第025話 九日間の工程表
九日間で北境の暖房網を守るには、まず九日を分解しなければならない。
一日目、現状確認。
二日目、村ごとの最低暖房量を算出。
三日目、街道灯の優先順位を決定。
四日目、避難所の獣脂炉を増設。
五日目、北壁前面の熱誘導試験。
六日目、氷狼群の進路確認。
七日目、魔石補充。
八日目、全系統の切り替え訓練。
九日目、寒波到達。
書いてみると、ひどい日程だった。
前世の上司なら「できるよね」と言っただろう。
今のわたしは、そういう人間になりたくない。
「無理がある工程表です」
対策本部で、わたしは最初にそう言った。
皆が少し驚いた顔をする。
「ですので、無理を分散します。一人が潰れる計画は、計画ではありません」
料理長が腕を組む。
「いいこと言うね。で、台所は何をすればいい」
「温食の大量提供。避難所へ運べる汁物。夜勤明け用の軽食。あと、作業班が食べ忘れない仕組みです」
「食べ忘れない仕組み」
「時間になったら料理長が怒る」
「任せな」
強力な仕組みができた。
イザベルさんは人員表を作り、トマは騎士と村人の作業班を組んだ。リリアナ様は医療班に入り、避難所名簿と寄付物資の記録を担当する。
聖女様が、包帯の数を数えている。
王宮の人が見たら驚くだろう。
だが、彼女は真剣だった。
「包帯、大人用と子ども用を分けた方がよいのですね」
「はい。現場で探す時間が減ります」
「祈りより、棚分けが効くこともあるのですね」
「祈りが効く場面もあります。棚分けが効く場面もあります」
「両方、覚えます」
彼女は素直に頷いた。
北境の人たちは最初、リリアナ様を見る目が硬かった。
しかし、彼女が寒い倉庫で毛布を数え、間違えると自分で書き直し、夜には負傷兵の癒やしを手伝ううちに、その視線は少しずつ変わっていった。
言葉ではなく、作業が人を変える。
わたしは地下炉の制御室で、暖房網の時間割を作った。
各村の最低必要熱量。
世帯数。
乳幼児、老人、病人の数。
避難所の収容人数。
街道灯の稼働時間。
北壁防衛線へ回す余剰熱。
数字は容赦ない。
足りない。
どう見ても足りない。
「エリス嬢」
カイ様が制御室に入ってきた。
「三時間座りっぱなしだ」
「あと少しです」
「その『あと少し』は、前回も聞いた」
「今回は本当に」
「料理長が怒る時間だ」
その言葉には逆らえない。
食堂へ行くと、料理長が玉ねぎスープの大鍋を前に仁王立ちしていた。
「座りな」
「はい」
「食べな」
「はい」
「おかわりは」
「適量で」
「適量は二杯だよ」
北境の適量は多い。
けれど温かいスープは、冷えた体に効いた。
食堂では、兵士も村人も工房職人も同じ鍋から食べている。誰かが笑い、誰かが地図を広げ、誰かが子どもの毛布を運ぶ。
王宮の会議室より騒がしい。
でも、動いている。
カイ様が隣に座った。
「足りないか」
「熱量ですか」
「君の顔だ」
「足りません」
正直に言うと、彼は頷いた。
「何が一番足りない」
「北壁へ回す熱です。村と避難所を守るだけなら何とか。しかし氷狼群を逸らすには、短時間でも強い熱流が必要です」
「魔石を追加すれば」
「導管が持ちません。古い管が破裂します」
「では、別の熱源が必要か」
「はい」
カイ様はしばらく考えた。
「北壁のさらに北に、古い竜脈炉がある」
「竜脈炉?」
「伝承に近い。祖父の時代までは記録があったが、今は使われていない。氷竜の眠る谷と呼ばれている」
氷竜。
急に物語らしい単語が出てきた。
「実在するのですか」
「竜は見たことがない。だが、谷には熱を帯びた石がある。昔は冬の非常時に、その熱を地下炉へ流したらしい」
「記録は」
「西塔の古文書にあるかもしれない」
西塔。
ルルが鍵を持って導いた場所。
あそこには、まだ見ていない古文書がある。
食事を終えたあと、わたしたちは西塔へ向かった。
ルルはすでに扉の前で待っていた。
「監査補助、出勤済みですね」
トマが真面目に言う。
ルルは当然という顔で鳴いた。
古文書の棚から、カイ様が革紐で結ばれた古い記録を取り出した。
北境冬期緊急熱源記録。
文字は古いが、読める。
竜脈炉は、北壁の外、氷鳴き谷にある。
そこには氷竜が眠る。
ただし、記録の後半には、妙な一文があった。
氷竜へ熱を借りるときは、必ず収支を記すこと。
「収支?」
リリアナ様が首を傾げる。
わたしは古文書を読み進めた。
借りた熱。
返す熱。
返済期限。
未返済の場合、氷狼群が増える。
「カイ様」
「なんだ」
「北境は、氷竜に未払いがあるかもしれません」
会議室で、全員がこちらを見た。
料理長が低く言う。
「竜に請求書を出されるのかい」
「むしろ、こちらが延滞しています」
トマが青ざめた。
「竜にも延滞利息がありますか」
「記録によると、利息は氷狼です」
誰も笑わなかった。
九日間の工程表に、新しい項目が加わった。
氷鳴き谷調査。
竜脈炉確認。
未払い熱量の算出。
わたしはペンを握り直した。
相手が王宮でも、神殿でも、竜でも、基本は同じだ。
まず、帳簿を見る。




