第031話 裁かれる慈善
グレン・バルドの裁定会は、王宮大広間ではなく、財務院の公開法廷で行われた。
舞踏会のための場所ではない。
華やかな壁画もなく、椅子も硬く、音楽もない。ただ、証言席と記録官の机、そして傍聴席がある。
その方が、今回にはふさわしかった。
わたしは証人として出席した。
隣にはカイ様、少し離れてリリアナ様、前方にはカーター財務官。レオンハルト殿下は王族席にいる。以前より表情は引き締まっていた。
グレンは、やつれてはいなかった。
拘束されてなお、身なりは整えられ、背筋も伸びている。
彼は自分が醜く見えることを許さない人なのだろう。
裁定官が罪状を読み上げた。
慈善基金の不正流用。
北境暖房網からの魔力転用。
王宮南庭春告げの塔の無許可起動。
証拠隠滅未遂。
王宮財務資料の改竄。
グレンは静かに聞いていた。
「認否を」
裁定官が言う。
グレンは口を開いた。
「認めません」
広間がざわめく。
「私は王宮のために調整しただけです」
彼の声は、相変わらずよく通った。
「王宮には象徴が必要です。聖女の花壇、春を告げる庭、王太子の威信。民は数字ではなく、希望を見る。辺境の暖房や孤児院の湯だけでは、国は成り立ちません」
それは、完全な嘘ではない。
象徴は必要だ。
人はパンだけでなく、誇りや物語でも生きる。
だからこそ、グレンの言葉は危険だった。
必要なものを盾にして、優先順位を歪める。
「希望のためなら、孤児院が寒くてもよいと?」
裁定官が尋ねる。
「一時的な不便です」
リリアナ様の手が震えた。
彼女は膝の上で拳を握る。
「北境の停止予測は二十六日後でした」
カイ様の声が響く。
「それも不便か」
グレンは彼を見た。
「辺境伯閣下は、いつも北境だけを見る。王宮全体の均衡を考えたことがない」
「北境が凍れば、王国の北門が開く」
「危機を大きく言うのは、予算を得る常套手段です」
カイ様の目が冷たくなった。
わたしは資料を出した。
「氷狼群の実測記録、寒波時の暖房負荷、地下炉の損失率、春告げの塔起動による魔力変動です」
グレンがわたしを見る。
「あなたは、本当に数字だけですね」
その言葉は、以前なら刺さった。
今は、違う。
「数字だけではありません」
わたしは答えた。
「数字の先にいる人を見ています」
法廷が静かになる。
「北区孤児院の赤ん坊。ラッカ村へ暖炉部品を運んだ荷馬車。北境医療院の負傷者。寄付金を出した職人。自分の名前で集められたお金を知ろうとしたリリアナ様。そういう人たちが、あなたの『調整』の先にいました」
グレンの表情が少し歪む。
「感情論です」
「いいえ。支出先の確認です」
カーター財務官が、次の資料を出した。
「財務院の照合結果です。グレン・バルド局長の指示により、慈善基金から南庭温室へ転用された額は金貨八千七百枚。北境暖房網からの魔力転用額は、換算で金貨四千百枚。さらに宣伝費名目で王太子宮関連支出へ回された額が金貨千二百枚」
「それは、王宮全体の」
「承認記録がありません」
カーターの声は静かだった。
「あなたは調整ではなく、隠蔽を行った」
レオンハルト殿下が立ち上がった。
「グレン」
グレンは彼を見た。
「殿下。あなたが望んだのです。華やかな王宮を。民に愛される聖女を。辺境に縛られない、新しい王国を」
殿下の顔が白くなる。
その言葉には、殿下自身の責任も含まれていた。
「確かに、私は望んだ」
殿下は言った。
「私は、見栄と愛を都合よく混ぜた。君に任せ、エリスの言葉を聞かなかった。その責任はある」
グレンの目が細くなる。
「では、私だけを裁くのですか」
「君だけではない」
殿下は裁定官に向き直った。
「王太子として、私の監督責任も記録してください。処分は国王陛下の判断に委ねます」
傍聴席が大きくざわめいた。
グレンの顔から、初めて余裕が消えた。
責任を他人に押しつける構図が崩れたからだ。
リリアナ様も立ち上がった。
「私も、基金名義人として責任があります。知らなかったことを、今後の説明から逃げる理由にはしません」
彼女の声は震えていた。
でも、届いた。
裁定官は長い協議ののち、判決を読み上げた。
グレン・バルド。
王宮慈善局長解任。
爵位継承権停止。
不正流用分の財産没収。
北境および孤児院への賠償労役。
春告げの塔無許可起動に関する追加審理。
死罪ではない。
しかし、彼が誇っていた地位と美しい肩書きは、すべて剥がされた。
グレンは最後まで謝らなかった。
ただ、退廷する前にわたしを見た。
「数字しか見ない女に、私は負けたのですね」
「いいえ」
わたしは言った。
「あなたは、数字の先を見なかったから負けたのです」
彼は何も答えなかった。
裁定会が終わると、リリアナ様が深く息を吐いた。
「終わったのでしょうか」
「グレン局長の裁定は、一段落です」
「まだあるのですね」
「清算は長いです」
彼女は少し笑った。
「舞踏会より」
「はい。ずっと」
けれど、長くても進む。
記録し、説明し、返していく。
それが、慈善をもう一度信じるために必要なことだった。




