えていれば問題ないんだ。奴が好き放題するのも、俺たち黒陽の守護者にだけだ。他の生徒に手出しできる度胸はない」

うなだれるリドルの向かいに座り、ケイシーは言い聞かせた。

リドルは掻き乱していた手をピタリと止めた。

「……そんなこと、今に言ってられなくなるさ……」

「……え?」

聞き返すと同時にリドルは顔を上げ、強張った表情でケイシーに目を向けた。

「今日、うちのクラスで紛失事件が起きた」

「紛失……?」

「アイツが目をつけている女子のブローチが無くなったんだ!」

ケイシーはハッとした。

リドルと黒陽のクイーン「ナタリー」は同じ3年4組だ。

その紛失事件の犯人がナタリーだと、ケイシーはすぐに察した。

「……彼女だったのか?」

恐る恐る聞いたが、リドルは首を横に振った。

「……まだわかってない……。けど、絶対にアイツに決まってる!」

「どうしてわかる?」

身を乗り出して決めつけるリドルにケイシーは聞いた。

「だってそうじゃないか!? その女子はクラスで成績もトップだし、宝石商の家の娘で、父親からもらったっていう髪飾りやアクセサリーを、これ見よがしに毎日つけてくるんだ! 今日なんか、5カラットのエメラルドが埋め込まれたブローチをクラスの女子達に自慢してたんだっ!!」

その情報だけで、ナタリーの格好の餌食になる要素は十分なくらい揃っていた。

ケイシーが眉間にしわを寄せると、リドルは続けて言った。

「それに、その女子のこと、以前から気に食わなさそうに見てた……。絶対にアイツが盗んだんだ!」

「待てよ。確証はあるのか?」

興奮を抑えるようにケイシーが聞いた。

「ないよ! そんなの! ずっとアイツを見張ってるわけじゃないし。そんな悪趣味なこと、頼まれたってごめんだね!」

リドルはこれでもかというくらい、ナタリー嫌いをアピールした。

「さっき、まだ解決していないって言ってたな。その紛失騒動に関して、クラスの担任はどんな対処をしたんだ?」

聞かれたリドルは、聞いてくれとばかりに身を乗り出した。

「アイツが自ら提案したんだよ!」

「……? どういう意味だ?」

「だから、ナタリーがクラスに犯人がいると言って、全員の手荷物検査を提案したんだ」

リドルはそのまま背もたれに倒れて腕を組んだ。

「そんなこと提案したら、自分が疑われることはまずないもんな」

上手いことやりやがるといった表情で、リドルは腑に落ちない様子だった。

「で、誰も持ってなかったんだろ? じゃあ、彼女じゃないんじゃないか?」

「……そうだけど……」

リドルは不満なまま、頬を若干膨らませた。

「こんなこと言うのは悪いが、毎日宝石を見せつけるような生徒なら、他に彼女を羨む者がいてもおかしくはない」

「け、けど……っ」

「今回の件は、様子を見るしかないな」

ケイシーは立ち上がって、先程の机に向かった。

不満げな顔のリドルは、じっとその様子を見ていた。

「……弱みを握られると、さすがのオルマンダ家の君も手出し出来ないか……」

ボソッと呟いた言葉に、ケイシーは目を見開いて振り返った。

「ラングレス家がこのまま幅を利かすのは、オルマンダ家にとっては面白くないことだろ?」

「………っ」

痛いところを突かれたケイシーは、何も返せなかった。

「……君の言う通りだ。俺は、家のために黙っていることしかできない……」

ケイシーは拳を握りしめ、悔しそうな顔で言った。

そんな彼の言葉を聞いた途端、リドルは慌てて立ち上がった。

「ち、違う……っ! ……ご、ごめん……。君を責めるつもりでここに来たわけじゃなかったのに……っ!」

禁句を口にしてしまったリドルは、オロオロしてケイシーの元へ駆け寄った。

「君が家のために辛い立場にいるのはよくわかってるんだ! ぼ、僕……っ」

「……わかってる。君を我慢させている俺が悪いんだ。けど、この争いが終わるまで、一緒に耐えてほしい。……ここでなら、好き放題言ってくれて構わないんだ」

意思を固めた、ケイシーの真っ直ぐな瞳に見つめられ、リドルはゆっくり頷いた。

「わかった……。僕は、君についていくよ……」



白月の校舎の廊下を、一人の女子生徒が歩いていた。

ボリュームのある髪を左右に結い、キョロキョロと周囲を見回していた。

「バーバラ!」

角を曲がって同じ廊下に出たシリウスが、彼女に声を掛けた。

「シリウス!探してたんだよ!」

力強く明るい声の「バーバラ」と呼ばれる女子生徒は、振り返ると走ってシリウスの元へやってきた。

【バーバラ・レイニー】。今期白月のペイジである。

「フランと一緒じゃないのか?」

不安そうに聞くシリウスに、バーバラはクスッと笑った。

「やっぱりね。心配してると思ってたよ」

「え?」

「フランなら、科学実験室にいるよ」

「じ、実験室っ!?なんでそんな危ない所に!?」

「しっ!」

驚くシリウスの手を引き、バーバラは人目につかない端の方へ移動した。

「フランってば、今日はアンタに会いたくないって言うんだよ。だからアタシに頼んできたってわけ。アンタにバレないような場所をさ」

バーバラに耳打ちされ、シリウスは驚いて彼女に目をやった。

「そ、そんなにオレ、嫌われてたのか……」

絶望的な表情をするシリウスを見た途端、バーバラがケラケラ笑い出した。

「アッハッハッハッハッ!違うって!アハハッ、おもしろっ!」

「???」

腹を抱えて笑うバーバラに、シリウスは戸惑いの表情を隠せずにいた。

「あの子、なんか様子がおかしいんだよ。いつも物静かだけど、今日は一段とさ。なんか思い悩んでるみたいでね……」

シリウスは深刻な表情で聞いていた。

「何を悩んでるか聞いても、アタシには話してくれなくてさ。きっと一人で抱え込む気だろうね」

バーバラはシリウスの反応をうかがった。

彼は悲痛な表情で視線をそらした。

フッと笑顔を浮かべたバーバラは、シリウスの肩を軽く叩いた。

「だからアンタを探してたってわけだよ」

「……え?」

シリウスは顔を上げた。

「彼女がいちばん頼りにできるのはアンタだ」

バーバラはにっこり笑った。

「けど、オレには会いたくないって……」

シリウスは眉をしかめた。

「何言ってんの!逆に決まってんじゃないの!」

「……?」

「彼女はアンタにだけは心配かけたくないから逃げてんの! もう。半年も守護者やってて、まだわからないのかねぇ」

バーバラは「やれやれ」と首を横に振った。

(……オレに心配かけないために……?彼女にとって、オレがいちばん頼れる相手……?)

シリウスは「ドクンッ」と胸を高鳴らせた。

「あ、ありがとうバーバラ。……行ってくる」

シリウスは火照る顔をバーバラに向けられないまま、背を向けて走り去った。

「……あーあ。真っ赤になっちゃって。世話が焼けるねほんとに」

隠したつもりだったが、おせっかい焼きのバーバラにはお見通しのようだった。



科学実験室。

後ろの端の席に座っているのは、白月のクイーン【フラン・ユニファ】だった。

「………」

フランは握りしめた両手に視線を落とした。

ぎゅっと握る掌の中から、緑色の輝きが漏れている。

それは、紛失事件で盗まれた例のブローチだった。

フランは思い詰めた表情でゆっくり目を閉じた。

その時、「ガラッ」と勢いよく扉が開いた。

フランはビクッとして、とっさにブローチをポケットの中に隠した。

「ここにいたのか。ずいぶん探したんだぞ」

扉を開けたシリウスは、上がった息を整えながら言った。

「……シリウス……。……あ、あの……」

フランは「何故?」という表情だったが、聞くこともできずにうつむいた。

バーバラの言った通り、フランは元気がない。

シリウスは教室の扉を閉め、黙ってフランの方へ歩いた。

「……ど、どうして……?」

一歩一歩近づいてくるシリウスに戸惑いながら、フランが聞いた。

「どうしてわかったって?……さっきまで一緒にいたんじゃないのか?バーバラと」

「……あ……」

察したフランは、またうつむいた。

シリウスはフランの隣に座った。

やはり、彼女の表情はいつもと違う。

「………っ」

じっと見つめられ、後ろめたさもあるフランは、耐えきれずに顔をそらした。

「どうした?一体何があった?」

「………」

フランは答えず、うつむいたままだ。

シリウスは机の上に添えている彼女の手を取った。

「っ!?」

フランは驚いてそれに目を向けた。

「オレにも話せないのか?」

シリウスのすがるような視線に囚われ、フランは彼をじっと見つめ返した。

「……シ……シリウス……。わ、わた……しっ」

「っ!?」

フランの目から涙がこぼれ落ちている。

不安で今にも押しつぶされそうな少女を目にしたシリウスは、とっさに彼女を抱きしめた。

「っ!? ……シ、シリウス……っ!?」

驚いたフランは、視線をシリウスの方へ向けた。

シリウスの両腕の力が強まり、フランは体温がどんどん上がっていくのを実感した。

「オレには、何でも話すって約束してくれよ……。フラン……」

シリウスは力を緩め、ゆっくり身体を離した。

「それとも、オレじゃ頼りにならないか?」

顔を近づけて聞くと、目の前で顔を火照らすフランは、目をつむって必死に首を横に振った。

「なら、話してくれるな?」

「………」

フランは黙って頷いた。

彼女は先程隠したブローチをポケットから取り出し、震える両手でシリウスに見せた。

大きなエメラルドの輝きに、一瞬目を奪われたが、すぐにフランに目を戻して聞いた。

「これは?」

「……私のカバンに入っていたの」

「フランのものじゃないのか?」

フランは頷いた。

シリウスは、再度ブローチに目を戻した。

「じゃあ、一体……」

誰のものなのか、シリウスはうかがうようにフランを見つめた。

「……た、多分、黒陽の……カトリーヌさんのものだと思うの……」

「黒陽の!?」

シリウスは驚いた。

「どうしてフランが黒陽の生徒のブローチを持ってるんだ!?  黒陽の者とは接するなと、あれほど強く言ったじゃないか!」

白月のクイーンであるフランは、黒陽から真っ先に狙われる人物だ。

繊細で内気な性格をよく知っているシリウスは、彼女が傷つくのを恐れ、日頃から気をつけるように念押ししていた。

そのためか、シリウスは感情的になってしまい、声を荒げたせいで、フランはビクッと怯え始めた。

「っ!?」

震えるフランを見て、シリウスは「しまった」と彼女の肩に優しく手を置いた。

「すまない、つい怒鳴ってしまった……」

「……いえ……」

フランは胸に手を当てて深呼吸した。

「その生徒が、何か言ってきたのか? それをやるから、代わりに勲章を渡せとか?」

シリウスは、フランの胸ポケットに付いた勲章をチラッと見た。

フランは首を横に振った。

シリウスは「それなら、どうして?」と言いたげな表情でフランを見つめた。

「………朝、支度をした時にはなかったの…。お昼休みに教室に戻ってきて、授業の準備をしようとしたら……カバンの中に……」

フランは胸に手を当てたまま、少しずつ落ち着きを取り戻してきた。

シリウスは「そうか」と頷いて続けた。

「そのブローチが黒陽の生徒の物だと、どうしてわかったんだ?」

「………今朝、庭園に行った時、黒陽の女子生徒たちが何人かで集まっていたの。その時、カトリーヌっていう生徒のことが話題に上がっていて……。今日は、大きなエメラルドのブローチをしてきたって……」

「そのカトリーヌ本人は、その場にいなかったのか?」

フランは頷いた。

「………」

シリウスは、フランが何か言うのをためらっているように見えた。

「どうした?……その時、何か見たのか?」

すると、フランはすかさず首を横に振った。

「……見てはいない……。けど……」

「けど?」

「………彼女、黒陽の女子から、あまり良く思われてないみたいで……。庭園にいた子たち……彼女のことを………っ」

フランはぎゅっと目をつむった。

「わかった。もういいフラン」

シリウスはそれ以上思い出さないように、フランの頭を優しく撫でた。

(……黒陽内部のいざこざか……。それを利用してフランを陥れるつもりか?……汚い真似しやがる……っ)

シリウスは黙って考えると、フランに目をやった。

「フラン。そのブローチ、オレが預かる」

「……えっ!?」

フランは顔を上げた。

「で、でも、そんなことしたら、あなたが疑われるわ!」

「大丈夫。少し確かめたいことがあるんだ。……それに、オレが疑われるのくらい、なんてことない」

ーー君を救えるならーー

彼の笑顔に、フランは頬を赤く染めた。

フランは黙ってシリウスにブローチを託した。


フランを自室に送り届け、シリウスは一人廊下を歩いていた。

「っ!?」

東側の校舎から黒陽の生徒が二人、こちらに歩いてくることに気がつき、シリウスは驚いた。

驚いた原因は相手が黒陽の生徒だからではない。


「あっ!おい、ケイシー、シリウスだ!」

リドルはケイシーの腕を掴み、指を差した。

「……っ!?」

ケイシーはシリウスと同様に驚いた。

「………」

「………」

二人は互いをじっと見つめた。

リドルは二人を交互に見た。互いがどう動くか様子をうかがっているようだ。

シリウスとケイシーは鋭い目をして、表情を強張らせた。

そのまま二人は再び足を動かした。

すると、リドルが走り出し、ケイシーをかばうように前へ出た。

「これはこれは! 誰かと思えば、白月のエース、シリウスさんじゃないか!」

シリウスはそちらに目を向けた。

「今日はお一人で? いつもべったりの可憐なお姫様は、一緒じゃないんですかい?」

「………」

リドルの茶化しに慣れたシリウスは、じっと彼に目を向けている。

ケイシーは二人から視線をそらした。

「それとも、執着しすぎて愛想尽かされたのかな〜?クイーンを怒らせるなんて、守護者としていかがなもんかなぁ」

シリウスは目をピクッと反応させた。

「内乱を解決できない愚か者には、言われたくないセリフだ」

「……へ?」

リドルはきょとんとした。

「内乱?」

ケイシーが眉をしかめて聞いた。

「盗難に遭ったのは、宝石商の娘らしいな?」

「っ!?」

「な、なんで知って……っ!?」

リドルは慌てて口をつぐんだ。

「そっちが知っているってことは、今回の件、何か関与しているのか?」

ケイシーは鋭く指摘した。

リドルは「そーだそーだ!」と頷いて、シリウスを睨んでいる。

「当事者の彼女は今、話題の中心だ。嫌でも白月にだって噂は広がる」

「だ、だからって、今日起こったことが、お前の耳にそんなに早く届くとは思えないけどな!」

リドルはすかさず言い返した。

「こっちには情報通のバーバラがいるんだぜ?」

シリウスは目を光らせた。

「……くっ…、あの噂好き女め……っ!」

リドルはぐうの音も出ずに黙った。

リドルを言い負かしたシリウスは、ケイシーに目をやった。

「カトリーヌっていうのか?黒陽の女子たちの間では、かなりの『人気』らしいじゃないか」

嫌味を言うシリウスに、ケイシーは黙って目を向けていた。

「そちらのクイーンが、指をくわえて黙って見てるとは、到底思えないけどな」

「っ!?」

ケイシーはシリウスの意図を察し、鋭い目を向けた。

「……何が言いたいんだ?」

「いや。ただ……」

シリウスは一度目を閉じると、また開いてケイシーをじっと睨んだ。

「内乱だけにとどめておかないと、取り返しのつかないことになるぞ」

「………」

ケイシーは黙ってシリウスを見ている。

そんな彼にシリウスは「フッ」と笑みを浮かべると、ゆっくり歩み寄った。

「……ご愁傷様だな……」

ケイシーはハッとした。

耳打ちしたシリウスは身体を返し、静かに階段を下りていった。

「お、おい! 何か言い返せよ! ケイシー!」

リドルはケイシーの制服を掴んで、悔しそうに言った。

だが、ケイシーは黙ったまま、シリウスの背中を見つめていた。



その日の夜。

ケイシーは自室の電話の前に立っていた。

先ほどからずっと何かを考え込む表情で、落ち着かない様子だ。

しばらくの間そこにいたのか、少し疲れて壁に背をつけた。

腕を組み、目を閉じて考えにふけっていたその時だった。

「ジリリリリンッ」と電話が鳴り、ケイシーはパッと目を開けて急いで受話器を取った。

「……もしもし?」

ケイシーは探るように受話器の向こうへ声をかけた。

「すまない、急に電話が入って遅くなった」

受話器の声はシリウスのものだった。

ケイシーは安心して、また壁に背をつけた。

「いや、大丈夫だ。……相手はフランだな?」

「っ!?」

「ほどほどにしておけよ。守護者の域を越えると変な噂になるぞ。ただでさえ、君はクロスアルド家の人間なんだからな」

「………っ」

シリウスは赤くなって受話器に顔を向けた。

電話の前のシリウスの様子が目に見えるようで、ケイシーは「ハハハッ」と声を上げて笑った。

「〜〜〜っ、お前なぁ……っ」

本人は隠しているつもりだったのだろう。

守護者たちやケイシーにまで、フランへの想いがバレていると知り、シリウスは真っ赤になって受話器からの笑い声に視線をそむけた。

「……君から電話するなんて言うから、少し驚いたよ」

笑い終えたケイシーが言った。

先程の「ご愁傷様」は、「今夜電話する」という意味だったらしく、二人で決めた合言葉だった。

「例のブローチのことか?」

ケイシーは早速本題に入った。

シリウスは電話を引き寄せ、手元にあるブローチを静かに見つめた。

「ああ。今、オレが持ってる」

「な、なんだって!?」

ケイシーは壁から背を離した。

「なんで君が持ってるんだ!?まさかシリウス、君……っ」

「オレが犯人だと思うか?」

「……いや。そんなことする理由がない」

「だろ?………」

「………?」

シリウスが黙り、ケイシーは眉をしかめて受話器に目をやった。

「はぁ」と一呼吸置いてから、シリウスは話し出した。

「……フランから預かった」

「えっ!?」

「彼女が持っていたんだ」

「っ!?フランが!? ……ってことは……」

「犯人はフランじゃないぞ!」

シリウスは念押しした。

「……?一体どういうことなんだ? 君の言った通り、今回のことは、こっちの問題だけじゃないのか?」

ケイシーはずっと眉をしかめている。

「お前が思っているより、遥かに大きな問題になりそうだ……。そうならないように、こうして電話してる……」

シリウスはため息をついた。

「………っ」

ケイシーは胸をざわつかせた。

フランから聞いた一部始終を、シリウスはケイシーに話した。


「……ケイシー?おい、ケイシー?」

シリウスが受話器の向こうで問いかけるも、拳を強く握るケイシーの耳には聞こえていなかった。

「……シリウス……」

怒りで震える声を抑え、ケイシーは言った。

「な、なんだ?大丈夫か?ケイシー」

ようやく反応を示し、シリウスは安心したものの、微かな不安を覚えながら尋ねた。

「そのブローチ、俺が預かる」

ケイシーの言葉を聞き、「やっぱりな」とシリウスは頷いた。

「……そうするしか……ないよな……」

シリウスは手元のブローチをじっと見つめた。

エメラルドの放つ光が、無邪気に輝いて見えた。




「元凶はここから……」後半に続きます。



第一回、読んでくださってありがとうございます!

前作の「ワンド&ソード 〜王の守護者〜」の学園ファンタジー(ミステリー)とはまた違った形で楽しんでいただけたら嬉しいです!

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