表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
7/14

第007話 雪道の欠陥

北へ進むほど、空の色が変わっていく。


王都の冬は、冷たいとはいえ人の暮らしを許す寒さだった。北境へ向かう道の寒さは、石の隙間にも入り込み、馬車の床から足首を噛む。


わたしは膝掛けをかけ、資料を押さえながら窓の外を見た。


白い野原。

枯れた林。

凍った用水路。


そのところどころに、小さな魔導灯の柱が立っている。


北境街道の暖房灯だ。


通行人や馬車が凍えないよう、一定間隔で設置されている。王宮の観賞用灯と違って、こちらは命綱だった。


そのはずなのに、半分ほどが弱っている。


「カイ様、街道灯の管理はどちらが」


「北境と王宮運輸局の共同だ。設置費は北境、魔力供給は王宮補助に含まれている」


「共同管理は、責任逃れが発生しやすい形式です」


「分かる」


カイ様は短く答えた。


現場で何度も苦労した人の返事だった。


馬車が坂道に入ったとき、前方の護衛が手を上げた。


停止の合図。


ムギが不満そうに鼻を鳴らし、馬車が止まる。


外に出ると、雪道の先で小さな荷馬車が立ち往生していた。車輪が凍った轍にはまり、荷台の上には木箱が積まれている。


荷馬車のそばに、年配の男が座り込んでいた。


「大丈夫か」


カイ様が駆け寄る。


男は驚いたように顔を上げ、慌てて立とうとした。


「辺境伯様!」


「座っていろ。怪我は?」


「足を少しひねりました。荷は、北の村へ運ぶ暖炉部品です」


わたしは荷台を見る。


木箱に浮かぶ数字。


部品数、二十四。

納品先、ラッカ村。

遅延許容、六時間。

破損危険、低。


問題は荷ではなく、道だった。


街道暖房灯のひとつが完全に消えている。その周囲だけ雪が深く凍り、轍が硬い溝になっていた。


「この灯はいつから消えていますか」


男は首を傾げた。


「三日前です。運輸局へ届けましたが、王宮の管轄だから時間がかかると」


「三日前」


わたしは灯柱に触れた。


冷たい。


《帳簿視》を使うと、内部の魔力管に細い赤線が見えた。


供給不足。

弁閉塞。

原因、遠隔調整。


遠隔で絞られている。


「カイ様、この街道灯も同じです」


「抜かれているか」


「はい。ただし孤児院より悪質です。消えると道が凍り、物流が止まります」


「村の暖炉部品が届かなくなる」


「そして村の暖房不良が増え、追加魔石が必要になる」


カイ様の目が冷えた。


寒さのせいではない。


「直せるか」


「応急処置なら」


わたしは工具箱を開けた。


馬車に積んでいたものだ。昨夜マルタさんが、半ば強引に持たせてくれた。


『辺境伯様がいるなら大丈夫、なんて思うんじゃないよ。偉い男がいても、壊れた弁は直らない』


その言葉は正しかった。


カイ様は偉い。


けれど、凍った弁は工具でしか動かない。


わたしは灯柱の下部を開き、詰まった弁に銅針を差し込んだ。雪で指がかじかむ。手袋越しでも金属の冷たさが伝わった。


「エリス嬢、手を貸す」


「では、こちらを押さえてください。強くしすぎると割れます」


「了解した」


辺境伯に灯柱の外板を押さえさせる伯爵令嬢。


王宮なら誰かが卒倒する絵面だろう。


ここでは、誰も文句を言わなかった。


必要な人間が、必要なことをしているだけだ。


弁が少し動く。


魔力の流れが戻り、灯柱の芯に淡い光が宿った。


だが、まだ弱い。


「荷馬車の木箱に、予備の銅線があります」


わたしが言うと、年配の男が目を丸くした。


「あります。なぜ分かるんです」


「見えます」


男はしばらく考え、深く頷いた。


「北境では、役に立つなら理由は後でいいです」


いい土地だと思った。


銅線を借り、迂回路を作る。応急の導線は美しくないが、街道灯は雪を溶かす程度には回復した。


凍った轍の表面がゆっくり緩む。


ムギが前へ進み、荷馬車を引き出した。


若い騎士が誇らしげに言う。


「ムギ、偉いぞ」


ムギはわたしの鞄を見た。


「干し林檎は経費に入りますか」


わたしが尋ねると、カイ様は真顔で答えた。


「街道救助に必要な馬の報酬として、妥当だ」


「では、一枚だけ」


ムギは一枚では不満そうだった。


だが、過払いは癖になる。


荷馬車の男は何度も礼を言った。


「ラッカ村には子どもが多いんです。今日中に着かなければ、古い暖炉がもたなかったかもしれない」


「道が戻ったなら、間に合います」


「本当にありがとうございます」


その言葉を聞きながら、わたしは街道灯の記録を紙に写した。


番号、北街道二十七番。

停止日、三日前。

管理責任、王宮運輸局共同。

応急修理、金貨一枚相当。

請求予定先、未定。


未定が増えるのは好きではない。


けれど、今は証拠を集める段階だ。


馬車に戻ると、カイ様がわたしに温かい茶を差し出した。


「手が冷えている」


「ありがとうございます」


「この調子では、道中だけで仕事が増えるな」


「想定内です」


「君は疲れていないか」


「疲れています」


カイ様はその返事に少し驚いた顔をした。


わたしは茶を飲んでから続けた。


「ですので、次の宿場で三十分休憩を申請します」


「許可する」


「申請書は必要ですか」


「不要だ」


「いい職場ですね」


その言葉に、カイ様は目を伏せた。


「そう言われる北境にしたい」


馬車が再び動き出す。


窓の外で、応急修理した街道灯が淡く光っていた。


小さな灯りだ。


王宮の大広間を飾る魔導灯ほど華やかではない。


けれど、その灯りの下では、荷馬車が動き、村に部品が届き、誰かの部屋が暖かくなる。


数字の先には、いつも人がいる。


それを見失った場所が、いま王宮なのだと思った。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ