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第032話 王宮財務再建の見積書

王宮財務を立て直すには、まず王宮が自分を豪華だと思い込むのをやめる必要があった。


これは、言葉にすると簡単だ。


実行はかなり難しい。


王宮には、長く続いてきた慣習がある。


季節ごとの夜会。

国賓用の装飾。

南庭の温室。

王太子宮の香油。

神殿への儀礼寄付。

貴族たちへの面子。


ひとつひとつは、まったく無意味ではない。


外交に必要な華やかさもある。

王家の威信を保つ場もある。

民が不安にならないための象徴もある。


問題は、優先順位と支払い能力だ。


わたしは財務院の会議室で、王宮支出を五分類に分けた。


生命維持。

防衛。

行政。

外交。

装飾。


「装飾を全て切るわけではありません」


わたしは説明した。


「ただし、生命維持と防衛の未払いがある状態で、装飾を優先することは禁止します」


貴族出身の官吏が手を上げた。


「しかし、王宮が貧しく見えれば、諸外国に侮られます」


「未払いで豪華に見せる方が危険です」


「ですが」


「支払い不能の豪華さは、信用を削ります。外交に必要な装飾は、予算内で設計してください」


会議室の空気は重かった。


わたしはここでは人気者ではない。


北境では、暖炉がつけば結果が見える。


王宮では、削るものが多い。


人は、自分に関係する支出を削られると怒る。


それでも進めるしかない。


カーター財務官が、わたしの横で補足した。


「今後、全支出には責任者、支払い期限、財源、優先区分を付ける。未払いが三十日を超えた場合、財務院が自動的に警告を出す」


「自動的に?」


別の官吏が言う。


「そのような厳格な運用は、王宮の柔軟性を損ないます」


「柔軟性の名で、誰かに未払いを押しつけてきたのです」


カーターの声は静かだった。


以前の彼なら、ここまで言わなかったかもしれない。


王宮も少しずつ変わっている。


ただし、変化には抵抗がつきものだ。


会議の終盤、レオンハルト殿下が入ってきた。


以前なら、官吏たちは一斉に立ち上がり、殿下の顔色を伺った。


今も立ち上がったが、空気は少し違う。


殿下自身が、会議の進行を止めなかった。


「続けてくれ」


彼はそう言い、空いている席に座った。


王太子が、財務会議で最後まで座る。


これも、王宮では小さな事件だ。


わたしは見積書を殿下へ差し出した。


王宮財務再建助言業務見積書。


業務範囲。

第一期、支出分類と未払い整理。

第二期、慈善基金の再建支援。

第三期、北境暖房網および氷竜熱収支協定の管理連携。


勤務形態。

北境を拠点とする遠隔監査。

月二回の王都出張。

緊急時の追加対応は別料金。


報酬。

日当、移動費、宿泊費、危険手当、夜間対応手当。


休息。

六日に一日以上。

夜間作業時は代休。

食事を抜かない。


殿下は最後まで読んだ。


「食事を抜かない条項は、王宮相手にも入るのか」


「入ります」


「分かった」


あっさり頷いた。


昔の殿下なら、笑っただろう。


あるいは、そんな細かいことをと言っただろう。


今は、そうしなかった。


「報酬も、これでよい。むしろ安いのではないか」


会議室の官吏たちが驚いた。


わたしも少し驚いた。


「適正額です」


「なら、適正額で契約する」


殿下は署名欄を見た。


「ただし、一点だけ確認したい」


「何でしょう」


「君は、王宮へ戻るつもりはないのだな」


会議室が静かになる。


これは業務の話であり、個人の話でもある。


わたしは答えた。


「常駐はしません」


「なぜ」


「王宮にいると、また便利な穴埋めとして扱われる可能性があります。制度が整うまで、距離が必要です」


殿下は、少しだけ目を伏せた。


「その理由を作ったのは、私だな」


「殿下だけではありません」


王宮全体だ。


そして、何よりわたし自身も、自分を守る方法を知らなかった。


必要とされることと、使い潰されることの違いを曖昧にしていた。


今は、そこを分けたい。


「北境は、君を大切にしているか」


殿下が尋ねた。


「はい」


すぐ答えられた。


会議室の隅で、カイ様が静かにこちらを見ていた。


彼は王宮との協議のため同席していたが、この会話には口を挟まなかった。


殿下は、その視線にも気づいたようだった。


「なら、よかった」


それは、少し遅い祝福のようにも聞こえた。


契約は成立した。


王宮財務再建助言契約。


雇用主、王宮財務院。

受託者、エリス・クラウゼル。

拠点、北境。


署名欄に名前を書いたとき、奇妙な感覚があった。


かつて王宮は、わたしが尽くすべき場所だった。


今は違う。


契約に基づき、仕事をする相手だ。


その距離が、心地よかった。


会議後、カーター財務官が深く頭を下げた。


「エリス様。以前、あなたに多くを背負わせました」


「カーター様だけの責任ではありません」


「それでも、私は見ていました。見ていながら、止めなかった」


彼の手元には、新しい支出警告表がある。


「今度は、止めます」


「お願いします」


その言葉は、謝罪より大切だった。


王宮を変えるのは、わたし一人ではない。


残る人たちが、自分の机の上で変えるしかない。


王宮を出る前、南庭を通った。


温室は閉鎖され、しおれた薔薇は取り除かれていた。庭師たちは、春告げの塔の安全確認をしながら、新しい植栽計画を立てている。


季節に合った花を植えるらしい。


冬に無理やり咲かせる薔薇ではなく、春が来たら咲く花を。


それでいいと思った。


無理に咲かせるものは、どこかから熱を奪う。


人も、花も、国も。

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