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第037話 王宮赤字監査院

王国に新しい部署ができた。


正式名称は、王国財務監査連絡院。


ただ、王宮の官吏たちはこっそり別名で呼んでいる。


王宮赤字監査院。


名付けたのは、たぶんカーター財務官だ。


本人は否定しているが、筆跡が報告書の余白に残っていたので、かなり疑わしい。


この監査院は、王宮に常駐しない。


本部は王都財務院に置かれるが、北境に監査室を持ち、各地の支援、補助金、魔力供給契約、災害対策費を照合する。


わたしは、その初代監査顧問に任命された。


肩書きは大げさだ。


だが、雇用契約は現実的だった。


勤務拠点、北境。

王都出張、月二回まで。

緊急対応、別途協議。

夜間作業時、翌日午前休。

食事、一日三回。


この条項を見た国王陛下は、少し笑ったらしい。


そして「王宮全体にも導入せよ」と言った。


よい流れだ。


監査院の最初の仕事は、白灯支援基金の初回月次報告だった。


リリアナ様は、子ども用収支表と大人用収支表の両方を作った。


子ども用には、銅貨の絵、パンの絵、暖炉の絵、包帯の絵が描かれている。


ノアたちはそれを見て、どの銅貨が何になったのかを説明できるようになった。


「これ、うちの暖炉」


「これは薬」


「これは街道の灯り」


小さな手が、数字と絵をなぞる。


寄付者もそれを見て笑った。


支援は、遠くの美しい言葉ではなく、手元の硬貨がどこへ行くかの話になった。


それは、とても強い。


王宮側では、レオンハルト殿下が地方視察を続けていた。


最初の報告書には、ずいぶん王太子らしい美辞麗句が並んでいた。


二通目から、少し変わった。


北門医療院、湯温不足なし。

南部穀倉地帯、霜害対策費の記録不備あり。

西部街道、修理費未払い二件。

視察先の宿、暖炉は良好。食事は冷めていた。


最後の一文は不要だと思ったが、現地の実感としては悪くない。


殿下も、少しずつ数字の先を見始めている。


グレンは、北境での賠償労役に入った。


最初は当然のように不満を言ったらしい。


しかし料理長が「文句を言う口があるなら玉ねぎを刻みな」と言い、彼は一日で沈黙した。


北境の台所は、王宮官僚の矯正にも有効かもしれない。


もちろん、彼の罪が消えるわけではない。


ただ、彼が「調整」と呼んだものの先に、どれだけの手作業があったのか、知る機会にはなる。


氷竜との協定も始まった。


初年度の返済熱量は、予定より少し多く送れた。


厨房炉の廃熱回収が予想以上に良かったためだ。


料理長は得意げに言った。


「玉ねぎスープが竜を満足させたね」


実際には炉熱だが、あながち間違いでもない。


氷鳴き谷からは、氷狼の出現数が減ったとの報告が来ている。


氷竜は、契約板の写しを谷に立てたらしい。


竜が契約板を眺めている姿を想像すると、少し面白い。


春の初め、監査院の看板が北境城西塔に掛けられた。


王国財務監査連絡院 北境監査室。


その下に、小さな木札がある。


監査補助席、ルル。


これはトマが勝手に作った。


わたしは一度外そうとしたが、ルルが札の前に座って動かなかったため、保留になった。


保留は、時にほぼ承認である。


看板を見上げていると、カイ様が隣に来た。


「よい場所になったな」


「まだ始まったばかりです」


「それでも、始まった」


「はい」


西塔の窓から、北境の街が見える。


雪はだいぶ溶け、屋根の端から水が滴っている。街道灯は昼の光の中で静かに立っていた。


あの灯りを守るために、ずいぶん遠回りした。


婚約破棄から始まり、孤児院、北境、王宮、聖女基金、春告げの塔、氷竜。


少し広げすぎた気もする。


けれど、帳簿の線は、思わぬところでつながるものだ。


「エリス」


カイ様が言った。


「前向きな保留は、今も前向きか」


「はい」


「それはよかった」


「ただし、監査院の開設初年度は忙しいです」


「分かっている」


「婚約を検討する場合、業務に支障が出ない計画が必要です」


「計画を作ろう」


「本気ですか」


「本気だ」


彼は真顔だった。


わたしは少し考えた。


婚約計画表。


式典費。

招待客。

移動日程。

休暇。


やはり、色気より先に項目が浮かぶ。


でも、それを笑わず一緒に考えてくれる人がいる。


それは、悪くないどころではない。


「では、まず予算案から」


「そこからか」


「重要ですので」


カイ様は笑った。


わたしも笑った。


西塔の新しい監査室で、わたしたちは婚約の予算案を作り始めた。


ルルが机の上に乗り、招待客名簿の上で丸くなる。


監査補助として、最初の指摘はこうだった。


猫用の席がない。


追記した。

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