番外編2 聖女様の子ども用帳簿
リリアナ様は、子ども用帳簿に本気だった。
最初は、白灯支援基金の説明用に一枚だけ作る予定だった。
けれど孤児院の子どもたちが食いついた。
銅貨の絵。
パンの絵。
暖炉の絵。
包帯の絵。
街道灯の絵。
氷竜の絵。
とくに氷竜の絵が人気だった。
「氷竜さん、もっと大きく描いて」
「でも、帳簿なので余白が」
「大きい方が強そう」
「帳簿に強そうさは必要でしょうか」
リリアナ様は真剣に悩んだ。
わたしは横から助言した。
「子どもが見る帳簿なら、興味を持つことも重要です」
「では、氷竜さんを大きくします」
「ただし、支出欄が潰れない範囲で」
「はい」
こうして、氷竜は帳簿の右下に大きく描かれた。
少し丸い。
本人が見たらどう思うかは分からない。
後日、氷鳴き谷へ写しを持っていったところ、氷竜はしばらく絵を見つめていた。
『我は、もう少し鋭い』
「子ども向けですので」
『ならばよい』
よいらしい。
子ども用帳簿の講座は、北区孤児院と北境孤児寮で始まった。
リリアナ様は、硬貨の絵札を使って説明する。
「銅貨十枚で銀貨一枚です」
「銀貨一枚でパン何個?」
「場所によります」
「えー」
「だから、値段も記録します」
子どもたちは、不満そうにしながらも楽しんでいた。
帳簿という言葉は難しい。
でも、自分たちの暖炉やパンとつながると、急に身近になる。
ノアはすぐに覚えた。
「これ、未払いってこと?」
彼は、支払い予定日の横に空欄がある紙を指さした。
「はい。まだ払われていないという意味です」
リリアナ様が答える。
「じゃあ、誰が払うの?」
「そこを確認します」
「確認しないと?」
「困る人が出ます」
ノアは真剣に頷いた。
「エリス姉ちゃんみたい」
リリアナ様は笑った。
「そうですね。エリス様みたいです」
少し照れるので、やめてほしい。
講座の最後に、子どもたちは自分だけの小さな帳簿を作った。
今日もらったおやつ。
明日使う薪。
修理してほしい椅子。
読みたい本。
お金だけではない。
物や時間や約束も、記録できる。
一人の小さな女の子が、帳簿の最後にこう書いた。
「ありがとうをわすれない」
リリアナ様はそれを見て、しばらく黙っていた。
「エリス様」
「はい」
「帳簿に、ありがとうも書いていいのですね」
「はい」
数字だけではない。
けれど、数字を消してしまうのでもない。
支出の横に、誰のためだったかを書く。
収入の横に、誰が託してくれたかを書く。
ありがとうを記録する帳簿は、たぶん長く続く。
白灯支援基金の月次報告には、その月から新しい欄が増えた。
支援先からの言葉。
短い欄だ。
けれど、寄付者はその欄をよく読んだ。
「暖炉がつきました」
「包帯をありがとう」
「街道灯のおかげで荷馬車が来ました」
「氷竜さんへの返済、がんばってください」
最後の言葉を見た氷竜は、またしばらく沈黙した。
『人の子は、妙なものを記録する』
「嫌ですか」
『いや』
氷竜は目を細めた。
『暖かい』
その言葉を、リリアナ様は白灯支援基金の特別報告に書いた。
氷竜からの受領コメント。
暖かい。
非常に珍しい領収確認だった。




