第024話 北境停止予測、再び
王宮での調査が進むにつれ、北境から届く報告が増えた。
街道灯の復旧。
医療室の湯の安定。
雪祭り寄付金の配分。
地元業者との直接契約。
良い報告もあった。
しかし、ある朝届いた一枚の急報が、すべてを変えた。
北境北壁観測所より。
氷狼群、例年の三倍。
寒波、十日以内に到達予測。
暖房網負荷、想定超過。
わたしは数字を見た瞬間、背筋が冷えた。
北境暖房網停止予測。
六十八日後から、九日後へ。
「九日」
カイ様の声が硬くなる。
彼は王宮での会談を切り上げ、すぐに北境へ戻る準備を始めた。
「寒波が来るなら、王宮調査は後回しだ」
「わたしも戻ります」
「当然だと言いたいが、手は大丈夫か」
「重いものは持ちません。ペンは軽いです」
「医師に確認する」
「過保護です」
「契約上の安全確保だ」
言い返しづらい。
レオンハルト殿下は、出発前に王宮の支援を約束した。
「北境へ魔石と食料を送る。優先順位は、そちらで決めてくれ」
「王宮側で勝手に品目を選ばないでください」
わたしが言うと、殿下は頷いた。
「今回は聞く」
「今回は、では困ります」
「……今後も聞く」
少しずつでいい。
王宮も、人も。
馬車に乗る直前、リリアナ様が駆け寄ってきた。
「私も行きます」
「危険です」
カイ様が即答した。
「ですが、北境支援は私の基金の責任でもあります」
「戦場になる可能性がある」
「私は戦えません。でも、医療院で癒やしの手伝いはできます。寄付者への説明も、王宮に残ればできます。でも、支援先を見ないまま説明するのは、もう嫌です」
カイ様はわたしを見た。
判断を求める視線だった。
「役割を限定しましょう」
わたしは言った。
「医療支援、寄付物資の記録、避難所の名簿確認。前線には出ない。休憩を取る。危険時は退避命令に従う」
リリアナ様は真剣に頷いた。
「従います」
「書面にしてください」
「はい」
彼女はその場で署名した。
こうして、聖女様は北境へ戻る馬車に乗った。
道中、空は重かった。
雪雲が低く垂れ込み、街道灯は前より強く光っているものの、風が冷たい。王宮から送られる支援物資の馬車が後続につく。
今回は、品目表をこちらで作った。
魔石。
獣脂。
包帯。
乾燥肉。
厚手の手袋。
靴底材。
子ども用毛布。
王都菓子は入っていない。
途中の宿場で、カイ様は北壁からの続報を受け取った。
氷狼群の先頭が、予定より早く南下している。
理由は不明。
わたしは地図を広げた。
氷狼は魔力の流れに敏感だと聞く。
春告げの塔の暴走未遂で、王都周辺の魔力が一時的に乱れた。その余波が北へ伝わり、氷狼の動きを変えた可能性がある。
「王宮の後始末が、北境へ来た」
カイ様が呟いた。
怒りより、疲れが滲む声だった。
「止めましょう」
わたしは言った。
「どうやって」
「暖房網を防衛網として使います」
カイ様の目が鋭くなった。
「説明してくれ」
「氷狼が魔力の流れに反応するなら、暖房網の余剰熱を北壁前面に流し、進路を変えられるかもしれません。倒すのではなく、村から逸らす」
「暖房網に余裕があるか」
「ありません」
「なら無理では」
「余裕を作ります」
わたしは物資表と配管図を重ねた。
王宮から届く魔石。
北境地下炉。
街道灯。
村の暖房優先順位。
すべてを同時に満たすことはできない。
なら、時間ごとに切り替える。
深夜は村の暖房を最低限維持。
氷狼接近時だけ北壁へ熱を集中。
避難所は獣脂炉で補助。
医療院は聖女の癒やし魔力で緩衝。
危うい計画だ。
だが、無計画よりはましだ。
「九日では足りない」
カイ様が言った。
「足りる形に分けます」
「君は、いつもそうやって数字を切るのか」
「切らないと、全体が大きすぎて動けません」
前世でも、王宮でも、今も。
山のような問題を前にして、泣きたくなることはある。
でも、問題を小さく分ければ、最初の一つは動かせる。
北境城に着いたとき、雪は横殴りになっていた。
食堂はすでに対策本部に変わっている。
イザベルさん、料理長、トマ、工房代表、医療責任者、村の代表たち。
皆がこちらを見た。
不安もある。
期待もある。
カイ様が広間の中央に立った。
「寒波と氷狼群が来る。だが、北境は越える」
短い言葉だった。
それだけで、空気が締まった。
続いてわたしが配管図を広げる。
「まず、暖房網を時間割にします」
料理長が眉を上げた。
「暖房に時間割?」
「はい。台所にも時間割がありますよね」
「あるね」
「同じです。熱も、食材も、足りないなら順番を決めます」
広間の誰かが笑った。
少しだけ、緊張が解ける。
わたしはペンを握った。
北境停止予測、九日後。
いいえ。
九日しかないのではない。
九日ある。
その九日を、帳簿にする。




